騙し合い

 その頃、廃墟と化したビルの中にて。


 金属がぶつかり合う音、そして銃声が木霊こだまする。


 「よく避けるな…で。」ワイヤーを使った軽い身のこなしで、分目わくめは鉄筋コンクリートで出来た建物内を縦横無尽に動き回っていた。彼女の情力「岡目八目」は視界を分割する力、つまり複数の視野をもつ力だ。情力を発現し任意の地点で念じるだけでそこに青白い光が現れ、その光を通して分目は外界を認識することが出来るのだ。


 (こいつ…よくよく考えたらわたしと相性最悪じゃない!あの高飛車白髪、もしかしてわざとこの組み合わせを…?)観錯は瞳のことを思い浮かべて邪推する。(…まあいいわ。さてどうする…ここまでのやり取りから、あの性悪を幻術に落とす為には分割された全ての視界を同時に見る必要がある…それは分かってる、でないとたとえ一つの視界を支配しても、別の視界によって幻術が無効化されてしまうから…)分目の攻撃を掻いくぐりながら、観錯は狡猾に対抗策を思案していた。


 突如、観錯は脚を絡ませてけかける。「……」一瞬目を見開くが、すぐ後にその目を細める分目…疑いの表情を浮かべつつも、おもむろに右手の拳銃、その照準を観錯の頭部へと定め……引き金を引いた。


 (あの腹黒、本当に転んだのか…?いや、これは罠だ…敢えて隙を見せることで、こちらの攻撃を誘発しているんだ………


 ……!)瞬時に脳をフル回転させ、分目はその結論に至る。


 (はっ、随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか…この程度の駆け引き、寝起きの脳トレにすらなりゃしないね!この状況において適切な行動、それは…攻撃だ!!)腹の読み合いを制し、勝ちを確信した分目……しかし、現実は彼女の思い通りにはならなかった。


 「…隙みぃ~っけ!!」


 口が裂けたように口角を上げ、観錯はなんと分目の放った銃弾を避けた。そしてそのままの脚捌あしさばきで分目へと接近し、いつの間にか手にしていたナイフを分目の太腿へグサリと突き立てる。


 「!?…ぐぁぁぁ…っ!!」何が起きたかさっぱり分からない困惑の表情と、脚を刺された激痛にもだえる苦悶くもんの表情がない交ぜになり、廃墟に分目の絶叫が響き渡る。そんな彼女の姿を見た観錯は、ますます悪辣な表情を見せる。


 「どうやら読みが外れたみたいですねぇ~、さっきの「腹は読めたぞ!」ってあなたの顔!ホント傑作でしたよ~!!」悪魔のような笑い声をあげ、観錯は続ける。「集中力が乱れると、例の分割視界の光は立ち消えるらしいですね…嗚呼、情力とは、感情とはなんとままならないものでしょう!」


 憎々しげに分目は観錯を見上げる。「やはり…罠だったか…!」「あなたの思考は手に取るように分かります、大方「攻撃を誘っているのだろうか、否、一瞬の迷いでこちらの手と思考が止まることを目論んでいるんだっ!」とでも考えていたのでしょう!何故自分の思考が読めるのかって?、って考えればいいだけなんですから!」そう言って今度は、ナイフとは反対の手に持った銃の先をゴン、と分目の頭に押し当てる。


 「わたしは人間です…たとえ敵といえど、辛そうなお顔は長く見ていたくありません…あぁ、胸が痛みます…」言っている内容とは裏腹に、「ニタァ」と嗜虐的な笑みを浮かべている観錯。「それでは…今世こんじょうでのお別れを致しましょうか…!」


 廃ビルに、銃声が木霊こだました。

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