第43話 フェリス王国編――深夜の訪問者
夕飯の時間になったところで、アリスは冷製パスタと厚焼き玉子とワイルドコッコの照り焼きサンドをストレージから出した。
物珍しい冷製パスタに家族たちの視線はくぎ付けとなる。
そうして、いつもの如くルールシュカに祈りを捧げ、食事が始まった。
まず、最初に食べたのはこれも変わらずクレイだ。
フォークに麺を巻き付けトマトと一緒に食べた彼は、またも見事に語彙力を失ってしまう。
そんな彼を放置して、家族たちが次々とパスタへ手を伸ばす。
「ほう。冷たい麺とは珍しいな! 最近暑くなってきたら、ちょうどいいな!」
「この細長い麺にトーマとバールが絡んで美味しいわ」
顔を見合わせてほほ笑み合うジェイクとアンジェシカは、スプーンの上でくるくるとフォークに麺を巻き付けてお上品に食べている。
「うん。凄く食べやすいね。これなら暑い夏でもいくらでも食べられそうだよ」
「あら、ゼス。ほっぺにトーマのソースが付いてるわ」
ゼスの頬に飛んだソースをフェルティナが、そっとハンカチで拭く。
イチャコラとする両親にアリスは生暖かい視線を向けた。
「うおぉぉ、上手い! やっぱ、俺これ好きだわ~」
「クレイ、少しは、落ち着いて食べろ!」
厚焼き玉子とワイルドコッコの照り焼きサンドを、大口で頬張るクレイをフィンが窘める。
だが、クレイは全く聞いていない様子。
それぞれに食事を楽しんでくれているのを眺めながらアリスも、自分の食事を楽しむことにする。
まずはトマトとバジルの冷製パスタ。
手作りの平麺に絡んだトマトの酸味とバジルの香りが口内をさっぱりさせる。
もっちもちの麺は、口に入れた瞬間小麦の香りがふわりと漂う。
そして、噛むと少しだけ抵抗したあと、プチンと切れて口の中で楽しめた。
次に、厚焼き玉子とワイルドコッコの照り焼きサンドを食べる。こちらはキッチン作だ。
更にキッチンは、アリスの手に持てるように四分の一に切ったサイズを用意してくれている。
何度目かは分からないが、流石キッチンさん!! と、アリスは何度もキッチンに感謝した。
「ふぅ。食べたー」
冷静パスタとサンドイッチを二切れ食べたところで、アリスのお腹がパンパンになる。
お腹がいっぱいになると同時に、アリスはうっつらうっつらしだす。
それを見たクレイがアリスの頭を自分の太ももへ誘導すれば、アリスはあっという間に夢の世界へ旅立った。
深夜のことである。
眠るアリスの横で、ユーランがピクリと耳を動かし扉を見る。
『フェルティナ、入口に誰か来た』
ゼスと共にお茶をしていたフェルティナへユーランが、告げる。
一瞬にして武器を持ち臨戦態勢をとった二人は、足音と気配を消し寝室を抜け出すと入口へ向かった。
コンコンコン、コンコンコン。
何かの合図なのかと、ゼスは考え扉の前の気配を読む。
そこにいるのは、どう考えても知り合いだ。
扉を開け、彼らの姿を確認したゼスはフードを被ったローブの男に目を止める。
だが、その前に聞くべきことがあると考え目の前の知人へ声をかけた。
「ガロ、こんな時間に何の用だ?」
「ゼス殿、すまないな。入れて貰えるか?」
「あぁ。ティナ、父さんたちを起こしてきてくれ」
「えぇ」
ガロたち五人をリビングへ招き入れたゼスは、フェルティナにジェイクたちを起こすように伝える。
それに答えたフェルティナが、直ぐに二人の部屋へ向かい扉をノックすると声をかけた。
三分ほどで、出てきたジェイクとアンジェシカは、リビングに居る五人を視界に納めると表情を改める。
「何用かな? ヒース衛士長殿」
「昼間は、ご協力ありがとうございました」
ジェイクがフードを深くかぶった男へ声をかける。
すると男はフードを外し、顔を見せると深々と頭を下げた。
ヒース衛士長の言う昼間と言うのは、今日の昼の事だ。
この街へ着いた日、入口でのひと悶着があり、怪しいと踏んだジェイクは市場で不穏な気配を察知した。
アリスは気づいてなかったがクレイは気づいており、ジェイクに報告するため敢えて冒険者の多い皮製品の店へ入った。
そして、今日アンジェシカとフィンに事前に事情を説明し、アリスを街へ連れ出して貰った。
狙いがアリスであれば、相手は必ず動くだろうと考えたジェイクの勘は見事に当たる。
アリスに気付かれないよう彼女たちを護衛していたジェイク、ゼス、フェルティナ、クレイの四人は、三人を突け狙う数人の男たちを捕らえたのだ。
「それで奴らは何か吐いたか?」
「それが……」
ジェイクの問いにヒース衛士長は、眉間に深い皺を刻み言い難そうにに言葉を濁す。
その様子から、ジェイクはアリスに執着を見せた赤茶髪の男を思い浮かべる。
「マーシと言う男が関係していたか?」
ジェイクの言葉にヒース衛士長が、ハッと顔を上げジェイクを見る。
彼の表情から、間違いなくその男が関与していると理解したジェイクは「それで?」と話の続きを促した。
「男たちが言うには、罪を見逃す代わりにマーシが目を付けた、見た目の良い子供を攫うよう指示を出していたようです」
「奴隷売買か……」
ラーシュが言っていた言葉を思い出したゼスがポツリと零す。
「はい。奴は……マーシは、既に六〇人近い子供を攫い、奴隷として多くの貴族に売っています」
「なんてこと!」
「許せませんわ!」
子を持つ母であるアンジェシカとフェルティナが、悲鳴に似た声音で怒りを表した。
そんな二人の手を、それぞれの夫が握る。
「領主は何をしていた! 多くの子供が何の罪もないまま奴隷として売られている状況に何故気づかなかったんだ!!」
「領主様……マジェット辺境伯も動いておられたのです。ですが、まさか己の雇った衛士がそのようなことをしているとは思っておられなかったようで、マーシが裏切っていた事を報告した際、かなり驚いておられました」
「……それで、マーシは捕らえたのか?」
ジェイクは一番肝心と言えることを聞く。
だが、その瞬間ヒース衛士長の顔色が青く染まる。
それを見たジェイクは、逃げられたか……と心の中で舌打ちした。
「……申し訳ありません。奴は姿をくらましていて見つからないのです」
「……またアリスは、狙われると言う事だな」
「ゼス……」
「大丈夫だ。アリスは僕が守るから」
「えぇ」
不安を表情にありありと乗せたフェルティナが、ゼスの方へ身体を倒す。
そんなフェルティナを抱きとめたゼスは、優しい言葉ながら怒りをともした瞳できっぱりと告げた。
「冒険者ギルドの方でもマーシに懸賞金をかけて探しています。どうか、気を強く持ってください」
「あぁ、ありがとう」
ジェイクが代表し感謝を述べれば、アリス嬢には世話になったからと気の良い彼らは言った。
「我らに出来ることがあれば、いくらでもご協力いたします。マジェット辺境伯様より、そのように計らえと言うお言葉がありました」
「マジェット辺境伯へ感謝を伝えておいてくれ。私たちは明日、この街を出ることにしよう」
「そうね」
ヒース衛士長の言葉に感謝を示したジェイクは街を出ることを選択する。
夫の言葉にアンジェシカが返事をした途端『ボクの仲間にそいつを探させるよ』と言う可愛い声が聞こえ、ポンと音を立てユーランが姿を見せた――。
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