第5話 5年後


 五年が過ぎ、私は十四歳になった。

 おませな子供だった私は、やっと年齢的にもほとんど大人になった。


 でも、レース編みの技術はゆっくりとしか上達しなかった。

 これは、私が不器用だからという理由だけではない。

 私の住む商都ローヴィルのあたりは刺繍の方が身近で、レースは遠くから取り寄せる高級品。助言を求めたいと思っても、レース編みの先生をしてくれる人はいない。

 唯一の先生であるジョシュア様は、騎士として忙しく厳しいお勤めに追われているから、時々休暇に合わせてきてくれるだけ。

 その間にどれだけ熱心に習っても、技術の向上はたかが知れている。

 切羽詰まった私は、お父様におねだりをしてレース編みの先生を呼び寄せてもらった。


 来てくれた先生は、ジョシュア様の遠縁にあたる女の人だった。

 フライム先生は三十歳くらいの未亡人で、ジョシュア様と同じプラチナブロンドのきれいな人で、笑うとふわりと色っぽくなる大人の女性だ。

 優しいフライム先生に丁寧に根気強く教えてもらったおかげで、本の栞にしかならないものから、実用できるリボンにまで成長することができた。


 でも、すっかり上達したと密かに自惚れかけていたのに、休暇でやってきたジョシュア様は相変わらず魔法のように素晴らしいレース編みの達人で、私なんかとは次元が違った。

 普通のものより大きく作られている特別製の糸巻きを無数に使い、大きな手ですいすいと動かしていく。

 細い針を刺す手つきは正確で、一緒にレース編みをしている私が横で悲鳴をあげたり愚痴を言ったりしていても、手元の動きを乱さない。

 レース編みと苦闘する私を見て笑いながら、作業はどんどん進んでいく。

 指先にも目がついているのかと本気で疑いたくなった。


「……きっとジョシュア様は特別な人なんだわ」

「そう言ってもらえて光栄だけど、残念ながら特別な人間ではないな。郷里のレース編みをするご婦人方は皆こんなものだよ」

「じゃあ、ジョシュア様も本当は女性なのね!」

「それは面白い新説だな。それでいくと、リィナちゃんは男の子だね」


 言い返せなくなって私が黙り込むと、ジョシュア様にまた笑われてしまった。

 いつもこうだ。

 ジョシュア様は私が何を言っても、面白がる。

 昔は笑顔が見られると嬉しかったけれど、最近はそれが悔しいし腹立たしい。何か言い返したくて、私は少しむくれた。


「でもやっぱりおかしいわよ。どうしてジョシュア様はそんなにお上手なの?」

「どうしてって……練習したからだろうね」

「……そんなに練習したの?」

「うん、まあね。僕には一歳上の姉がいるんだけどね。とにかくとても不器用なんだよ。うちは貴族とは名ばかりに近くなった貧乏貴族だから、女たちのレース編みは貴重な産業になっているんだけど……」

「そうでしょうね。北方のレースって、どこの産地のものもとても高価ですもの」

「ありがたいことにね。だから女たちは子供の頃から編み方を仕込まれるんだけど、その姉は、リィナちゃんと比較にならないくらい不器用な上に、気が短くてね。監督ならできると言い始めて、姉の代わりに僕がレースを作らされた結果がこれだよ」


 カタカタと糸巻きを動かしながら、ジョシュア様は苦笑している。

 いつ見ても鮮やかな手つきだ。

 私には兄弟はいないけれど、押し付けられたからといって、こんなに上手になるものなのだろうか。

 首を傾げ、でもそれより気になっていることを聞いてみた。


「……それで、今は誰のためのレースを作っているの?」

「妹だよ」

「この間結婚したっていう妹様?」

「いや、その子じゃなくて、その下の、もうすぐ婚約する妹だ。結婚式までにはもっと大きなウェディングドレス用のものを作ってあげたいんだけど、最近は忙しいから難しいかもしれないな」


 ため息をつくジョシュア様は、確かに私の家に来た時はとても疲れているようだった。

 今は顔色が良くなっているけれど、騎士としてのお仕事は激務に次ぐ激務らしい。


 ジョシュア様は、王国軍の騎士の中でも、特に花形と言われる街道警備がお仕事と聞いてる。

 でも花形と言われるのは、もっとも人目に付きやすい華やかな騎士で、全員が身だしなみに気を使う若い騎士ばかりだからだ。

 でもそれは、若い人でなければ体力的に厳しいため、という理由があるらしい。

 ジョシュア様は今はまだ二十四歳だ。でも、もっと歳をとったら絶対に無理だろうな、と笑いながらこぼしていたのを聞いたことがある。

 お父様も、ジョシュア様はそのうち騎士をお辞めになるかもしれないと、独り言のようにつぶやいていた。

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