ママは能力者④ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話
ゆうすけ
コンサート会場に広がる魔霧
「メグ、マーク! 失敗しても恨まないでね! 切るのは、……赤の方!」
マークはそれを聞くと、目をつぶって赤のコードを引きちぎった。
ぶちりと切れるコード。
一瞬の静寂。
強く目をつむるマーク。
両手を胸の前で組んで祈るメグ。
歯を食いしばってマークの手元を見つめるユウ。
機械から白い煙が盛大に吹き出し、大音響がドームの中に響き渡った。
◇
「おとなしく話すのです!」
同じころ、ここは自衛隊伝法寺空港のコントロールルーム。
空港の正門を車で突破したレーとミサの二人は、レーの徒手空拳とミサのピストルとマシンガンでここまで突入してきた。その間わずか数分。夜陰に乗じたとは言え、おそるべき手際だ。
椅子に縛り付けられさるぐつわを噛まされた中年の男に向かって、仁王立ちするミサが問い詰める。男は青い顔をして震えていた。
「だんまり決め込むとか男らしくないのです。レー、やっておしまいなのです!」
「ちょっと、ママ。いくらなんでも暴力的すぎない? このシーンだけ見たらママの方が悪役だよ?」
「別にママが悪役になろうが、恐怖の魔王になろうが、そんなことはどうでもいいのです。あなた、北部方面統合幕僚次席という立場でありながら、ユウに偽の指令を流しましたね? 誰に命じられたのか言うのです!」
「いや、だから、ママ、さるぐつわ外してやらないと喋れないじゃない」
レーはパンイチの姿にかろうじて白のYシャツを羽織っている。シチュエーション的には裸Yシャツのお色気悩殺スタイルなのだが、筋肉美こそ至高というレーがやっても残念ながらまるでエロさのかけらもない。
ただ中年の男はガタガタと震えて、青い顔のまま下を向いている。たださるぐつわを外したところで、秘密を喋らないぐらいの矜持は持ち合わせるようだ。恐怖におののきながらも、口を必死につぐんでいる。
「しゃべらないならしょうがないのです。こっちにも考えがあるのです」
そう言うとミサは肩にかけたポシェットの中からスマホを取り出して、耳にあてた。
「もしもし、しのぶちゃん? ミサなのです。北部方面統合指令室に来てるんだけど、教えてほしいことがあるのです。……やっぱり、そうなのですか。分かってるのです。うちのユウがTOVICごと……。え? いや、そこまでは……。あっ、切れちゃったのです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 貴様、今、誰に電話した!」
ミサの電話の声を聞いていた中年の男は、さるぐつわをもごもごさせながら絶叫した。青かった顔は真っ白になっている。
ミサはそれを見てニヤリと笑った。
「あなたもご存知の黒崎しのぶなのです。彼女、今からここに来ると言って電話を切ってしまったのです。しのぶちゃんは気が短いからときどき困るのです」
「く、黒崎しのぶ……。わ、分かった。話す。全部話すから、彼女が来る前に逃がしてくれ。頼む! なんでもする!」
男の悲鳴が響き渡る。懸命の命乞いだった。
「最初からおとなしく話せばよかったのです。話は聞かせてもらうし、ここから逃がしてあげることはやぶさかでないのです。レー、さるぐつわを外してやるのです」
ミサの命を受けてレーは中年男の後ろに回ってさるぐつわを外した。
「まったく、ママ、ときどき鬼畜だよね」
「人間、いい人なだけでは生きていけないのです。パパがそうだったのです」
ミサは一瞬目を伏せた。しかしすぐ顔を上げると、椅子に縛られた中年男に顔を近づけてささやいた。
「あらいざらい全部話したら逃がしてやるのです。ただ、それで黒崎しのぶから逃げ切れるかどうかまでは、保証の限りではないのです。自分でなんとかするのですね。さ、話してみるのです」
◇
北日本最大のドーム球場のセンターステージ。
マークの手の中の機械から吹き出した白い煙は、センターステージ全体を埋め尽くしている。響き渡る大音響、強いビートと音圧のあるベースの音がドームの中に響き渡る。
センターステージの真ん中がくぼんで、ドラムとベースの重低音に合わせてリフトがせりあがってきた。リフトの上のキメポーズで立っている二人の男にスポットライトが当たる。ドーム内が大歓声でどよめいた。
一人はところどころに鋲を打った黒革のライダースジャケットに身を包み、脂ぎった黒髪はオールバックに整え、薄い色のサングラス。もう一人は黄色のアロハシャツに斜めにかぶった短いストローハット。
今をときめくアイドルユニット、Have&Bakichiの二人だった。ビート音に乗せてBakichiがマイクに向かって叫び声をあげる。
「Hey! Hey! おまえたち! 今日ここに来たのは、俺に抱かれたいからなんだろ? 俺とおまえたちのアツいラブ・コメディが始まるぜ!」
キャー! 抱いてー! ラッキーエッチしてー!! と五万人の観客の女の子の絶叫がこだまする。
メグがかけていた時間の止まる魔法の効果は、すでに終了しているようだ。先ほどの大混乱はHave&Bakichiの登場ですっかり忘れさられている。ただのコンサート会場のど真ん中。熱狂のステージが始まろうとしていた。
「あ、み、緑の方が正解だったということ? これはなに? 普通にコンサートが始まっちゃうわけ?」
ユウが動揺して声を上げる。決死の思いで選んだ二択。命に別状はないようだが、時限噴出式高圧縮ガス弾から吹き出したスモークは、ステージ演出の一部となってつつがなくコンサートが開演している。
Haveがマイクを斜めに持って声を張り上げた。
「イエーイ! みんな、待っててくれたかなー? 俺のアツい緑のたぬきを食ってくれー!」
Haveの煽りととともにドームの天井が開いてばらばらと緑のたぬきがばらまかれて降ってきた。客席では、キャー、私のよー、横取りしないでー、と壮絶な取り合いが始まる。それはいつしか血まみれの抗争に近いものになってきた。
「ちょっとコンサートにしては異様すぎない? 演出にしてもこれはちょっとやりすぎだよ。けが人出そうなんだけど」
メグが心配そうにセンターステージの上から文字通り阿鼻叫喚になった客席を見下ろした。そうしているうちにアイドルユニットの二人はステージ上に立ち、バックの演奏とレーザー光線が変化して一曲目の曲が始まった。
◇
YO,YO! おまえらYO!
ここはドーム 俺っちのホーム
俺っち歌えば即満員 湧かす客席ノる全員!
天下無双の呼び声キャッチ!
俺っち噂のHave&Bakichi!
Hey,YO!
目指す相手はトップアイドル
俺っちの人気フルスロットル
ジャニもエクザも目じゃねーYO!
相手の表情心情たいしたことねーYO!
俺っちに勝てやしねぇ 負の感情!
俺っち気分は徐々に上昇
口上も淀まず今日も完勝
客席いっぱい緑のたぬきでみな熱狂
今日も俺っちもう最凶! Hey!
これから始まる俺っちのコメディ
おまえの身体にアツく染みるレメディ
それはサイコーに危険なヘルプレス・ポワゾン
一度キメたら逃げられないバッド・クリムゾン HO! HO!
◇
「なんだか普通のコンサートだねえ。どうするユウちゃん? せっかくだから聞いてく?」
センターステージの超大型スピーカーの影に移動したユウ、メグ、マークの三人は腕を組みながらステージ上のHave&Bakichiのパフォーマンスを眺めていた。メグがイマイチ釈然としない様子でユウに聞く。
「うーん、あんまり好みの音楽じゃないんだけどねー。チケット入手が超難しいんでしょ、これって? まあ、せっかくだから聞いて行こうかしら。MCがコントみたいで面白いって聞いてたけど、今のところ全然面白くないよね」
「まあ、そうしようか。どのみち今からここから会場の外に出るのも難しいもんね」
と言いながらも、根がミーハーなメグは、割とステージ上の二人に興味津々の様子だ。そんな二人が話しているところにマークが割って入ってきた。高さ五メートルはある超巨大スピーカーは爆音を奏でているが、スピーカーの直下で真後ろに入っていると、前方に向かって拡散する音量が大きいせいもあって、普段より少し大きめの声で話せば会話が聞き取れる。
「ユウちゃん、メグちゃん、どうも観客の様子がおかしいよ。ほら、見て」
マークがサイリウムを振って熱狂する五万人の観客を指さした。
◇
ぼそぼそと話を終えた中年男の顔は、なぜか開き直った笑みが浮かんでいた。対するレーは驚愕に目を見開いている。
「……それ、マジなの? 狂ってる!」
「なんとでも言ってもらって結構。早く解放してくれ!」
ミサは黙って中年男の拘束を解いて、背中を蹴り飛ばす。
「あなたのようなゲスいヤツはどこにでも行けばいいのです。運が超絶良ければ、しのぶちゃんから逃げ切れるのです」
中年男はアタフタともつれる足でコントロールルームを出て行った。
「ママ、あのまま逃がしちゃってよかったの? 集団で反撃してくるかもよ?」
「その心配はまったくいらないのです。相手はマジになったしのぶちゃんなのです。一時間生き延びることができれば上出来なのです」
そう言うとミサは顔を上げた。表情は険しい。
「しかし、思いのほか大がかりな罠なのです。ユウたちが心配なのです」
「どうしよう。助けに行かないと……」
ミサは人差し指を唇にあててしばし考えた。
「決めたのです。戦闘機を乗っ取るのです! ユウたちのところへ早く行くのです!」
……つづく(どこがコメディなんだという苦情はお控えください。自分でもこりゃひでーと思ってます)
ママは能力者④ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214
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