カラーギャングス・ルーチン

江戸川台ルーペ

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 カラーギャングの朝は早い。

 セカイの歪みを正すため、カラーギャングは今朝もきっちり午前4時30分に目を覚ましたのだった。


 ふかふかのお布団から身を起こすと、寝ぼけまなこのままカラーギャングは指差しの素振りをした。下からではない。右手首で右耳を触るように、肘を目の高さまで上げ、一気に人差し指を、ありったけの偏見と狂信的な正義を胸に(そしてやや遅れてやってくる陶酔感を心待ちにしながら)ビシッと対象物に向けるのだ。素振りは上々だった。ヨシ!

「お布団気持ち良すぎ! 起きて欲しいならもっと睡眠者を不快にさせろ!」

 同意する者はまだいない。ピピピッ、と手元のデジタル時計が鳴った。

「鳴るの遅すぎ! 起こすつもりなら睡眠者が寝てる時に鳴れ!」

 予期せぬ指摘が出来てカラーギャングは自らの正しさを実感でき、幸せな気持ちになった。今日もセカイは正す事で満ち溢れている予感があった。私がいなければセカイは良くならない。そう思いながら、そっと時計のボタンを押してやった。


 カラーギャングの部屋は質素であるが、全てのモノというモノは赤で染まっていた。電気スタンドも机もマグカップもテレビも何もかもが赤い。本棚に収められている背表紙は黄色や青であったりするので、止むを得ずガラスに赤いフィルムを貼って不快な気分にならぬよう配慮した。セカイに赤以外は不要であった。


 カラーギャングは毎朝冷たいトマトジュースを飲み、トーストに苺ジャムを塗って食べた。赤いラジオから流れてくるラジオの洋楽ベスト100を聴きながら赤いパジャマを脱ぐと、中から中肉中背の女性らしき体が露わになったが、顔には渦巻き状の靄がかっており、性別は「強いて言うなら女性」であった。カラーギャングには性自認がなかったので、きつく胸にサラシを巻き、真っ直ぐな胸部を作り上げた。そして厚めの靴下と毛糸のパンツを身に付け、シャツとスーツ、ネクタイを結び、ロングコートを羽織った。鏡を見ながら注意深くハットを被ると、つばの角度を調整した。少し斜めにするとカッコいいような気がする。キマった。同時にレッド・ホット・チリ・ペッパーズの曲が流れ、思わずカラーギャングは微笑んだが、例の仕草でビシッとラジオを指さし、指摘する事も怠らなかった。


「24位低すぎ! アンダー・ザ・ブリッジ、確実5位以内!」


 しかし、その指摘はいまいち自分でも興が乗らなかったのか、ゆっくりと首を傾げ、肩を落とした。今の指摘はやや、自分の好みに寄りすぎていたかも知れない。カラーギャングたるもの、常に公平で偏らず、パブリックな価値観に準拠したものでなければならない。こんな自分だから、未だ平のカラーギャングから抜け出せないのだ。しかし今は自分ひとりだ。誰も未熟な自分を指摘する事はできない。仕方がないので、鏡に向かって指をさし、


「自分好みに流されすぎ! 幸福の為の指摘以外指摘に非ず!」


 そう声を荒らげた。そして赤いカップの受け皿に置いてある鍵を手に取ると外にでて、鍵を締めた。赤いドアノブを回し、鍵がかかっている事を確認すると、自然な素振りで指差し確認し、カラーギャングは「よし」と小さな声で呟いた。セカイを正すには、まず自宅の鍵かけ確認から。カラーギャングはそう確信していた。そして二階建てのアパートからカラーギャングが階段を下る「カンカン」という足音がからりと晴れた青空に響き、今日も由緒正しい、幸福への一日が始まるのだった。








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カラーギャングス・ルーチン 江戸川台ルーペ @cosmo0912

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