第7話 三編 2

 一身独立して、一国独立すること


 先に言ったように国と国とは同等であるが、国内の人民に独立の気力気概のない時は、一国の独立を主張することはできない。その理由は三つある。

 一つ。独立の気力のない人は国のことを心から考えない。

 独立とは、自分で自分の身を支配制御して他によりすがる心がないことを言う。自ら物事の正否を分別して処置を誤ることのない者は、他人の知恵に依存しきってないから独立である。自ら心身を労して自分の生計を立てる者は、他人の財に依存してないから独立である。人々、この独立の心なく、ただ他人の力にのみ頼ろうとすれば、全国の人はみんな他力を求める人のみになり、これを引き受ける者(頼られて世話をする者)はいなくなる。これを例えて言えば、盲人の行列に先導する人がいないのと同じだ。とても便利が悪い。ある人は言う。「民は参加させてもいいが、理解させてはならない。世の中は目くら千人、目あき千人なれば、智者は上に立って庶民を支配し上の意に従わさせて可である」と。この議論は孔子様の考え方なのだが、内容は大いに間違っている。一国中に人を支配するほどの才徳を備えた者は一〇〇〇人のうちに一人に過ぎないのだ。

 仮に、ここに人口一〇〇万人の国があるとする。このうち一〇〇〇人は智者で、あとの九九万余は無知の小民であるとする。智者の才徳をもってこの小民を支配し、時にはわが子のように愛し、時には羊のように養い、時には脅し、時には撫で、恩威ともに行われて、その目標などを明確に示せば、小民も知らず知らずのうちに上の命に従い、盗賊殺人などの犯罪もなくなり、国内は安穏に治まる。しかし、この国の民が主と客の二つに分かれ、主人である一〇〇〇人の知者が好きかって国を支配し、その他の人々はまったく何も知らない客分となる。客分であれば、心配をすることはほとんどなく、ただ、主人の決定にのみ従って、自分で思考し、行動することがないから、心から国のことを考えることはない。実に水くさい関係である。国内のことならまだしも、外国との戦争などになればその不便を思い知ることになる。無知無力の小民らが、矛をこちらに向けることはないだろうが、我々は客分だから命を棄てるのは過分だ、と逃げる者が多くなるだろう。そうなれば、この国の人口は一〇〇万といっても、国防の一段に至っては、その人数はとても少なく、とても一国の独立を主張し、それを保つことはできないだろう。

 こんな理由で、外国に対してわが国を守ろうと思えば、自由独立の気風を全国に充満させ、国中の人々、貴賤上下の区別なく、その国を自分の身のことのように引き受け、知者も愚者も目くらも目あきも、おのおのその国人の責務を尽くさなければならない。イギリス人はイギリスをわが本国と思い、日本人は日本をわが本国と思う。そして、その本国の土地は他人のものではなく、我々の土地なのだから、本国を思うこと、わが家を思うようなものだ。国のためには財産を失うだけでなく、命をもなげうっても惜しいとは思わない。これが報国の大義である。

 政治をするのが政府で、その支配を受けるのは人民であるが、これはただ便利のために双方の仕事を分けているだけである。一国全体の名誉に関わることになれば、人民の職分として政府のみに国の大事を任せ、傍らでこれを傍観するというのは道理に反する。日本国の誰、イギリス国の誰、と姓名の肩書きに国名があれば、その国に居住し、起居寝食、自由自在の権利がある。そしてその権利を持つならば、それには職分と責務がある。

 昔、戦国時代、駿河の今川義元が数万の兵を率いて織田信長を攻めた時、信長は策により桶狭間で奇襲を行い、今川の本陣に迫り、義元の首をとった。その後、今川の軍勢は蜘蛛の子を散らすように戦いもせず逃走し、当時、高名であった駿河今川政府は一朝に滅び、その跡はなくなった。目を転じて、最近の時事で話そう。三年前の普仏戦争(プロイセンとフランスの戦争。一八七〇)。両国は軍を激突させ、ついにプロイセンはセダンでフランス皇帝ナポレオン三世を生け捕った。しかし、フランス人はこれによって望みを失わず、ますます憤激して防ぎ戦い、骨をさらし血を流し、数ヶ月間籠城した後に和睦した。しかし、フランスは依然としてフランスのままである。この二つの戦いの結果の違いは、先ほど言った独立の気力気概があるかないかである。駿河の人民はただ義元にのみ頼り切り、自分は客分のつもりで駿河の国を自分の国と思ってなかった。一方のフランスでは、人民の多くがフランスを本国と認識し、報国の士民も多く、国難を銘々の身に引き受け、他人に言われるまでもなく自ら進んで本国のために戦う者がいたから国を失わずにすんだ。これより考えれば、外国から自国を守るにあたり、その国民の独立の気力がある者は国を心から思い、独立の気力のない者はその逆であることを想像して知っておくべきである。このフランスのように首領の人物がやられても、民が独立の気概を持っていれば国を失わずにすむのである。

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