首狩り
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──首狩り
日本情報軍第101特別情報大隊──別名日本国首狩り部隊。
人的情報取集から内乱の扇動まで幅広い任務を行う部隊だが、もっとも長期的に従事している任務は暗殺だと言われている。というのも、日本情報軍は隷下の特殊作戦部隊が何をしているかについて一切を公開していないので、知りようがないのだ。
何もこの兆候は日本情報軍だけではなく、各国の特殊作戦部隊で同様だった。彼らは生きた機密なのだ。何をしているかなどは一切明かされることがない。
映画にもなるものはあるが、全てが事実と一致しているとはどの監督も同意しないだろう。メディア向けにリリースされた情報だけが、事実として扱われる世界だ。
だが、そこに所属している人間は何が行われているか知っている。
羽地は長年第101特別情報大隊に所属し、そこで人的情報収取と内乱の扇動、暗殺に携わってきた。比重が大きかったのは暗殺任務だった。だが、日本情報軍も、日本国政府も公式には暗殺作戦なるものが行われていることを認めていない。
だが、公然の事実だった。
イスラエルは核武装しているし、ロシアの核兵器のいくつかは行方不明だし、
全部公然の事実。誰もがそうだと思っていても、政府だけが認めていないパターン。
そして、第403統合特殊任務部隊でも羽地たちは暗殺に関与している。
「天満のご神託が下った。作戦開始は今日だ」
羽地は自分たちのブリーフィングルームで八木たちとアリスたちにそう宣言する。
「随分と急ですね」
「準備はしておけと言われていただろう。天満によれば、敵は装甲部隊を中心に王党派に対して攻勢に出る構えを見せている。参謀であるフラッグ・セキュリティ・サービスの軍事顧問団は作戦には随伴しないし、軍閥の指導者も攻撃には参加しない。つまり、敵の主力部隊がよそ見をしてる間に叩いてしまおうというわけだ」
月城が渋い顔をするのに羽地がそう言う。
天満は敵の注意が王党派に対する攻勢に向いている今こそ、暗殺のチャンスだと判断した。現地からの情報は常に天満に送られている。天満はそれを分析し、今回の結論を出したのだった。
「いつも通り、夜中に仕掛ける。敵の
「よっしゃ。嬉しいニュースですよ」
古今が嬉しそうにガッツポーズをする。
「帰りは分からない。敵はテクニカルにも対空機関銃を搭載している。追いかけられると面倒なことになるだろう」
ロシア製の
「つまりは
“ウルバン”について尋問しなければならないがと羽地は付け加える。
「帰りも輸送機で送り迎えしてらいたいですね」
「なかなかそうはいかないものだ」
危機管理においては常に最悪を想定しろというではないか。
このような場合も輸送機に頼らず脱出する手段を考えておくべきである。
実際の作戦では何が起きるのか分からないのだ。軍閥の放った対戦車ロケット弾が輸送機にまぐれ当たりする可能性だってある。不運が連鎖して、敵に包囲される可能性もある。あらゆる状況を想定し、そこから抜け出す手段を想定しておく。
それが指揮官である羽地の役割だ。
「それではそれぞれ装備を準備して待機。今回も夜襲になる。片道9時間のフライトだ」
「うへえ。9時間っすか」
「文句があるならお前だけ徒歩でもいいんだぞ、古今軍曹」
「いいえ! 文句はございません!」
古今が背筋を正して敬礼するとミミックたちから笑いが漏れる。
「では、各自装備をしっかりと準備するように。作戦オプションが
「了解」
それから羽地たちとミミックたちが装備を整える。
熱光学迷彩は必須。そして、サプレッサーの装着された自動小銃、機関銃、狙撃銃。最近のサプレッサーは銃声をほぼ完全に消してしまう。自動小銃の駆動音だけが微かに響くのみで、銃声はほぼ抑えられる。
自動拳銃についても同様。亜音速の45口径弾を使用すれば、銃声はしないも同然だ。
とは言え45口径仕様の自動拳銃がデカい。ミミックたちの小さな手には余る。そこでミミックたちは9ミリパラを使用するものにしている。9ミリパラでも今日のサプレッサー技術の進展があれば音はしないようなものだ。
ミミックたちは子供向けのボディアーマーを纏い、その上からタクティカルベストを纏う。カスタマイズできるタクティカルベストに予備のマガジンをたっぷりと身に着け、手榴弾や閃光手榴弾を装着し、最後にホルスターにサプレッサー付きの自動拳銃とコンバットナイフを収める。
人間側も同様。八木は対装甲車戦闘が見込まれることから84ミリ無反動砲を持っていくということになり、予備の弾薬とともに装備する。羽地と月城はシンプルな自動小銃と自動拳銃の組み合わせ。古今は今回はやはは対装甲車戦闘の可能性ありとのことから、軽い装甲車両の装甲なら抜ける50口径仕様の対物ライフルを装備。
正直なところ84ミリ無反動砲も50口径の対物ライフルもおまじない程度の役割でしかない。84ミリ無反動砲は現代のほぼ全ての装甲車についているアクティブ防護システムを前にしては無力だし、現代の装甲車は50口径の対物ライフル程度は抜けない。
それでも万が一に備えて武器を持っていく。
現地に武器があるのとないのでは大きな違いがある。効かなければ効くように導けばいいのだ。アクティブ防護システムの場合ならばアクティブ防護システムそのものを対物ライフルで潰してから84ミリ無反動砲をお見舞いすればいい。
要は工夫だ。それそのものは無力かもしれないが、工夫することで威力を発揮する。
まあ、とは言えど相手が戦車を出して来たらお手上げだ。対戦車ミサイルでも持っていかないと84ミリ無反動砲では戦車を相手には威力は限定される。特に共和派が装備しているような第3世代の主力戦車を前にしては。それもロシア製なら爆発反応装甲でがちがちのはずだ。
しかし、考えれば考えるほど奇妙だ。
どちらもロシア製の武器で武装していることは不思議ではない。今のロシアが輸出できるのは武器くらいだし、その武器にしたところで流通はコントロールされていない。国際条約で定められたIDもつけられていないのもざらだ。
奇妙なのはそこではない。何故、片方の軍閥はステルスドローンを保有していて、もう一方の軍閥は戦車と装甲車の軍勢を揃えているのに対空ミサイルどころか自走対空砲すら保有していないのかということである。どうにもアンバランスだ。
もし、全てが“ウルバン”という人間の仕組んだことならば、“ウルバン”は何をやろうとしてる? 王党派はステルスドローンで対空砲火のない共和派の上空を偵察し、対戦車ミサイルを叩き込み、共和派は大規模な装甲部隊で王党派に出血を強いる。
どちらも弱点を抱え、これという攻勢が行えない。
それが“ウルバン”の目的なのか?
それとも軍閥が装甲車や対空ミサイルの必要性を理解していなかっただけか? いや、連中には民間軍事企業の軍事顧問団がいるんだ。それはあり得ない。
となると、どういうことなんだ?
「先輩?」
「ああ。アリス、どうした?」
「装備を確認していただいていいでしょうか?」
「分かった」
羽地はアリスの装備を確認する。
月城と古今がサイズを合わせたアメリカ海兵隊のデジタル迷彩はやはり大きく見える。手にはサプレッサーを付けた自動小銃。サブコンパクトモデルのカービンながら、アリスの体にはやはり大きく見える。
「問題点はないぞ。ばっちりだ」
「ありがとうございます、先輩」
「では、待機だ。時間になったら航空基地に移動する」
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