第6話

「おい、体育館移動だって!早くいこう」


 十分ほど経って、隣のクラスから五年生の移動が終わったことを伝えられる。すると全員が立ち上がり、素早く後方に一列に並んだ。その光景はまるで、訓練された軍隊のようだった。


 並び終えると体育館へ向かう。一組の後に続いて二組が並び、出席番号が三番の僕は、二組の先頭に位置していた。

 二組でのその光景は、一組の列の後ろの方でも起こっていた。声も出さず、列も乱さない。生徒の中には、歩きながら手を合わせて拝んでいる子もいた。

 体育館に入ると、既に一年生から五年生までが並んでいた。集会の時、この学校では下級生から順番に移動する。


 体育館に入った後も一言も話さずに、すぐに並び列を整えた。六年生の僕らが並び終えると同時に集会が始まった。

 新学期の全校朝会は、どこの学校も似たようなものだった。一昨日まで教師だった僕が、列に並んでいるのが不思議に思えてくる。


 校歌を歌い、校長先生の話が始まる。何歳になっても、相変わらず校長先生の話とは退屈な時間だった。春休みの話や、行事の予定を話し終えると、校長先生は壇上から降りる。

 その後は、PTA会長の話に移り、司会進行役の教頭先生が、生徒たちに着席を促す。他学年の生徒は少し騒ついていたが、六年生は誰一人として声を出してはいない。

 教頭先生の注意がアナウンスされ、PTA会長が話し始める。PTA会長は、校長先生の話の半分ほどの時間で終え、壇上から後退した。


 いよいよ、担任の先生の発表に移った。ここでは学校全体がざわつき始めたが、教頭先生は注意をしなかった。

 一年生から順番に発表される。名前を呼ばれた先生は、そのクラスの列の前に立ち、一言挨拶をしてから次に移る。一年生は、当たりの先生かハズレの先生かわからないので、そんなに盛り上がることもなく、形式的な拍手だけが起こっていた。


 二年生からは、一層騒がしくなった。評判の良い先生は、拍手喝采で喜ばれる。とはいえ、あまり人気のない教師が担任になった場合でも、生徒たちは空気を読んで盛り立てていた。

 今年の僕は一年生の担任だったので、この子供達からの評価を受けずに済み、そっと胸を撫で下ろしたことをよく覚えている。

 教頭先生は、生徒たちが落ち着くのを待ち、良いタイミングで次々にアナウンスしていく。


 そうして、最終学年である六年生の担任発表に移った。

「続いて、六年生の担任を発表します。」

 六年生全員が息を呑むのがわかった。

「六年一組。宮本佳苗先生」

 その瞬間右側に並んでいる隣のクラスが、大きな歓声をあげた。

「よっしゃー!」

 中には泣いている女の子もいた。反対に、二組の生徒たちは全員が項垂れていた。

 宮本先生は一組の前に立ち、「よろしくお願いします」と微笑んでいる。

 その後は中々静まるまでに時間がかかった。一組の前の列の子たちは、先生に座りながらハイタッチをしている。


 ようやく一組が静かになった時に、僕らの担任が発表された。

「えー、続いて六年二組。石神櫂先生」

 その瞬間体育館全体が、一斉に静まり返った。六年生はもちろん、下の学年の子達も黙っている。一年生は何が起きたかわからないのか、不思議そうにしている。

 そんな静寂に包まれた体育館に、足音だけが響いている。その足音は徐々に近くなり、目の前で止まった。

「どうぞよろしく。」

 顔をあげ、その姿を久しぶりに目で捉えた。そこには、長身の不健康そうな男が立っていた。目の下には隈があり、マスク越しでもやつれた顔をしているのがわかる。


 過去に来たことが夢であることを望んだのは、優香がいじめられるのをもう二度と見たくないからではない。優香を守るために過去に戻れたのであれば、全力で阻止したいと思っていた。

 では、どうして拒んだのか。夢であることを望んだのか。

 それはこの「石神櫂いしがみかい」という一人の教師の存在に他ならなかった。

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