可愛すぎる先輩の圧に勝てません!
エパンテリアス
プロローグ「泣いていた先輩」
「なぁ、女の先輩って良いってお前も思わねぇか?」
「いきなり何を言い出すんだ。目の前にある雑草を抜くのが辛すぎて、頭おかしくなったか?」
入学して約2ヶ月経った6月頃。
放課後に清掃をしている高校一年生の下條翔は、手を泥まみれにしながら雑草を抜きつつ、友人である瀬尾傑の話を聞いていた。
「だって部活とかしてたらさ、マネージャーの先輩が可愛いしさ〜! それになんか……色気もあるといいますか!」
「バカバカしい……って言いたいけど、割とクラスの男子結構そういうこと言ってるよな」
「なんか年上の女子の魅力に目覚めてしまいそうだわ……」
傑が言っているような話は、クラスでは最近よく聞くようになった。
部活をしていない翔でも、校内で女子の先輩を見て綺麗だと思うことは多々ある。
部活をしている傑からすれば、マネージャーの女子の先輩と関わる機会や目に入る機会は多いはず。
みんなのお世話もしてくれて、制服以外の姿も見られる。
そりゃあ、気になってしまうのも頷ける。
それに、年が1つ2つ違うだけだが、高校生おけるその差は小さくないとも感じていた。
学校生活に落ち着いて過ごす姿、穏やかに後輩に接してくれるところも、大人っぽく魅力的に見える一つの要因かもしれない。
「でもさ、そういう先輩って絶対に彼氏いるだろ? 何なら、俺らが知ったら計り知れないダメージを貰うぐらいのところまで、関係性発展してるかもよ?」
「……お前のその言葉で、すでに俺の心は傷付いたわ」
「現実見ようぜ、だって俺たちより一年以上高校生活送ってるんだぞ?」
「わー! 聞きたくない!聞きたくない!」
傑の憧れる気持ちは分からなくないが、女子の先輩と付き合うなんて、あまりにも現実的ではない。
後輩の女子と付き合うというパターンは見なくもないが、先輩から言い寄られるなんて、よっぽどのイケメンじゃないと見たことがない。
それに、俺たちが女子の先輩を大人っぽく見えて憧れる分だけ、あちら側からは俺たちのことが子供っぽく見えているということになるだろう。
そうなると、付き合える確率なんて0に極めて近いと言うしかない。
……とは言っても、傑は単純に憧れているという話をしていただけなので、わざわざ現実を突きつけるという、酷いことはしなくても良かったかもしれない。
雨が降って土が泥上になっている中、必死に雑草を抜き続けて、ゴミ袋いっぱいになるまで集めた。
「俺を傷付けた罰だ。それをゴミ置き場まで持っていくんだな」
「了解。流石に言い過ぎた罪悪感もあるし、俺が捨てに行くわ。傑はもう部活行くだろ?」
「ああ。先輩に良いところ見せられるように、頑張ってくるわ」
「その意気だ。頑張って」
「おう。じゃあまた明日な!」
うちの高校では、担任教師から帰りのHRがあるとアナウンスされない限り、清掃したら各自解散となっている。
そのため、傑はそのまま部活へと向かっていった。
そんな傑を見送った後、翔は雑草がいっぱいに入った袋を持ち上げた。
「ただの草が入っているだけなのに、なぜこんなにも重いんだよ……」
水分を含んだ土を纏った雑草がたくさん入っているために、見た目以上に重たい。
しかも、ごみ袋を捨てるゴミ置き場は学校内の外れにあるので、それなりに持って歩かなければならない。
「こんな梅雨時に、外掃除のターンが回ってくる運のなさを恨むぞ……」
何とかゴミ置き場にまで持ってくると、たくさんのごみの入ったゴミ袋が置かれている。
何とかそのごみの山に自分の持ってきたゴミ袋を置いて、ふぅっと一息ついた。
「さて、帰るか……」
翔が、教室に戻ろうと先ほど来た道を引き返そうとした時だった。
「うっうっう……」
「えっ!?」
どこからか、誰かが泣いているような声が聞こえてきた。
先ほどまでは、ゴミ袋を持っていてその袋の音で周りの音に気が付かなかった。
だが、周りには誰もいない。急に背筋が寒くなってきた。
六月という日の出が一番長い時期とはいえ、曇天で外は若干暗めになりがちの時期。
あり得ないものが見えて呪われるなんてことが……。
「いや、そんなわけないよな……?」
恐る恐る泣いているような声が聞こえる方へと、歩みを進めた。
そしてそっと声のする方を見てみるとそこにいたのは―。
「七森先輩……?」
そこに居たのは、高校二年生の七森霞という女子生徒だった。
先輩女子に憧れる一年生男子の中でも、特段に可愛いと言われる人の一人で、翔も知っている人物だった。
いつも魅力的な笑顔で、男子のハートをつかんでいる彼女だが、今は涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。
涙を腕で拭いながら、嗚咽を漏らしている。
そんな先輩の姿を見て、あわてて翔は再び隠れて思考を巡らした。
どういう状況だ?
こんなところで大泣きしているのは、間違いなくただ事ではなさそうだ。
恋愛関係? それとももっと他の問題?
たとえどんな問題でも、一年生であり接点のない自分には何もできるようなことはない。
(でも、あんな状態の先輩を見てしまってそのまま立ち去るのは……)
個人的な問題だが、あんなに泣き崩れている女性を見てそのまま帰るのは、あまりにも自分にとっても落ち着かない。
どうすればよいのだろうか。
(ハンカチかティッシュ渡すぐらいならどうだ……?)
校内の外れで教師は誰もいないので、あわててネットの相談サイトで「泣いている女性 ハンカチ」で検索してみた。
すると、「泣いている女性にハンカチを渡すのはどうなのでしょうか?」という質問に、「ありがたいこと」という意見が見られた。
(このサイトの質問に回答している女性陣の言葉を、俺は信じるぞ……!)
意を決して、俺はポケットからハンカチとティッシュを取り出した。
そして、泣いている先輩の方に歩み寄った。
「あ、あの……七森先輩」
「……何」
消え入りそうな声で、こちらの言葉に返事をしてきた。
ただでさえ普通に話をするのでも緊張するだろうに、こんな状態なのでより緊張感が高まってまともに話が出来ない。
「ハンカチ……。良かったから使ってください!」
「……え?」
「あ! ハンカチ使いにくかったら、ポケットティッシュもあります!」
先ほどのサイトで、「ハンカチは使いにくいかもしれない」というコメントも見られた。
そのため、あわててティッシュも取り出した。
「ごめんなさい、泣いている声が聞こえてしまって……。余計なお世話かもしれないですけど……」
やはり、こうして話してみて勢いで先輩の前に出てきてしまったことに後悔した。
こういう時は、誰でも触れられたくないだろう。
そのために、こんな人目のないところで泣いていたのだろうし。
今からでも踵を返して戻ろうかと思った時だった。
「……ごめん。じゃあ、ちょっと借りる」
七森先輩は小さく震える声で、そう言った。
「は、はい。どちらも持っていただいて構わないので!」
彼女の言葉を聞いて、翔はハンカチとポケットティッシュを重ねて渡した。
その二つを、七森先輩は手を伸ばして受け取った。
「そ、それでは失礼します!」
やってしまったという後悔が先行し、受け取ってもらった瞬間、翔は逃げるようにして校舎へと走って戻った。
完全に余計なことをした。
そんな後悔をひたすら引きずりながら、その日は帰ることとなった。
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