パーティータイム

……………………


 ──パーティータイム



 羽地は軍閥の指導者の首を掻き切り、腎臓にコンバットナイフを数回突き立てた。


『レオパードよりクーガー。外の状況は?』


『異常なし。いや、待ってください。畜生。装甲車が近づいてきてます。BTR-90装甲兵員輸送車。それが4両。急いで逃げた方がいいですよ』


『了解した、クーガー』


 今回は対装甲兵器は一切持ってきていない。使えるのは爆破用の梱包爆薬程度だ。


『レオパードより全員。大急ぎで離脱する。必要なら航空支援も要請する。大規模な戦闘に備えろ。すぐに死体を発見される可能性があるぞ』


『了解』


 大急ぎで脱出が始まる。


 降下したときは楽だったパラコードを全身の筋肉を使ってよじ登り、元来た道を真っすぐ引き返す。まだ洞窟内に敵影はない。


『クーガーよりレオパード。洞窟の前で兵士たちが死体に気づきました。装甲車ががっちり入り口を固めてますよ。兵士たちも中に入っていく様子です。交戦許可と航空支援の要請許可をください』


『レオパードよりクーガー。許可する。航空支援の呼び出し符牒はナインテール』


『クーガー、了解』


 古今の要請とともに航空支援が始まった。


 上空で待機していたQA-10無人攻撃機がアヴェンジャー機関砲でBTR-90装甲兵員輸送車を吹き飛ばしていく。装甲車は炎に包まれ、軍閥の兵士たちも爆発やアヴェンジャー機関砲の砲撃に巻き込まれる。


 それから狙撃が始まる。


 .338ラプア・マグナム弾を使用するサプレッサー付きの狙撃銃で古今が洞窟に突入しようとする兵士たちを撃ち抜く。訓練不足の兵士たちはどこから撃たれているのか分からず、明後日の方向に走っては古今に撃ち抜かれる。


『ビューディフォー! 古今軍曹、古今軍曹。2時の方向距離1500メートルに敵の狙撃兵。一応排除しておいた方がよくない?』


『オーケー』


 敵の狙撃手は時代物のドラグノフ狙撃銃で古今たちを探していたが、所詮は選抜射手ライフルに過ぎないドラグノフ狙撃銃では、古今たちの距離まで届かない、古今は狙いを定め、息を止め、引き金を引く。


 僅かな反動を肩に感じ、放たれた銃弾がドラグノフ狙撃銃を持った歩兵を撃ち抜く。


『スミレ。機関銃を持った連中を探してくれ、いるはずだ』


『了解!』


 スミレが双眼鏡で周囲を索敵し、敵影をAR拡張現実上でマークしていく。スミレのAR上でマークした情報は全員に共有され、古今は機関銃で武装した兵士を確実に撃ち抜いていく。こうなるといちいち指示を出さなくてもAIが判断する脅威順に排除していけばいいだけだ。


 スミレという優秀な観測手を得た古今が狙いを外すことはない。


『おっと。不味い。クーガーよりレオパード。洞窟内に何名か突入しました注意してください。全員子供兵です』


『レオパードよりクーガー。了解。こちらで対処する』


 羽地たちは出口を目指して走っていた。


 マイクロドローンは回収済み。アリスが先頭だ。


 そこにAR上でマークされた目標が突入してくる。


『射撃開始』


 羽地たちはマークされた目標に対して確実に胸にダブルタップ二連射、頭に一発叩き込んでいく。ナノマシン連動式光学照準器は5.56ミリNATO弾にかかっていた威力不足という疑惑を解消していた。少なくともこの距離ならば銃弾を受けて、死なない子供兵はいない。ドラッグを使用していようとも。


 ここで羽地たちが使用している銃弾はID登録されていない。今の世界は銃弾一発一発にすらIDが登録されているのだが、羽地たちが秘密作戦にそういうものを使えないのは分かっている話だ。


 そこでグレイ・シューターという銃を使う。


 グレイ・シューターとは非合法なID登録されていない武器を指す。銃弾から銃の本体まで、ID登録が行われていないものは全てグレイ・シューターと呼ばれ、アメリカや中国、ロシアからインドに至るまであちこちで生み出されている。


 犯罪組織が主なユーザーだが、日本情報軍第101特別情報大隊のような特殊作戦部隊も使用することがある。何せ、グレイ・シューターは日本国内でも製造されているのだ。政府と企業が癒着して、製造させているのである。


 そんな灰色の銃弾が子供兵を撃ち抜き、肉塊に変えていく。


 人間は死ねば肉塊だ。そこに意志はなく、魂もない。


 未だにシジウィック発火現象──魂を認めない“異端者”は多いが、もはや行政は魂を基準に法整備を行っている。魂のない肉体の延命措置を医師の判断で打ち切ることは合法だし、魂のある状態での胎児の中絶は犯罪だ。


 しかし、本当にシジウィック発火現象は魂なのだろうか?


 羽地たちが奪い続けていたものは、アリスたちが求めているものは、文化的に、科学的に魂と呼べるものなのろうか?


 羽地は戦闘前戦闘適応調整であいまいになった人殺しの罪と子供殺しに罪を考えずに、戦闘中戦闘適応調整で生み出された人工的な殺意と人工的な緊張、そして昔ながらのオペラント条件付けの中で目標を撃ち抜きながら、そんなことを考えていた。


『そろそろ相手も品切れだ。最後まで油断しないように。全員生きてここから帰るぞ。さあ、進もう。そして、帰ろう』


 外からスミレがマークした兵士の数は急激に減少し、残り僅かだった。


 羽地とアリスはタクティカルベストから手榴弾を抜き出すと、安全ピンを外し、前方に向けて投げ込んだ。マーカーの付いていた目標が倒れるのがAR上の映像で分かる。


『進め、進め』


 羽地とアリスは横一列に並び、射撃を繰り返しながら、洞窟の出口を目指す。もうマークされている目標はないが、スミレが見過ごした可能性を考えて最後まで油断せずに、油断せず潜り抜けていく。


『クリア』


『クリア』


 羽地たちは周辺の状況を確認し、死体しかないことを確認した。


 死体fだけがそこにある。


 古今に狙撃されて死んだ死体。羽地が手榴弾で吹き飛ばした死体。アリスが撃ち殺した死体。死体。死体。死体。肉塊。意志のない、魂のない、化学式で表せる有機物と無機物の複合体コンプレックス


『敵がもっと駆けつけてくる前に立ち去ろう』


『了解』


 パーティーはもうお終い。


 焚火のように装甲車が燃えているけれど、それもいずれ消える。


 一時期流行ったソロキャンプならばこれからが楽しみの始まりなのだろうが、羽地たちにはこの炎は終わりの始まりだ。いずれ軍閥はこの装甲車の炎を視認し、群がってくる。そうなる前に逃げ出さなければならない。


『レオパードよりクーガー。離脱の準備をしろ。とんずらするぞ』


『クーガー、了解。すぐに合流します』


 羽地たちは飛び跳ねるように険しい斜面を駆け下りていき、輸送機とのランデブーポイントを目指す。輸送機との合流時刻まではまだまだ余裕があるが、一刻も早くここから逃げ出さなければならない。


『オセロットよりレオパード。敵のテクニカルが洞窟付近に終結した模様。敵兵も多数。“お土産”をプレゼントしても?』


『やってくれ』


 次の瞬間、無線信号で月城が設置した梱包爆薬が炸裂し、周囲に鉄片を撒き散らしながら、集まった軍閥の兵士たちを薙ぎ払った。


 これで追手の速度はさらに遅くなる。


 羽地たちは古今と合流し、逃げ続ける。


 そして、輸送機とのランデブーポイント。


 そこで30分程度警戒態勢を取っているとMV-280輸送機が降下してきて、ドアを開いた。俺たちは飛び乗るように輸送機に乗り込んでいく。


 そして、羽地たちを収容した輸送機は離陸して、飛び去っていく。


「『ただの人間だ。お前たちと同じように』、か。何とも言えないな」


「目新しい情報は得られませんでしたね」


「そういうものだ。まあ、生きて帰れるだけ良しとしよう」


 ただの人間、か。ただの人間が殺戮の中心で駒を操っている。


 たが、悪魔でも神でもない。ただの人間だ。ただの、人間だ。


……………………

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