【KAC20224】道化師となった男は世界中を笑わせる

宮野アキ

男は笑わせたい

 とある国にエルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんなギルドの奥の席に二人の男性が座っていた。


 そのうちの一人の名前は、レルン・アイストロ。


 冒険者風の恰好をした黒髪、細目。腰には長物の刀と短刀を腰のベルトに差していた。


 もう一人の名前はマース・ロックウィル。


 赤髪に茶色の瞳をしていた。そして、何よりも特徴的なのは身長。


 マースの身長はレルンに比べてかなり小さく、パッと見では少年にしか見えない外見をしているが、顔には年齢相応の皺や髭があり、成人している男性なのが分かる。


 そんな二人は笑いながら雑談をしていた。


「それにしても久しぶりだな、マース。最後に会ったのはクランから脱退した時だから、六年ぐらい経っているのか」


「そうだな……もう、そんなに経つのか。……お前達との冒険は今でも昨日の様に覚えているのに…………月日が経つのは早いものだな」


「……それでマースはどうしてこの街に帰ってきた?」


「ただ帰ってきた訳じゃないさ。レルン……これ」


 マースがそう言うと一枚の紙をレルンに渡す。


 紙を見ると紙には【ロックウィルサーカス団・入場券】と書かれていた。


 その入場券を見たレルンは驚愕してマースを見ると、マースはまるでイタズラが成功した子供の様に笑っていた。


「どうだ、レルン!驚いたか!!」


「あぁ……驚いた。このたった六年で、自分のサーカス団を立ち上げたのか……良かったな、マース。お前の夢を叶える事が出来て」


「ありがとう、レルン。お前達が俺の背中を押して見送ってくれたおかげで、後ろを振り返る事なく前に進むことが出来た。他のメンバーの分の入場券を持って来てるからみんなで来てくれ」


 そう言って、マースはレルンに十数枚の入場券を渡す。


 だが、レルンは申し訳なさそうな顔でマースに話す。


「マース、すまないが今この街に居るのは俺だけなんだよ。他のクランメンバーは仕事で街を出ているんだ。早く帰って来るメンバーでも来週。遅いメンバーだと三週間後だから

見に行くのは無理なんだ……すまんな」


 レルンがそう言って頭を下げるとマースは頭を振る。


「気にする事はないよ。サーカスの公演は三日に一回、合計十回の公演をする予定だ。だから、三週間後に帰って来るメンバーでも、十分見に来る余裕はあるさ」


「そうなのか……それは良かった」


 レルンが安堵の表情で机に出された入場券を受け取るとマースは笑いながら、立ち上がる。


「それじゃ、俺はもう行くな。公演の準備とかをしないといけないからな」


「そうか、じゃあ頑張れよ。応援してる」


 そう言ってマースはギルドから出ていく姿を見送る。


「しっかりと夢を叶えられたんだな、やるじゃないかマース。……それじゃあ俺も、自分の夢を叶える為に頑張りますか」


 レルンはそういうとギルドの受付の方を眺めて、今日も困っている人がいるかどうかを探す。



◇  ◆  ◇



「……ロックウィルサーカス団の発足して初めての公演なのに、凄い人の数だな」


 ロックウィルサーカス団の公演当日。


 レルンはサーカスの公演が行われる広場に来ていた。


 この広場は街の中心部にあり、普段は子供達の遊び場であり、定期的に市場などのイベントが開催される場所。


 そんな広場にサーカス団の天幕が設置されていた。


 その光景にレルンは感心しながら、受付に入場券チケットを渡して天幕の中に入る。


「……凄いな。ほとんどの席が埋まっているじゃないか」


 円形の舞台を取り囲む様にある観客席には、初公演を差し引いても多くの人々が座っていた。


 そんな光景をレルンは誇らしく思いながら、辛うじて空いていた客席に着き、公演時間を待った。



……………


………


……



「レディー&ジェントルマン。この度はロックウェルサーカス団の公演に来ていただきありがとうございます――」


 天幕内に男性の声が響き、口上の挨拶は続く。


 客の期待を膨らませる様なその口上はレルンを含め、観客を魅了させる。


 そして――


「それでは夢の時間をお楽しみ下さい」


 男性の口上が終わると照明の魔道具の光が消え、天幕内は真っ暗になり舞台の真ん中には見るからに道化師といった奇抜な格好と化粧をした人物が立っていたのだが――


「……マース、何をやってるんだ?」


 奇抜な恰好と化粧をしているがレルンには、その人物がマースだと分かった。


 だが、団長であるマースがどうして道化師なんてやっているのか分からず困惑しながら見ていると、道化師の格好をしたマースは舞台上でスキップをしながら走り回る。


 すると道化師が盛大に転がったと思えば、道化師は空中へと浮かび上がった。


 魔法か……凄いな、マースは魔法を使う事が出来ないはずだから、団員が見えない所から魔法を使っているのか。


 他人を遠隔で浮かせるなんて、凄い高等技術だな。


 そう、レルンが感心しながら浮かび上がった道化師を見つめる。


 道化師は飛び上がった事に驚いていたが、次第に慣れたのか空中を泳ぎ始める。


 道化師が優雅に空を飛んでいると飛ぶ魔法が切れたのか、道化師は天幕の天井の高さから真っ逆さまに落ち、墜落した。


 大の字で横たわっている道化師の姿を見た観客からは心配する者や笑う者、呆れる者など様々な反応を見せる。


 そして、墜落した道化師は体を起こして辺りを見渡すと、歩き出す。


 すると突然舞台が淡く光り輝き、天幕内に蛍火が現れ飛び回る。


 そんな光景に観客が見惚れていると、突然魔獣の遠吠えが聞こえて来た。


 観客が驚き、再び舞台を見ると何処からともなく狼系の魔獣が現れていた。


 そして、その背中には民族衣装の服を着た人物が乗っており、その人物達は道化師を捕まえようと襲いかかり、道化師は逃げて行く。


 そして、その光景をなぜかレルンは懐かしさを感じていた。


「そうか……だから俺達に見て欲しかったのか。夢を叶えただけじゃない。俺達が冒険してきた日々をサーカスに盛り込んだ公演を見て欲しかったんだな」


 そう、この狼系の魔獣に襲われるシーンは、マースがまだクランに居た時に体験した出来事で、レルンにとってもいい意味で思い出深い出来事だった。


「……面白い事をするな」


 涙を堪えながら、レルンはマースの勇姿を見届ける。


 曲芸師の芸や魔法を使った演出や技。


 手懐けた魔獣を使った芸。


 そしてなりより道化師となったマースはその場を引っ掛けまわしたり、邪魔をしたり、時には魔獣に襲われたり。


 そのサーカスは観客を笑わせたり、驚かせ、感激させ、終盤では思わず泣いてしまうような演出があり、観客を楽しませた。


 本当にこの夢の様な幸せな時間がずっと続いて欲しいと思うほどに――



◇  ◆  ◇



「凄かったなロックウェルサーカス団は!!」


「感動したよ……思わず泣いちまう所だった」


「ママ!!また、こようね」


「そうね、また来ようね」


 サーカスの演目が終わり、観客が帰って行く姿をレルンと道化師の衣装を脱いで、化粧を落としたマースの二人は眺めていた。


「それにしてもマース驚いたぞ。まさか団長自ら道化師をやるとはな」


 その言葉にマースは胸を張り、レルンにドヤ顔を見せる。


「何を言ってるんだレルン。俺は最初から最後まで観客を笑わせたいんだよ。だったら道化師になった方が良いじゃないか」


「そっか、お前らしいな。それでマース……お前は多くの人に笑って貰う為に、サーカス団を立ち上げるって言っていたが、これで夢は叶った訳だが……これからどうするんだ?」


 レルンがそう声を掛けるとマースは不思議そうな顔をする。


「何を言っているんだレルン。俺の夢はまだ途中だぜ?なんだって、俺の夢はこの世界中の人々を笑顔にする事なんだからな!!」


 マースのその言葉にレルンはどこか納得する事があったのか、頷くとマースの背中を叩いた。


「なるほどな……お前には世界中を笑顔に、俺の夢は世界中を幸せにする事……目的や方法は違えど、目指す所はやっぱり一緒だな、マース」


「……そうだぜレルン」


 マースがそう言い手をレルンに突き出すと、レルンはその手を握り、握手する。


「レルン頑張れよ。その為のクランなんだろ」


「当たり前だろ、マース。それじゃあ、またな」


 そう言い終わると手を離し、レルンは家へと帰って行く。

 その姿をアースは見送っていると、後ろから団員に呼ばれて天幕の中に戻って行く。



 これから数十年後。


 世界中を魅了し、笑わせ続ける世界的サーカス団、ロックウェルサーカス団の発足初の公演はこうして終わった。

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