初めまして、結婚してください。【BL】
7n'
01 チャイム
「初めまして、結婚してください。」
いきなり現れた知らない大男にそう言われ、思わず何歩か後ずさる。
「えっと…?」
何かの聞き間違えかもしれない。
最近音楽を聞きながら寝ているせいで聴力が落ちてしまったのだろうか。
今度空いている日に耳鼻科へ行こう。
そんな現実逃避がしたくなるような出来事は、突然に始まった。
いつものように俺は学校から帰ってきた後、お気に入りのワサビ塩コショウせんべいを食べながらテレビを見ていた。
明日から定期考査が始まるし、みっちり勉強したい所なのだがなにしろ尻がソファーに引っ付いて離れないわけで。
これは仕方がないと優雅に一人の時間を楽しんでいると、突然玄関のチャイムが鳴った。
いや確かにチャイムは突然鳴るものだが、今の心境的にそう言わせてくれ。
また兄が変な漫画でも買ったのだろうか。
そんな事を思いながらドアを開けると、目の前には知らない大男が立っていたのだ。
そうして今に至る。
ぽかんと口を開けて固まる俺を目の前に、大男は続ける。
「結婚してください。」
やばい人だ。
本能的にそう感じ、俺は瞬時にドアノブに手をかける。
「…もういいっすか?」
「え、ああ…あ、そうだ。」
そう言ってそのゴツゴツとした大きな手をトートバックの中に入れ、中からガサゴソと何かを取り出す。
そしてそれを俺に向けながら一言。
「申し遅れましたが、本日隣に引っ越してきました。西城と申します。」
…それを先に言うべきではないだろうか。
手渡されたのは近所で評判のケーキ屋の箱で、なんだかおしゃれなラッピングが施されている。
それを両手で受け取り、俺は改めて男の顔を見上げた。
真っ黒な髪の毛に口元に小さなほくろ。
目は半分以上前髪で隠れてしまっているためよく見えないが、ぱっちりとしているというよりは、細く、切れ長の印象を与える。
パーツごとの形が皆整っていて、もしかしたら髪型を整えればイケメンになるかもしれない、そう思った。
思わずじろじろと男の顔を見ていると、そのうざったい前髪の奥から不思議そうな視線を向けられた。
いや、不思議なのはお前だよ。
「…ありがとうございます。」
一応お礼は言う。
「親御さんは?」
「仕事っす」
「そうか…」
本当に、もういいだろうか。
さっきまで全くやる気のなかったテスト勉強がなんだか今なら捗る気がする。
「じゃあ、これで…」
箱の取っ手を左手の三本の指に絡め、右手でドアノブを引こうとすると、まって、と扉を押さえられた。
まだなにかあるのだろうか。
「さっきの返事…」
その言葉に俺は生まれてから一番の盛大な溜息を吐く。
「無理っす」
「え…」
「俺、彼女いるので。じゃあ。」
そういって今度はしっかりと扉を閉める。
最後の最後に隙間から見えた男はこの世の終わりのような顔をしていた。
まさか承諾してもらえるとでも思ったのだろうか。
この世には想像もできないような、むしろ想像もしたくないような変な人が居る。
今日、俺はそれを学んだ。
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