教えと現実
第32話
先生の後について行き、いつもの部屋に入った。今日は教室の真ん中ではなく、教卓の前に空間を作り、一つの席を用意された。
昨日見せた暗い表情ではなく、先生は夏休みの宿題を忘れた時のような不適な笑みを浮かべていた。教卓に手をつき座っている僕を上から見下ろしている。
「何から話そうか」
そう言って先生は、いつものように煙草を一本取り出し火をつけた。
僕が本当に知りたいことの前に、ずっと気になっていたことを聞いた。
「どうして、僕の前で煙草を吸うんですか?」
夏休み明けのあの日から、この先生は僕の前で煙草を吸う。
「上田は吸ってないのか?」
意味がわからなかった。
「小学生ですよ」
「今じゃなくて将来だよ」
先生は僕の方を見ずにそう言った。
冷や汗が止まらなかった。いつから、いやどうして先生が知っているのだろう。
「体に悪いので、大人になっても吸いたくありません」
確信しているわけではないだろう。誤魔化して応答する。すると先生は僕の方に目を向けて、口角を上げた。
「大川翔太。二軍の選手って言ってたよな、調べてみたら今年の高校野球の特集に載ってたんだよ。一年生エースの大川翔太。なんで二軍の選手って嘘をついたんだ?」
「それは…」
『将来の夢』
それを班で話しているのを聞かれていた。先生は目を瞑って居眠りしていると思ったが、ここに墓穴を掘ったのだ。
「大川翔太君は大学に進むといっている。プロの選手になるのはその先だろ。少なくとも今から七年くらいかかるんじゃないか」
言い訳を考えていた。実際そんな簡単に「未来から来た」ということを信じる人間がいるのだろうか。今の話にも確証はないはずだ。
「確証がないって言いたんだろ?」
そんな考えすら先生にはお見通しだった。
「その通りだ。確証はない。だけど、他にも未来から来た人間を知っていると言ったら」
驚きのあまりその場で立ち上がった。
まさか…
今まで何度か考えていた愚考が頭に浮かぶ。僕は近くでずっと見てきたんだ。そうして何度も僕と同じ人間ではないのかと思っていた。
早熟で大人っぽい彼女。優香の未来を知っていた彼女。先生の意図に気づいていた彼女。
「美来は先生に話したんですか?」
すると、石神は大きな口を開けて笑い始めた。
「え、何で中島なんだ。もしかして中島も未来から来たと思ったの?本当に上田は未来から来たんだな」
また嵌められてしまった。今の僕の発言は未来から来たことを自白したようなものだった。体が熱くなった。馬鹿にされているようで腹が立ったが、今はどうでもいい。
「確かに中島は大人びてるし、今の上田に似てるかもな。昨年の上田とは別人だと思ってたから、なんだかしっくりくるよ」
今日の先生はよく喋る。僕は知りたいことがたくさんあったが、まさか僕が未来から来たことを当てられるなんて思ってもみなかった。
「なあ、上田は今いくつになったんだ?」
先生は僕が聞く前に自分の質問をしてくる。今日はずっと先生のペースだ。
「二十六です」
先生はさっきよりも大きな口を開けて笑っている。こんな先生を僕は見たことがなかった。
「じゃ、教師になれたんだな」
僕の夢も知られていた。将来の夢を考える授業の時に聞かれていたんだろう。
「さあ…」
反発したかった。今のクラスの現状を作り出したのは、先生の恐怖による統治を崩した僕にある。こうなる可能性は少なからずあった。だが、教師の僕が「クラスを崩壊させた」とは言えなかったし、言いたくなかった。
「親指」
石神は親指を立ててグッドサインのような形にした。
「教師は小指で教頭を表し、親指で校長を表す。業界に関わってないとわからないはずだが」
何もかもがムカつく先生だ。全てお見通しだった。だからこそ今のクラスの現状を先生に聞きに来たのだけど。
「それでどうしたら僕は矢印を止められますか」
僕は話を逸らすため、颯爽と本題に入った。それには先生も親身な顔付きにになって話してくれた。
「前にも言ったが、矢印は消せない」
「それは痛いほど理解しています。だから止めたいんです。」
僕は真剣な顔で石神の方へ向く。
「上田。その前に少し授業をしてもいいか」
「はい?」
こうして、石神櫂の過去についての講義が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます