チョコレートは噛めなかった

かま

クラスの女の子は大きな紙袋の中に小さくラッピングされたお菓子を詰め込んで、甘い匂いを教室いっぱいに立ち込めさせていた。先生は見て見ぬふりをして、朝礼を早めに終わらせて職員室へ戻っていく。始業前の数分間はお祭りのようで、しまわれたそれらを取り出して各自へ配っていた。私はただそれを見ているだけだった。何人かが机の上へお菓子を置いていったが、適当にお礼を返して、それだけだ。

女の子はチョコレートを百円ショップの型へ流し込み、カチカチに固まったら型から抜き、百円ショップのラッピング袋へ入れる。しゅるんとリボンが結ばれれば、義理チョコが完成する。好きな子も嫌いな子も関係のない、義理を作って配っていくのだった。彼女たちは優しいのかもしれない。

ただ日常にコーティングされている私は隣の席の男の子の顔を眺めてみる。真っ白な肌にそばかすがカカオパウダーのように浮いていた。彼のそばかすは義理でも限定的なものでもなくていつだってその肌に乗っている。女の子は彼の机の上にも何個かの袋を置いていった。ちらちらと視線をそちらに向けていたが、細く第二関節が尖った指は静かに鞄にしまっていった。はじめからそこがチョコレートの居場所だったかのように思えた。私の鞄の中には義理をすべてしまえるほどのスペースは無くて、折れたプリントの隙間に無理をして入れるしかなかった。あぁ、彼は鞄に詰め込んだ私を見て幻滅したのだろうか。義理ばかりで教室が埋め尽くされていても逃してはならぬものはいつだってあるのだから。きっと私が彼ならば、冷めた眼で優しく笑って見せるだろう。それにどこにしまうのと意地悪も言うだろう。女の子から貰ったお菓子と乱暴に入れられたノートとプリントで膨らんだ鞄には興味なんて湧かないはずだから。それでも鞄に小さなスペースを作った。義理でも何でもない本心を入れるために。始業前の数分間で終わらせてしまうにはもったいない代物だ。きっと今日中、そわそわしてしまうだろうけど緊張も私の本心にくっついてきたものなのだから受けてめてあげよう。


放課後までの道のりは思い返せばシャープペンシルの芯を執拗に出したり、何かを落としたりと音の多い時間だった。どうしてこんなに落ち着きがないのだろうと思っているのかと考えてみてもしょうがないこと。終礼を待つ女の子や男の子はまだ今日という日を満喫していて、きらきらした笑顔を見せていた。窓側に座った隣の男の子は窓の外をじっと眺めていて、その席だけは静けさを纏う。私は声を掛けた。男の子はこちらを向いて、表情をひとつも変えないでいた。私は本心を鞄から引っ張り上げようと立ち上がりかけた。が、スカートが椅子に引っ掛かりよろけた。彼は私が倒れて音を大きく立てるまでを見ていた。スカートは翻り、手の中で握られた本心は潰れてしまった。チョコレートの入ったケーキ。指の形の付いたケーキ。適当な動きはいくらだって頭の中でよぎるのにどうしても動けない。大きな音でクラスの目は痛いほどに刺さり、誰かが近づいてくる音がする。前にいる男の子は表情を変えずに、私のスカートを下してから体を起こしてくれた。女の子が椅子を直し、心配をする声を聞いて、ごめんとかありがとうとか頭の中で拾いやすい言葉を吐きだした。女の子が私から離れた後、男の子は私のおしりを払った。その手は乱暴ではなく優しく、スカートを揺らしていった。後から手の感触がじわりと伝わってくる。細い指先が、触れたところが熱い。痛みなどなかったはずなのに。

本心は鞄の中で動いていた。家に帰ってからその包みを紐解き、同じように後悔も解いていった。単純で変で、くだらないイベントが終わった。私の指の跡は強く残っていて、渡さなくてよかったと思う。その反面、心に残るもどかしさが脳裏を支配する。口から吐き出すことももっと奥へ飲み込むことも出来ない。渡せなかったケーキを一口噛む。水分を多く含んだしっとりとした食感の奥からチョコレートの欠片がいくつか口に残る。溶けずに形の残ったチョコレートを溶かしながら飲み込んでいく。溶けた甘い液体は熱を集めて、食道を抜けていく。その熱を感じながら、おしりに感じたあの熱を思い返す。もどかしさにぱん、ぱんと音を鳴らしてはすり抜けて、戻る。私が感じたあの熱はチョコレートと絡み、奥の奥へ落ちていく。白い指先の行方、ただ一人きり、じんじんと続く熱へ潜っていくのを見送った。

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