暴君と賢君の本音会議~腹割って話そうぜ~

永礼 経

第一幕 勢ぞろい

何もない真っ白な空間。


ただその空間の真ん中に、まぁるいテーブルが置いてある。

椅子の数は11。

それぞれの椅子の前には、本日の出席者の名前札が立ててある。


聖徳太子、藤原道長、平清盛、源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬。


そうそうたる歴史上の人物たちの名前だ。

今日は彼らに腹を割って本音を語り合ってもらおうではないか。


え?一人足りない?あぁそれは私の席です。

私?


私は、司会進行を務めさせていただきます、伊藤博文と申します。

俊輔、俊ちゃんとでも呼んでください。


それでは、さっそく始めましょう。

みなさん!召喚!!


**************


えー、本日皆様にお集まりいただきましたのは、実際のところ、どう思っておられたのかを私がどうしても知りたいと思いまして、ここ鹿鳴館に特殊な空間をお創りしてお招きいたしました。


あー、周りを見渡しても何も見えませんよ。なんせ、特殊空間ですから。


ここで話していただいたことは、私にしか聞こえませんし、外部、いわゆる現実世界には全く影響が及びません。

というか、皆さん、もう死んでおられますので。

安心して本音をお話しください。


信長「てめー、この野郎、人を勝手に呼びつけておいて、挨拶もなしか! 俺は帰る! 利休が来る予定なんだ、こんなとこでしゃべってる時間はねぇんだ!」


あー、やっぱり、君、うるさいねぇ。大丈夫です。

もう死んでるあなたに、時間という概念は無意味です。

とは言っても、うだうだやってても仕方ないんで、早速はじめますよ。


始めは、そうですね、皆さんどうしてそんなに暴君だったのか、でいきましょう。

特に、信長君。君の歴史上の評価はとてもひどい。

おそらく日本の歴史上で「暴君」といえばまずあなたの名前を挙げる人が圧倒的多数ですよ。


信長「あー、そりゃそうだろうさ。そうなるように仕向けたんだからな。そうでなくちゃ困るんだよ。これで、この世もずっと戦(いくさ)が起こらない世になる。」


それを聞いた、2人の顔が青ざめる。秀吉と家康だ。


信長君。残念だが歴史はそうならなかった。あなたが死んだあと、そうそうに戦は起こります。というか、ずっと戦は現代まで続いています。当然、何百年も続くことはもうありませんが、たぶん、あなたの時代よりもたくさんの人が亡くなりました。


信長「なんだと? おい、どういうことだ、家康! 秀吉!」


秀吉「と、殿、私は何とか戦をやめようと思って、家康さんと和解しようとしたんですよ。そりゃ、小牧ではちょっとやりあいましたけど、そのあとは家康さんも私に仕えてくれました。秀頼のこともちゃんと面倒見てくれると約束してくれましたし。」


家康「何を言ってやがる。お前は全国統一やった後、それでも飽き足らず、大陸まで戦を仕掛けやがったじゃねーか。こっちはもう戦は嫌だってのに。結局、それも中途半端に終わって、何も得られなかった。無駄に金と人を失ったんだよ。」


信長「秀吉、本当か! 大陸まで戦を仕掛けたのか、ようやった!」


秀吉「は、それも殿のご意向でございましたゆえ、何としても成し遂げねばと。」


家康「それは違うだろうが。お前は全国統一したあとの家来衆に対する褒賞を全部自分のために使っちまって、金がなくなったもんだから、勢いと、殿の御遺志という名目で戦を強行しただけだ。俺は反対したんだからな。」


「はぁ……。大陸と戦などとは、なんとも愚かなことよ。こちらは島国。国力で圧倒的に劣る。そんな状態で戦など、勝てるわけもなかろうて。」


お?今おっしゃられたのは、清盛君ですね。


平清盛「そもそも、日本の国土は狭い。何をやるにも資源というものが必要になる。大陸と争うには、国力を増強しなければならない。しかし、資源が乏しい日本では、武器や戦艦を作るにも人手も足りなければ、物資も足りない。戦は数がすべて。まずはそこを何とかしなけりゃならんのだ。」


信長「さすがは、平清盛。その通りだ! 大陸だけじゃなく世界中の列強どもはそのすべてにおいて日本を凌駕している。俺も、利休伝いでいろいろな異人に出会ったが、あいつらの持って来るものはすべてこの日本の上を行ってやがる。このまま日本で戦ばっかりやってる余裕はねぇ! そのうちやつらに攻め滅ぼされる。その前に日本をまとめて、早々に対抗できる軍備を整えなけりゃならねぇ。そのために俺は、自分が嫌われるのを承知でやってきたんだ。」


秀吉「おっしゃる通りでございました。私も勢いに任せて、これなら大陸も少しぐらいは取れると思って兵を差し向けたのですが、結果は散々なものでした。何が足りないって、モノが足りない。兵糧、弾薬、船を作る木材。すべて足りない。勉強不足でした。」


家康「と、殿も大陸を目指しておられたのはまことでございましたか……。私はてっきり、この秀吉のうわごとと思うておりました。」


信長「家康。お前のそういうところがダメダメなんだよ。お前は世間を見なさすぎる。いっつも自分の身の安全ばかり考えて、先頭に立ってなんとかしようとは思わねぇ。自分の命が惜しいから戦をしたくねぇってのは俺はもう見抜いてるんだ。だからお前にはそれ以上は期待しなかった。北の方に置いといて俺が南下するための時間稼ぎができりゃいいってぐらいにしか思ってないぜ。」


家康「ぐ……、ぐぬぬ……。黙って殿殿と下手に出てりゃ、いい気になりやがって!あんたのおかげで何度死にそうになったか。俺はあんたの命令でかわいい嫁と息子の命まで差し出したんだ! 全部、あんたのせいじゃねぇかこの鬼! 悪魔! くぅぅ……。」


信長「そうだったな。あれはかわいそうなことをした。けどな、それこそがお前のダメダメなところなんだよ。あの時俺は悟ったのさ、お前が俺には逆らえねぇってな。

それで、俺は背後(北方面)をお前に任せた。絶対裏切らねぇとわかってたからな。でもな、あんとき俺は思ったぜ、俺なら嫁息子は差し出せねぇ、それがこいつはできる、目的のためなら手段を選ばねぇ、こいつは俺より怖え、魔王の器だ、ってな。」


秀吉「ちょ、ちょっとまってください、家康殿がそんなお方だったなんて、なんで教えてくれなかったんですか、殿! あぁ、私はなんて人に秀頼の後見をお願いしてしまったのだ、(石田)三成の言う通りであったか……、あぁ……」


家康「くっ、見抜いておられたとはさすがは信長よ。秀吉、安心しろ、お前の死後はつつがなくよろしくしてやったぞ? ははは。(石田)三成めには手を焼いたが、(加藤)清正を取り込み、周到に準備を重ねた結果、向こう側は内部崩壊しよったからな。」


「我の言葉はのちの世には伝わらなかったと見える。日本人はその国土が狭いせいなのか、小さいことにこだわる性質がある。そこは俺の土地だとか、それは俺の女だとか。だから全部取り上げてやって、天皇陛下のものということにしてやった。それから、今後の指針となるように、憲法まで作ってやった。争わずに話し合って決めろと。」


ようやっと口を開いてくれました!

これはこれは、聖徳太子様!


太子「でも、すべて無駄だったようじゃ。大陸とも、対等に交渉できるように下準備をしておいたはずじゃ。わざわざ、相手を怒らせるような無礼な内容の手紙まで送ってな。」


日出所の天子より、日没する所の天子へ、というあれですね。


太子「そうじゃ。我ながらよくできた文章だと思ったのだがな。自然の摂理には誰も文句は言えんからな。」


ちゃんと届いていますよ、十七条の憲法も遣隋使のお話も。でも、なかなかできないんですよねぇ。

あ、私はそのへん頑張りましたよ。日本で最初の内閣を作りました。憲法も私の時代の日本に合うものをヨーロッパで探し回って、プロシア(当時のドイツ)の憲法を参考に作りましたし。

天皇陛下は今もご健在です。


太子「おぉ! まことか! 陛下の家系は途絶えてはおらぬのだな?」


ええ、もちろん。あ、それに「日本」って国名だって、太子様が作られた言葉じゃないですか。「日のもと(本)」ですから。

聞くところによると、21世紀になっても、天皇陛下も日本もまだ健在ですよ。


藤原道長「ほぉー。で、藤原家ももちろん存続してるのだろうな?」


あー、源氏のゆかり、武士の棟梁、というやつですね、残念ですが、そういう考えはもう消えてしまってますね。

てか、征夷大将軍をぶっ潰しちゃった一人が私でもあるんですが。

当事者、というか真犯人はそこにいる3人ですがね。


(3人、西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬は顔をそむけた。)


家康「そ、そんなことはあるまい! 私こそ源氏の正統、だから秀吉がなれなかった征夷大将軍にもなったし、幕府も開いたぞ?」


大久保利通「なんの、おはん(あなた)はそういうまことしやかな既成事実をどっかから持ってきただけだ。松平って性だという理由だけで作り上げた、いわゆる身元偽装であいもそ(でしょう)?」


家康「な、なにをいうか、わ、私は正統な……」


源頼朝「ちょっとまて。幕府は私も開いた。清盛亡き後、憎き平家を滅ぼして、鎌倉に武士を束ねる幕府を建てた。」


清盛「こ、このこわっぱがぁ! やはりおぬしは流罪になどせず処刑しておくべきであったわ!」


頼朝「残念だったな、清盛。お前がいい気になって、坂東武者の誇りを踏みにじった結果だ! 平家にあらずば人にあらずとはどういう意味だ、あぁ? そういう驕った結果が武士の誇りの返り討ちにあったのだ!」


清盛「ぐ。確かにわしは、少し調子に乗りすぎておった。わしは、戦乱が続くこの世を何とか収めようと必死だったのじゃ。都は荒れ果て、田畑も荒れ果て、皆、食うや食わずの状態であった。武士は貴族の言いなりでただの用心棒としか思われておらなんだ。貴族の荘園を命がけで守っても、褒美にもらえるのは幾日かの食糧だけ。そんな世を正さなければ、先は真っ暗闇だ。」


頼朝「たしかに……、お前のおかげで(後白河)法皇をはじめ貴族どもは骨抜きになっておった。私が平家討伐を成し遂げた後、鎌倉に幕府をたて、武士をまとめるという名目で征夷大将軍となったのも、すべては、そういう物騒な武士を都から遠ざけておきたいという貴族どもの気持ちを利用したもの。おかげで、その後、太平の世が築けたというのもまた事実。」


あ、頼朝君。あなたの家系は孫で終わってるよ。


頼朝「へ? な、なんだと? (北条)時政、義時はどうした? あいつらに任せておいたはず、そんなことはあるまい。」


いや、終わってますね。しかも、あなたのお孫さん、源実朝さんはその北条氏の陰謀で亡くなってます。


頼朝「……、なんともはや、世も末とはこのことよな……。」


その後は、北条氏が傀儡政権を作って鎌倉幕府自体は約100年ほど持ちこたえました。末期には、天皇家内のいさかいに武士が巻き込まれ、後醍醐天皇とあらそうことになり、結果、崩壊を招きます。


西郷隆盛「そんのち、恐れ多くも天子様からご政道を奪い、武士の棟梁として新たな幕府を建て京都で我が物顔にふるまっておったものがおいもしたな、あんおひとは、今日はおいでになられんのであいもすか。」


あ、あの、ちょっと西郷さん。その言葉はちょっとわかりにくいので、ふつーに話してくれませんか。前々からあなたの言葉はなまりがひどくて聞き取りづらいんですよ。それに、声が大きい。


隆盛「……。こいは、しつれいしもした。俊輔どんも、おおきゅうなられて、いうこともりっぱになられもしたな! がっはっは!」


い、いえ、西郷さんにはあとで聞きますので、ちょっと、寝ててくださってもいいですよ。


隆盛「おお、そいならはようゆうてくださればようごあんしたのに。ほいなら、ちょいとしつれいいたしもそ…。ぐぅぅぅ……」


大久保利通「きちのすけさぁはしんでもかわらんでごわすなぁ。寝るのはいつも速攻じゃ。」


えっと、話はどこまで行ってましたっけ?あ、あぁ、清盛君のとこでしたね、清盛君も歴史に名を遺すほどの「暴君」の一人となってます。その栄華はそれこそ天にも昇る勢いで、「平家にあらずば人にあらず」という名文句は、あなたの代名詞になってますよ。


平清盛「おー、それじゃそれじゃ。その言葉のことなのじゃが、わしは言ってないよ?」


へ?そうなんですか?

私はてっきりあなただと思い込んでいたのですが?


頼朝「わ、私もそう思っていたが、じゃあ誰が言ったんだよ?」


清盛「あれは、時忠じゃ。」


時忠?だれ?それ?


大久保利通「清盛さんの義理の弟だよ。」


な、なんと!


大久保利通「平家物語をちゃんと読んでいればわかる話だ。ちなみに、時忠は、平家滅亡後も生き延びてるよ。八咫鏡(やたのかがみ)と、自分の娘を義経に差し出して、死刑を免れている。」


清盛「あやつは、そういうところがあったわ。ちなみに、時忠が言ったのは、平家じゃないと、宮中に住むこともできないから、出世できる人にはなれないよ、という意味じゃと思うぞ。」


頼朝「な、なんと……。それならあくまで事実というもの。なんということか。」


さて、清盛君にお聞きしたいことがあったんですよ。

清盛君は福原(兵庫)に港を建造したりしてましたよね。

あれはどういう意図だったんですか?


清盛「それな。」


と、切り出して、清盛はその意図を初めて語る。


そしてそれは後半、第2幕へ続く。










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