笑いの神様へ
山広 悠
第1話
「ねえ、あなた、何とか言ってやってくださいよ」
「何が?」
「稔(みのる)ですよ。今度はお笑い芸人になるんだって、画用紙に変な絵ばっかり描いているんですよ」
「夢中になれることがあるのは良いことだと思うけど」
「でも、図工と体育以外、オール2なのよ」
「まだ小学3年生なんだからいいじゃないか」
「よくないわよ!」
最近の両親のケンカの原因が自分にあることは分かっている。
全く勉強してないからね。
でも。
これだけはやめられない。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
稔はそう呟くと、目が飛び出た男の絵の仕上げにかかった。
本当はコントが一番好き。
でもコントは二人以上いないとできないから……。
困っていたある日、テレビで派手なピンクの服を着た芸人が、どんどん面白い絵を見せながら、訳の分からないことを叫んでいるのを見て、
これだっ! って思ったんだ。
めちゃめちゃウケてたしね。
あれがフリップ芸だと知ったのは数日後のこと。
「ふー。できた」
2カ月かかってやっと完成した。
テレビでは簡単そうに見えるけど、いざ自分で作ってみると、面白い絵を描くのって本当に難しい。
芸人さんってすごいんだね。
じゃあ、一度通しでネタをやってみよう。
セリフは絵を描きながら同時に練習していたから、完璧に頭に入っている。
稔は鏡に向かうと、一枚目のフリップをめくった。
練習は完璧だった。
よし、これならいける。
そう判断した稔は、リュックにフリップを突っ込むと、自転車に飛び乗った。
美野崎(みのざき)総合記念病院。
3階の5号室。
ここにあの子がいる。
稔は大きく息を吸い込むと、305号室のドアを開けた。
紗枝(さえ)ちゃんは身体中にチューブを着けられて、ハーハー苦しそうな息をしていた。
幼稚園からの幼なじみだから、付き添いで病室にいた紗枝ちゃんのお母さんは、僕が入っていったら笑顔で迎えてくれた。
かなり疲れ果てた笑顔だったけど。
紗枝ちゃんのお母さんに事情を説明して、二人だけにしてもらった。
紗枝ちゃんのお母さんは、最後の思い出、とかなんとか言っていたけれど、僕は最後にするつもりはない。
やることをやれば、必ずなんとかなるはず。
今の僕がすべきこと。
それは、ネタをしっかりやり遂げること。
紗枝ちゃん。
この間見たある番組で
「笑いは病気を治療する効果がある」って言ってたから、絶対、絶対治るよ。
なんせ、大爆笑間違いなしだからね。
じゃあ、始めるよ。
僕はフリップをめくりながら、一所懸命ネタを披露した。
フリップの裏に書いたセリフは涙で霞んでほとんど見えなかった。
セリフを暗記していて本当によかった。
「なんや、それ!」
最後のオチを言ってフリップを閉じる。
大爆笑とはいかなかったけれど、紗枝ちゃんは少し微笑んでくれた。
神様。
紗枝ちゃん笑ったよね。
紗枝ちゃん助かるよね。
稔はそう呟くと、こらえ切れずにベッドの脇に突っ伏した。
【了】
笑いの神様へ 山広 悠 @hashiruhito96
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