輝劇、第三幕(中編)

 「渦潮うずしお!」「氷棘ひょうきょく!」赤と緑はその情力を用いて、圧倒的と言える質量の攻撃を展開していた。「くく、思い出すねぇを…!」「けっ…胸糞むなくそわりい記憶だぜまったく…」背中合わせに立った二人が言葉を交わす。


 「赤、さっきの渦巻き、もう少し大きいのを頼めるかい?」「…なんかする気か?」「いいから見てな。」「ちっ…」言われた通り赤はウォーターチェーンソーを一振りし、先ほどよりも一回り大きい水流を発生させた。そこに緑が一手間加える。


「 みだれみぞれ!」渦潮に氷が加わり、触れたものが瞬時に凍りついてゆく…まるで無慈悲な龍が暴れ回るように一帯を荒らしまわった後、嘘のように静かに消失した。


 「…ちいと心がざわざわしてたからね、やっと収まったよ。」胸を撫で下ろしながら緑が呟く。「…最初からこうすりゃ良かったんじゃねぇか?」腰に片手を当てた赤がしかめっ面で緑をにらむ。最早周囲で動くものは何もなく、ただ静寂がその場に充満していた。「まぁいいや…あとは任せたぜ…真白、黒…」




 光の残光と真白くろの人影…両者によって生み出された実体ある幻影達が戦いを始めている。焔の人影が火――影だから黒い火だ――を噴出させ、はく黒奈くろなの退路を断つ。すると韋駄天と瞳の人影が、手にした獲物で同時に黒奈を攻撃する。


 黒奈はその攻撃を避け、カウンターを仕掛けようとする…瞬間、彼女は特殊な脚捌あしさばきによって残像分身を作り出し、どれが実体であるか分からないような攻撃を繰り出した。韋駄天と瞳、その人影の動きが一瞬硬直したことから、はどうやら目や耳といった、感覚器官ではないを用いて相手を認知しているようだ。とても生物とは言えない残光と人影について、認知方法について分析するのは馬鹿げているかもしれないが…ともかく黒奈は、二人を翻弄することに成功している。


 一方、焔と血染の人影は間髪を入れず、はくへと情力による攻撃を続けていた。風を切って残光はくに向かってゆく漆黒の火球、豪雨のように容赦なく降り注ぐ血染の黒い血…空間を黒く塗り潰すかのような怒濤の攻めですら、白には傷一つ付けることが出来ない。生物だろうが非生物であろうが、その主体による影響に攻撃の意思が宿ってさえいれば、たちまち白の情力「矛不知ほこしらず」によって無効化されてしまう…まさに無敵だ。


 そして真白くろと光…その創造主達は凄まじい速さで互いに打ち合い、回避し、情力を放っていた。「残光ざんこう緞帳どんちょう!」「衣香いこう襟影きんえい!」光の剣雨けんうと影の刃が激しくぶつかり合い、そして消えてゆく…




 (…なんで…)戦いの最中、光の脳裏には今まで自分が戦ってきた者達の顔が絶え間なく浮かんでくる。




 (…どうしてみんな…そんな辛そうな顔をしてるの…?)傷の痛みに苦悶の表情を浮かべる者、自身の無力さに打ちのめされている者の目に喜びや楽しさなど微塵もない…最後に浮かんだ、光に対し憎しみの表情を浮かべているのは…真白だ。




 (僕は…僕はただ、みんなに元気になってほしいだけなのに…座長が僕を救ってくれたように…誰かを明るくしたいだけなのに………かつてのみたいな思いを…してほしくないだけなのに!!!)その為に彼女は今まで動いてきた、それなのに思い出されるのは、彼女が理想とする活気、幸福とは対極的な、苦悩、絶望、そして…憎悪。




 「ふいー…やっと片付いた…」目の前で霧散してゆく残光を前にし、腰に手を当てる黄。「黄さん、無事ですか?」そこに青が駆けてくる。「お、そっちも大丈夫だったみたいっすね!赤さん達も既に残光達を倒したみたいですし、あとは…」「真白さん達だけですね…」二人は少し離れたところで戦っている真白に目をやる。


 「光と影…相反するものでありながら、本質的には同じものなのでしょうか…」「あぁ、黒さんの技…まさか影があんな風になるなんて驚きっすよ……まぁひょっとしたら、あれこそがあたしらの本当の気持ちなのかもしれませんけど。」「わたくし達の?」聞き返す青。


 「本来実体のない影に、実体を与えてすらすがりつきたい程…孤独を恐れてるってこと。」黄が自嘲気味に笑う。「……孤独…ですか……確かにそうかもしれませんね。」二人は複雑な表情を浮かべながら、真白達の戦い、その行く末を見守っていた。

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