獣耳で未亡人な集合住宅の管理人さん
ジョク・カノサ
管理人さんは獣人で未亡人
「マルク、時間だ。今日はここまでにしておけ」
「あ、はい」
僕が居る個室のドアが開く。上司が仕事の終わりを告げに来た。
手元の資料を置いて伸びをした後に立ち上がる。
「結局、今日も分からなかったな」
机に置かれた一本の歪なナイフを見ると、自然と溜息が出る。
セレスト区における連続殺人事件。今の僕が解決に当たっている案件だ。
被害者は四人。全員男かつ四人とも同じような残酷さ、同じ区域内で殺されている事から同一人物の犯行だというのが今のところの推測だ。
逆に言えば、それくらいしか分かっていない。犯人は非常に狡猾、目撃証言は曖昧であまり信用出来ない情報ばかり。
このナイフは犯人が現場に残した唯一といってもいい情報源だけど、恐らく犯人の手製である事から購入店から容疑者を割り出す事も出来ない。
正直に言って、行き詰まっているのが現状だった。
「……帰ろう」
☆
「おお、マルク。何か分かったか?」
詰め所を出たところで同僚に声をかけられた。いつも通り見回りしながらも僕と同じ件に当たっている男だ。
「進展があったとは言えないな。……申し訳無いよ」
「なーに言ってんだ。お前が分からんなら誰も分からんだろ。お前には今回と同じような事件を解決してきたって実績があるんだからな」
「といっても、所詮ただの一衛兵だよ。それに荒事はからっきしだし」
「謙遜すんな。……まあ、俺は犯人は女だとは思うがね」
「被害者全員が男だから?」
「それもあるけどな、俺が言いたいのは黒衣だよ。アレも女って話だっただろ?」
「……それって子供の噂レベルじゃないか」
「俺達の先輩方の話じゃ本当に居たって話だぜ? アレの噂が盛んだったのも
そう言って彼は去っていった。僕も自宅に向かって夕焼けに照らされた道を歩き出す。
この区域の治安を守る衛兵──僕達にとって、この事件の解決は急務だ。
正直、僕は衛兵ではあるが腕に自信は無いし、住民間のトラブルを上手く解決出来るような器量も無い。だからこういった事件で頭を使ったり証拠集めに駆け回ったりする仕事を優先的に任してもらっている。
つまりこれは、僕が人々に貢献出来る絶好の機会だ。何としてでも犯人は捕まえないといけない。
「まあ、明日は非番だけど」
色々と考え込んでる内にいつの間にか自宅の前に着いていた。少しくたびれた建物で、入り口付近の花壇に植えられた花が目印。自宅──といっても僕が住んでいるのは集合住宅だ。
「あ、マルクさん。お帰りなさい」
入り口を抜けると、彼女は垂れた目尻が特徴的なおっとりとした、そして朗らかな笑顔で僕を出迎えてくれた。
髪を横にまとめ、エプロンドレス姿で掃除用具を手に持った姿からは良い意味での素朴さ……例えるなら横道にひっそりと咲いた花のように感じ、彼女の笑顔の魅力を引き上げているようにも感じる。
「レナさん、お疲れ様です。掃除手伝いましょうか?」
「大丈夫です。他にやる事が無かっただけですから。あの、丁度これから夕飯の支度をするところだったので、良ければ……」
「……お世話になります」
「分かりました。じゃあ先に汗を流してしまってください」
「すみません」
「いえいえ」
レナさんは俺が住むこの集合住宅の持ち主兼管理人だ。淑やかでいつも朗らかに笑っている、美しい女性。そんな彼女はいつものように微笑みながら建物内へと向かっていく。
「──」
今日は一段と機嫌が良いのか鼻歌混じりだった。可愛らしい鼻歌と一緒に目の前の大きな
僕はその可愛らしい様子に思わず頬が緩むのを感じながら、彼女の後を追った。
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