サトとユッコとスカートと
狐月 耀藍
サトとユッコとスカートの下と
「ねえユッコ、これ何だかわかる?」
鼻先に突きつけられたものを、わたしはすこし身を引きながら見つめた。
「……どんぐり?」
「残念! シイの実でした!」
サトちゃんは、その真っ黒でやや細い、小粒のどんぐり――シイの実を手にしながら、ぴょんこぴょんこと跳ね回る。ぶらぶら揺れるたすきがけのかばんが、なんだかしっぽみたいに見える。
「これねぇ、フライパンでからから炒ると、パチンってはじけて食べれるんだよ!」
「そう……。わたし、料理しないから」
「ユッコはこれだから!」
「ユッコって呼ばないで」
そう言ってサトちゃんは、何が楽しいのか、ぐるぐるとわたしのまわりを駆け回る。誰が見ても犬に見えるだろう。
「ねえユッコ、シイの実、拾わない?」
「どうぞおひとりで。それからユッコって呼ばないでってば」
「ユッコつめたい!」
「サトちゃんは暑苦しいね」
「サトちゃん、暑苦しくなんか――」
そのとき、サトちゃんは何かにつまずいて、ぺたんと転ぶ。
――わたしの服を、しっかりつかんで。
「……ユッコちゃんのおぱんつ、かわいいね! プリキュいたいいたいいたい!」
お姉ちゃんのおぱんつはいてるの見られたなんて!
忘れてよ忘れて今すぐ忘れて!
「ユッコってさあ」
「ユッコって呼ばないで」
「あ、ごめーん。ユッコってさあ」
わたしの話を聞いてないのか。
「――カッコいいよね!」
「そんな当たり前のこと言って楽しい?」
「顔色一つ変えずに言い放つところがさすがユッコ!」
サトは、そう言って飛びついてきた。
「そういうところがカッコいいって言ってるんだよ!」
「そう言ってスカートをまくり上げようとするな鼻息荒くクンクンするなオヤジか」
「これも愛だよ!」
「そんな愛なんていらない」
「またまたそんなこと言って! あ、水たm――顔面にめり込む靴底にユッコちゃんの愛を感じるの」
「ユッコちゃんさあ」
「……なに?」
「やっぱりもう少し盛るべきだったよ!」
「わたしはこれ以上いらない」
「ええー? ユッコちゃんはタキシードがいいってあれだけあたしが推したのに、結局ドレスにするんだもん、せめてもっと盛ってほしかったなー!」
「二人ともタキシードはおかしいでしょう。どちらかはドレスの方がいい」
「だってユッコちゃん、胸なi――いたいいたいいたい! いくらあたしのほうが大きいからって妬むのは――ちょ、ちょっと本気で痛いよう!」
「サトの方が大きくて当たり前なの」
サトはタキシードの上から胸を押さえながら、恨めし気にわたしを見上げる。
「……そーいうことを言うなら……!」
「だからスカートをまくろうとしないで!」
「見たーッ! 見たぞ見たぞ、真っ白なガーターベルトにフリルたっぷりの純白おぱん――ユッコちゃんあたしの顔にヒールの跡が付いちゃったらユッコちゃんの特殊な性癖が神父さんにもバレちゃうと思うの」
『その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも――』
定番のセリフ。サトの望みでこうなった、わたしは式などしなくてもいいと言ったけれど。
『――これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか』
わたしを望んでくれたサトが望むのだ、コレが女の子のあこがれというのなら、付き合おう。
「……誓います」
サトがうれしそうに微笑む。
わたしは知らん顔をしてみせた。
ここでヘラヘラ笑ったらつけ上がる。
サトがさらさらと、普段の彼女の言動には似合わない美しい字でサインを書く。
その隣に、わたしは自分の名を書く。
「……えへへ、やっとつかまえたって言えるよ」
サトが笑ってみせた。
サトが身にまとう純白のタキシードがまぶしい。
つかまえた、か。
そう、かな。つかまった……ううん、ずっと一緒だった。
だからわたしがつかまったんじゃない、わたしがあなたを、つかまえた……そうだって言えるはずだ。
「……ちょ、ちょっとユッコ、あたし、神様の目の前でアイアンクローはナイと思うなぁ……!」
「わたしとサトとの関係性を神様に知ってもらっておいた方が、のちのち神様も落胆しなくて済むんじゃないかな?」
神父さんがおろおろしてみせるが、ギャラリーからはいつもの笑いだ。サトとわたしの関係は、昔から何も変わらない。
サトの隣の名――その隣に輝く自分の名――『
「ユッコ、ひょっとしてさっき胸がないって言ったの、まだ怒ってる? 大丈夫だよ! ユッコは胸ないけど、その分
わたしを選んでくれたサトのこめかみに、もう少しだけ、指を食いこませる。
もう少しだけ、サトにわたしたちの関係性を分からせてあげなければ。
サトとユッコとスカートと 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran
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