ラノマ・ミスティリア(聖樹法典)
この天地の名をド・ラヴィルダと呼称するのは、古代以降のことである。神代には我らの人の身にでは言葉に乗せること叶わぬ音で呼ばれていた。
その意の多くを取りこぼすことを承知の上で、あえて言葉に綴れば「深き根がくまなく巡る豊穣の種」となる。ド・ラヴィルダの語源である「ラヴェンナの統べる天地」とは明らかに異なる意味を持つことが明白であろう。
銀の天使が天上界から地上に持ち込んだと伝えられるシュモネス=フィリスによると、ド・ラヴィルダは7柱の女神が、もともと一つしかなかった大陸を7つに分け、それぞれがひとつの大陸に鎮座したという。
今、我々が知る大陸は、この新大陸フィルモサーナと古大陸ゴンドワルナのみであるが、同書を信ずるのであれば世界にはあと5つの大陸があるということになる。
女神はそれぞれが望む形で、大陸にその力を広げていった。その結果、大陸毎に独自の神聖術や魔術が発展する。これはつまり、そうした技法が大陸の女神の力を引き出すための法理で構成されている為である。
これらの魔法体系は、その大陸の権威や権力と親和性が高く、国家や教会と結びつくこととなる。実際、古大陸においてはラヴェンナ教、新大陸ではラーナリア聖主教を正教とする国家は多い。
そうした正教とは反対の岸にあるのが、聖樹教や土着神信仰である。呪術やおかげ信仰と呼ばれるものの多くが、これらを土台にしている。
興味深いことに、七女神の信仰や魔法体系が大陸毎に全く違ったものであるのに対し、聖樹については古大陸・新大陸のいずれにおいても、似通っている部分が多い。
占い師や呪い師を見てみるといい。どちらの大陸でも同じように、占い師は水晶を使って客の未来を見て、呪い師は、恋人の心をつなぎとめるための香水を売りつけているはずだ。
違いがあるとすれば、水晶の色や、香水を作る素材程度のことであり、それは同じ大陸内でも地域によって様々に違いが存在しているのは間違いないだろう。
だが共通していることは、彼らがその霊力や魔力の根源として祈りを向けるのが、天上界の神々ではなく、聖樹であるということだ。まぁ、中には魔神に祈るものがあるだろうが、魔族でもない限り、それは極めて少数のことであろう。
ここで混乱をあらかじめ防ぐため聖樹教について補足しておきたい。古大陸ゴンドワルナで聖樹教と呼ばれている宗教は、ラヴェンナ教のことを指す。聖樹教会では、聖樹信仰と聖樹教を区別するために、自分たちのことをラヴェンナ教徒と呼ぶことが多い。
前述の占い師や呪い師が拠り所とするのは聖樹そのものであり、体系的にまとめられた教えは存在しないことに留意する必要があるだろう。
わたしは、この聖樹信仰を研究し続けてきた。かつては古大陸に赴いて、聖樹信仰について調査を行った。
そうした中で、多くの地域で共通するものがあることに気付いたときから、聖樹に関する知識と智慧の体系化への模索が始まったのである。
それは古大陸であろうと新大陸であろうと、おそらく七大陸のいずれにあろうと実践することができる共通の術理となろう。
それは読者諸兄の探求心を満たすだけではなく、実際に大陸を渡り歩くのに有益な実践的な技能をもたらし、今ある魔法技能に大きな可能性を開くものであると確信している。
聖樹の加護があらんことを。
王国歴205年 水の月 駒鳥の第三日
フィブリ=ノーデン
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