第6話 それは何?
私は騎士としてのジョシュア様しか知らない。
だから、騎士を辞めたらどうなるのか、想像もつかない。
ジョシュア様のご実家は子沢山の貧乏貴族と言われる類だから、今さらご実家に戻るのも大変らしい。
かと言って、どこかの荘園に雇われて農場経営に励む姿も想像できない。
私が想像できる将来のジョシュア様は、我が家に滞在している時のように、明るい窓辺でレース編みをしている姿だけだ。
十年後、二十年後のお姿も、全く想像できない。
というか、絶対にしたくない。
お父様のように、お腹周りが丸くなったり、叔父様のように髪が薄くなったり、そこまでいかなくても、あの長くてきれいなプラチナブロンドを短く刈ったりするんだろうか。
そんなことはいやだ。絶対に考えたくない。
ジョシュア様には、いつまでも若くてきれいでお洒落でいてほしい!
ついつい、余計な想像を巡らせてしまって、私は慌てて頭を振った。
その時、ジョシュア様は糸巻きを置いて机の端にあったきれいな封筒を私の方に差し出した。
「リィナちゃん。これを見て欲しいんだけれど」
ジョシュア様が差し出した開封済の封筒は、お母様に宛てたものだった。
きれいな装飾が施されている。
でも、お母様の部屋でよく見るようなこの封筒が、何を意味をしているのかはさっぱりわからなかった。
「それは何?」
「君のお母さんにもらったんだよ。レースを使った新作ドレス見本の内覧会らしい。リィナちゃんもドレスには興味あるよね?」
「ドレス?」
「そうだよ。商人のお嬢さん方は、お祭りの時にはきれいなドレスを着るんだろう?」
「ええ、庶民が堂々と贅沢なドレスを着ることが許される貴重な機会だから、毎年とても華やかなものを着るわ」
美しいドレスを着ることができるのは、きっと楽しい。
でも商人としては、ドレスと一緒に様々な美しいもの、贅沢なものが売ることができる機会である方が重要で、お父様もその日のためにいろいろな物を仕入れている。
そんなことを考えていたら、ジョシュア様は楽しそうに笑った。
「リィナちゃんも、きれいなドレスを着るんだろうね」
「え? ええ、そうね。十五歳になったらそうすると思うけど……」
でも、それがジョシュア様に何の関係があるのだろう。
お母様がよく使う高級服店からの招待状を見ながら、私は首を傾げた。
「ジョシュア様。何が言いたいのか、そろそろ教えて」
「うん。リィナちゃん、僕と一緒にこれを見に行かないか?」
「……えっ?」
私は顔を上げた。
にこにこと笑っているジョシュア様は、いつもと同じように華やかで端正で、とても楽しそうに目を輝かせていた。
私とドレスを見に行くことを、本当に楽しみにしているように見えてしまう。
……急に胸がドキドキしてきた。
でもそれを隠して、私はそっぽを向いた。
「私のドレスを選んでくれるつもり? 次の日から、ジョシュア様は子供好みの変態的趣味のお方として有名になるかもしれないわよ?」
必要以上に素っ気なく言ってしまったけれど、ジョシュア様は不思議そうな顔をしただけだった。
「え? どうして? 僕は君の付き添いだよ?」
「私は行きたいなんて、一言も言ってないわよ。行きたがっているのはジョシュア様の方で……あ」
照れ隠しで不満そうに言いかけて、私はようやく気が付いた。
ジョシュア様は不思議そうにしているけれど、私のように余計なことを考えている様子はない。
そうだった。ジョシュア様は庶民ではない。伝統を有した立派な貴族の家系だ。
「もしかして、お貴族様にはそう言う習慣ってないの?」
「習慣?」
「恋人に、どんなレースが好きかと聞いたり、特別なドレスを選んだりするのは、プロポーズってこと」
「……プロポーズ……?!」
ジョシュア様はびっくりしたように目を大きく見開いた。
その顔を見て、ジョシュア様は全く知らなかったのだと確信した。
だから、気軽に私にどんなドレスが好きかなんて聞いたのだろうし、私をドレスの内覧会へと誘ったのだ。
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