クラスの陽キャに動画編集をなすりつけられたのだがどうみてもアレなので頑張って加工します

富士之縁

第1話 「オタクくん、動画編集できるんだって?」

「オタクくん、動画編集できるんだって?」


 放課後、クラスの陽キャグループにいる運動部のチャラ男――山本やまもと武尊たけるに声を掛けられた。

 誰から聞いた話なのかは知らないけど、僕は動画編集をしたことがない。

 この手の人間は、クラスの隅っこの方にいるアニメ見てそうなやつは全員動画編集できるとでも思っているのだろうか。

 いや、できるかできないかで言えば、今のご時世、ソフトを使えば動画編集なんて誰にでもできることだ。プロのテレビ番組やYouTuberみたいなレベルのクオリティを目指すなら修練を積む必要があるだろうが、尺を調整するとか字幕やBGMをつけるぐらいなら僕にもできるはずだ。

 何なら、スマホで撮ったものを軽く編集するだけならそのままスマホでもできる。むしろああいう陽キャの方がインスタだの何だので動画慣れしていそうでもあるが……。


「映っているのは山本君だけなのかな? ほら、肖像権とか色々うるさい世の中だし、編集のために僕に見られて嫌な思いをする人とかがいたらマズいでしょ、お互いに」


 考えなしの陽キャとはいえ、一応まあまあな偏差値の高校に通っているのだから僕の言いたいことぐらいは分かるだろう。

 つまり、面倒だから押し付けるのをやめ……。


あずまぁ! 例の件、いいよな?」


 山本に声を掛けられた女子が、清楚なロングヘアを弄りながら答えた。


「っ! えぇ、勿論よ。少し恥ずかしいけどね」


 まさか幼馴染の東さんも動画に出ているとは……。

 幼馴染と言ってみたものの、仲が良いわけではない。小学校時代はそれなりに話していたが、中学校以降は特に話すことのないまま高校2年になっている。ここまで来るとただのクラスメイトと言っても差支えない。

 東さんは僕のような日陰者とは違って、容姿に優れており、彼女が所属している演劇部が町の小劇場を借りて発表をする時には彼女目当てに学外からもファンが訪れることもあるという。

 山本は東さん以外の人に質問せず、こちらに向き直った。もしかして、この二人しか映っていないということなのだろうか。だとしたら、どういう内容なんだ?

 断固として断る意志が揺らいだのを見透かされたのだろう。山本がニヤリと笑った。

 USBメモリを手に捻じ込んで、


「んじゃ、よろしく。急ぎだから明日までに頼むわ」

「プロじゃないから期待するなよ」


 山本がこちらの抗議を聞き流しながら去っていく。

 どうしたものか、とUSBを見つめていると、


「見やすいテンポにして、字幕を入れてくれたらそれでいいから。もしそれ以外に何かあれば田村くんの判断で適当にやっちゃってくれてもいいよ」


 それじゃ、と小さく会釈しながら東さんも友人たちと教室を後にした。

 残っていたクラスメイトたちから注がれる奇異の視線から逃げるように荷物を抱えて帰宅する。



 急ぎの用事らしいから、宿題をやる前に動画の方に取り掛かる。

 とりあえず再生してみると、薄暗い部屋の中で山本と東さんが二人並んで座っているところから始まった。並んで、というよりほぼ密着している。

 このシチュエーションは、まさか……。


「ちぃーっす。オタクくん、見てる~?」


 山本が白い歯を輝かせながらデカい声でカメラに呼びかける。

 僕の予想と一言一句違わぬ言葉が聞こえてきたため、一時停止して大きく溜め息をついてしまった。

 これはアレだ。いわゆるNTRビデオレターというやつだ。まあ僕は東さんと付き合っていないので厳密にはNTRではないのだが、形式的には間違いなくそれを踏襲している。

 僕が東さんとワンチャンあるわけないのは理解していたのでダメージは最小限に抑えられたが、それでも無傷ではいられない。

 え? これ編集するんですか? 東さんは「少し恥ずかしい」とか言ってたけど、その次元では収まらないやつじゃないですか?

 これをわざわざ僕に編集させる意味が分からない。

 しかしながら、引き受けてしまったものは仕方ないし、こんなものの編集をサボったという理由で怒られたくもない。

 心を無にして続きを見ていく。


「オタクくんが大切にしていた彼女は、今日から俺のモノになりまぁす!!」


 小麦色のがっしりとした腕で山本が東さんを抱き寄せる。

 少々乱雑な引き寄せられ方に顔をしかめながらも、東さんは苦笑を浮かべた。


「ごめんなさい。でも、彼、根は良い人だから……」


 いや、僕に謝罪されても困る。

 そうこうしているうちに、山本が東さんをベッドに押し倒し、画面が徐々に暗転していった。

 アレ? この手の動画の肝心な部分が撮影されていない。向こうのミスだろうか。

 正直、弄るほどの尺でもない。

 とりあえず注文通り字幕をつけただけで作業が終わってしまった。

 ここまで何もないと一周回って消化不良に思える。何より、ごくまれにしか使わないのにアレな内容の動画をちゃちゃっと編集させられ再び長い眠りにつかされる動画編集ソフトがかわいそうだ。

 これはこれで完成として、他のバージョンも作ってみるか。

 例えば、NTR的な雰囲気をぶち壊すために結婚式で流れていそうな曲をつけてみるとか。

 いや、むしろ……。


 翌日。

「これ、頼まれていたやつ。正直、字幕以外やることなかったような気もするけど」

「ありがとー」


 内容には敢えて触れずに、山本に納品する。

 山本はすぐさま東に渡しに行っていたが、東からは特に謝礼もなかった。

 まあ、そういうものだよな。



「田村氏~、放課後うちの演劇部の劇を見に行こうぜ。これ何てエロゲ……いや、これ何てエロ同人? みたいな展開もあるからオススメと先輩に紹介されたでござる」


 動画編集を頼まれたことも忘れかけていたある日の放課後、オタク仲間に誘われて学校の演劇部の創作劇を見に行くことになった。

 普段は演劇部の活動に興味ないのだが、あまりにも心当たりがあり過ぎる発言が気になり過ぎて断れなかった。やたらと押しが強いし、金も出すとまで言われてしまうと逃げ場がない。お前、一人で見に行く勇気がないからってそこまでする必要ないだろ。

 それにしてもエロ同人ときたか。東は演劇部だし、どう考えてもあのビデオが絡んでいるのだろうな……と思いながら小劇場に赴くと、予想以上に多くの生徒たちが集まっていた。かなり評判になっているらしい。


「本日は千秋楽特別仕様として、前日までの内容とは異なる部分もありますがお楽しみいただければ幸いです」


 今日初めて来た僕にとっては無関係なアナウンスを聞き流しながら、オタク仲間と軽く雑談していると、照明が暗くなって演劇が始まった。

 どうも、呪われたビデオの噂を聞いた中学生たちがなんやかんやするという話らしい。心当たりのあるビデオの内容がアレ過ぎるので別の意味でハラハラしながら見ていると、ようやく男子中学生二人組が呪いのビデオを見つけ出すシーンに入った。


「これが噂の……NTRビデオなのか?」

「ああ、これこそ『呪いでチンチンがロングになる』ビデオのはずだ。早速見てみようぜ!」


 ロングはLだよ! とツッコミたくなるのを堪える。もしかしてホラージャンルじゃなくてコメディなのか?

 舞台のスクリーンに見たことのある映像が映り、


「ぢぃ゛ー゛っ゛ず!! ブボッ、ヴォ゛ダグぐん゛、見゛でる゛~゛~゛? ボフッ!」


 盛大に音割れしたビデオが流れ始めた。間違いなく僕が編集したやつだけど、まさか採用されていたとは……。


「何だコレ! やっぱり呪われているぜ!」


 なるほど。音割れを、ビデオが呪われていることを示す演出として解釈したわけか。

 そして、ストーリーが進み、ビデオにかかっていた呪いが解かれ、再び再生されることに。

 しかし、今度は舞台上にベッドが置かれ、山本と東が座っていた。主人公の男子中学生二人組は客席に背中を向け、山本たち二人の様子を見ている。動画じゃなくて演技でやるらしい。

 シーンの切り替えとともにBGMが変わり、どこからともなく結婚式で流れていそうな音楽が流れ始めた。これも僕が編集して出したアイデアを踏襲したのだろう。


「ちぃーっす。オタクくん、見てる~?」


 心なしか、山本の声にいつもの元気がなかった。


「……まあ、オタク君が突然いなくなってからもう2年も経つもんな」

「そうね。私もいい加減自分の将来のことを考えなくちゃならないし」

「うん。だからさ、オタクくんが大切にしていた彼女は、今日から俺のモノに……」


 山本のセリフを遮るように、ドアが開く音と足音の効果音が響いた。しかし舞台には誰も現れない。

 東がベッドから立ち上がり、山本の肩を揺さぶりながら客席を指差す。


「見て。間違いなく彼はよ!」


 ん? 演劇の途中だというのに間違いなく僕の名前が呼ばれた気がした。というか明らかに指が僕の方を向いているのだが、まあそういう名前の役がいるに違いない。

 ……などと思っていると、東さんが舞台から降り、迷うことなくこちらに歩いてきた。スポットライトも追従する。

 通路側端っこの僕の席の隣に東さんが跪き、


「田村くん。私、あなたのことを何年も待ち続けていたの。でも、もう自分の気持ちに嘘はつけない。私、あなたのことが好き!」


 手が差し出される。

 あまりの超展開に思考が追い付かない。これは劇か現実か。

 客席の視線がこちらに集まっていた。

 隣に座っていたオタク仲間が、リア充は真の仲間じゃないので追放だと言わんばかりの腕力で押し出そうとしてきている。

 動画編集に続いて、アドリブでも無茶ぶりを仕掛けてきているのだろう。そういう脚本なのだろうと折り合いをつけて東さんの手を取る。

 引きずられるように劇場の出口に向かっていると、劇もエンディングを迎えようとしていた。


「オタクくん、幸せにな……」

「全然エッチなビデオじゃないじゃねーかよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスの陽キャに動画編集をなすりつけられたのだがどうみてもアレなので頑張って加工します 富士之縁 @fujinoyukari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ