相方探し

@Wasshoi07

第1話

それは突然の芽生えだった。


きっかけはきっかけにすぎなかった。だが気づいたときには、私は既にそれに目覚めていた。



           ◇ 


大学2年の春。

1カ月のアメリカ短期留学から私は帰国した。帰国あるあるといえばいろいろある。


その1、アメリカンテンションで陽気になる


その2、英語を話せるような気持ちになる


その3、アメリカの文化を語りだす


その4、日本語を忘れたような感覚を抱く



そのどれもをそっちのけで、私は帰国後ペンと紙を取った。


留学中、私はホームステイ先のシスターに心を奪われた。金髪のベリーショートに茶色の瞳、すっと通った鼻にキリッとした眉。理想のヒューマンがそこにはいた。

最初はボーイだと思っていたのだが、すぐにガールなのだとわかった。

性別を間違えるほど中性的な少女だったが、それでも私は彼女に一目惚れしたのだ。


そして思った。


彼女を本当の妹にしたい、と。


彼女を心から笑わせたい、と。


その瞬間に、私は「笑い」というものに目覚めていたのだろう。


だが、留学中、シスターを喜ばせること、シスターを笑わせること、シスターに尊敬されること、ついでに語学勉強に忙しかった私は、紙とペンを取る暇はなかった。


そういうわけで、帰国後、はじめてペンと紙を持てたわけだ。


さっそく私は英語でギャグ漫画を書いて、シスターに送ったのだ。


2分後。今でも鮮明に覚えている。そう2分後、シスターから返信がきた。


" OMG! You're comic made my day, I smiled for so long. Thank you so much for showing me! "


私は何度も何度もそれを読み返した。

I smiled for so long.I smiled for so long.I smiled for so long.I smiled for so long!!

"私は……私は、長時間笑った…"


シスター笑った?


シスターワラッタ!?


私は歓喜した。それはそれは歓喜した。

そこで私は完全に笑いに目覚めたのだ。


それからシスターとのやり取りは続き、大学3年の秋、私は唐突に思った。


よし、お笑い芸人になろう!そのために相方を探そう!


こうして計画性さっぱりの無謀な野望が浮上した。


          ◇


私は大学でさっそく相方探しを始めた。候補は3名。


一人、下田紗那。

同じ大学3年の同じゼミ所属の女子だ。性格は真面目で頭がいい。毎年成績優秀者として表彰されるほど賢い女の子だ。


二人、花澤眞奈。

可愛らしい女の子で、どちらかというとお笑い芸人というよりアイドルの方が似合う。名前から可愛いし、容姿も文句無しに可愛い。そんな彼女をお笑い芸人になんて引き込んだら、きっと彼女のファンに…………いや想像したくない。

それでも、私はどうしても彼女へのポテンシャルを諦めきれずにいるのだ。


三人、谷山豪。

いつも賑やかなメンバーに囲まれており、グループのリーダ的な存在だ。頭の回転が早く、なんと彼の母親はあのお笑いの国、大阪出身なのだ。

彼を相方にできればー。

ちなみに、彼は同じゼミに所属しているが個人的な関わりはまだそれほどない。


そして、そんな彼らの素晴らしき相方(予定)がこの私、寺川霞だ。つい最近急に笑いに目覚めた女子大生だ。


さっそく私はアクションを開始することにした。


だが、前提としていっておかなければならないことがある。私はコミュ能力最強の人間ではない。

「私の相方募集中♥️」なんて公的に募集をかけられるほどの度胸と積極性に恵まれた人間ではないのだ。


したがって、地道に、さりげなく、そぅ~と周りをその気にさせるしかないのだ。さっそく私は候補の一人にそれとなく話を持ち出すことにした。


最初のターゲットは、花澤眞奈。私の親友だ。コロナによって遠隔授業になる中、所属ゼミの違う眞奈とは今や某緑記しのアプリを使ってしかやり取りは行っていない。ベッドに横になってスマホを取り出した私は、個人の方かグループの方か迷い、結局グループの方に決めた。


警戒されたら困るからな。


グループのメンバーは私、眞奈、そして残念ながら映えある私の相方候補に選ばれなかったかわいそうな少女、黒峰桃恵だ。彼女はお笑いに興味が持てないというから、相方の話を持ちかける前に泣く泣く諦めた相手だ。


ももよ。きみには相方は期待していない。

だが、せめて眞奈の気持ちをそれっぽい感じに引っ張ってくれ。ちょっとでいいから。


そんな気持ちを込めて、ミッションを開始した。


私: おすすめの漫画だよ!お笑い芸人をテーマにしたやつ!


続いてお笑い芸人の漫画をググって、添付した。漫画のおすすめはよくあることだ。

うん、ごく自然な流れを作ることに成功した。

すぐに既読がついて、3人のやり取りが開始した。

滑り出しは好調だ!


桃: えー!霞が漫画おすすめとか珍しい!


「やめろ!もも!自然な流れが自然じゃなくなったよ。どころか、流れが止まりそうだよ!これじゃあ、桃がおばあさんのところまで届かないよ?桃太郎はじまらないよ?それどころかしょっちゅう川に浮かんでそうなポイ捨てされたビンを拾っちゃうって!ビン太郎になるって!!………私は何を一人で言ってんだ?」


一人でスマホにツッコんだ私は、再び真顔になり、メッセージを打ち込む。


私: いや、おもしろいんだよ!見てみて~?


眞: ありがとう(*´▽`*)


私: いやぁ、見てるとさ芸人に憧れちゃうなぁ。


桃: 触発されてるw


私: 仮に、仮にぃ、私らがコンビつくるならコンビ名「ワッショイ」だねー!!


桃: なぜにそれ。


真: !Σ(・ω・ノ)ノ


桃: 二人でやってくれww私は見守る( ´ー`)ノ



「まぁ、ももはね、諦めてるさ。だが、まな!きみは、きみは、どうかいい反応をくれ!!」


とたんに、返信の途絶えた眞奈に不安になる。

あからさまだ。これは非常にあからさまだ。彼女はどう返信したらいいのかわならないのだ。申し訳なさと哀れみの気持ちで私は助け船を出した。


私: ていったらどうするぅ~


桃: wwwww


眞: びっくりした~(○_○)!!対処法ググってた!


桃: 対処法wwwww


私も桃恵と同じようにwを連打する。


私: wwwwwww


「あはははははははははははwww………………空しいな。」


一人部屋で笑った後は真顔でリビングに降りていった。


「母ちゃん、夕飯なん?作ろか?」


「今日のご飯は唐揚げとぜんざいたい。作る前に言ってくれんね!」


「唐揚げにぜんざいか…ぜんざい。……まんざい……あはははははははwwww」


「こっわ!あんた頭大丈夫??」


母親が、HEYシリ近くの精神科は?と言うほど、私はショックを受けていた。やはり、漫才の相方となると、簡単に話は行かないものだ。そもそも棘の道に他人を巻き込む資格は私にはない。やはり、馬鹿げた考えだったのかもしれない。私は完全に意思消沈していた。


そう、これは私こと、寺川霞が望みのない夢を諦める物語。そうなんだろう?


           ◇


次の日、私はいつものように大学に向かった。

教授に本を借りる用があった私は、授業前に研究室に足を運んでいた。

研究室について扉をノックする前、中から話し声が聞こえてきた。どうやら、一人は国重先生のようだ。今回用があった先生で大人しめの落ち着いた先生だ。もう一人は虹村先生。インテリの先生だ。またもう一人はレイチャード先生。だじゃれが好きな先生だ。


「国重先生、例の学生サポートの候補は選んでくれましたか?」


「あ…いやまだ…決めかねていまして。」


「おや…まだ決めていない?理由を聞いても?あ、別にプレッシャーをかけるわけじゃないんですよ。」


いや、かけてるかけてる!理由聞いた時点で重圧すごいって!


中から聞こえる話に内心ツッコんだとき、レイチャード先生の声が聞こえてきた。


「金がないから!」


「「は?」」


「Moneyがないから、決め金てまーす!」


「レイチャード先生…またいつもの…」


「今真面目な話をしているんですがねぇ。」


中からそんな会話が聞こえてきた。大学の教授たちの話を立ち聞きするのもよくない。本は諦めて、私は踵を返した。


そして私は思った。


あの先生ら面白いな、と。


私は新たに候補を追加する。


一人目

氏名: 下田紗那

性格: 真面目

職業: 学生


二人目

氏名: 花澤眞奈 棄権


三人目

氏名: 谷山豪

性格: リーダ気質

職業: 学生


【追加】


四人目

氏名: 国重春信

性格: 眼鏡がトレンドマークの落ち着いた人物。人柄はよく、誰もが「優しい」と評するほど人間のよくできた男。真面目な人物だが、真面目と笑いのギャップを見たい。

職業: 大学教授


五人目

氏名: 虹村英

性格: 根拠と引用に厳しい。きつめのものいいに学生は最初は彼を恐れるが、まれにコアなファンも発生する。インテリが漫才するとこ見てみたい。

職業: 大学教授


六人目

氏名: デーヴィット・レイチャード

性格: イギリス出身。だじゃれ好き。

職業: 大学教授



教授だろうが大統領だろうが理事長だろうが知ったことではない。

私が面白いやつだと認識したら、それはもう立派な相方候補なのだ。


こうして、「個性」に出会った少女は、無事に無謀な夢を諦めきれなくなったのだった。

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