国が奨励している若者介護のバイトで、憧れの幼馴染の介護をする事になってしまいました…

消毒マンドリル

国が奨励している若者介護のバイトで、憧れの幼馴染の介護をする事になってしまいました…

 職員ID 0581 大高 忍(オオタカ シノブ)①

 目の前の光景は、いつ見ても現実だという実感が沸かない。


 「んっふ、んっふ、がつがつがつがつ」


 容姿端麗、文武両道、センス良し、器量よし、包容力よし、宝塚の男役で出そうな程クールでカッコ良かった僕の幼馴染…「有津昌(ありつ あきら)」現在24歳の若者が、10歳の時に飛び級で入った大学で身につけたマナーもへったくれも無く素手でサバの塩焼きにかぶりついている。


 「何ポカンとしてんのさ!行って!ほら!油拭いて!教えたでしょ!」

 「す、すみません!」


 先輩のオバハンにどやされ、僕はみっともなくバタ足で彼女の元へと急ぐ。


 「あんあむあむあむ、あむあむあ…」

 「あっ、あの…有津さん、ご飯こぼれてますからフキフキしますね~!」

 「ふきふき?ふきふき!」

 「大丈夫ですよ!僕がやります!僕がやりますから!ねっ!」


 わずか20歳で年収4000万円を稼いでいた超エリートが老人ホームにいる老人のようにボケ果てて朝食を食べ散らかしているというのはいくらなんでも惨めすぎる。

 晶だけではない。

 周囲の人々もそうだ。

 見た目こそ20代から30代近くの若々しい姿だが、自我は80代から90代のボケてしまった老人と大して変わらない。

 言っては悪いが自分が生きているのか死んでいるのかも分からない程ボケがひどい者もいる。

 つまりは、「精神だけ」ボケた老人なのである。

 なぜ、そんな事になってしまっているのか。

 答えは2048年に日本政府が行った政策の影響だ。

 この頃の日本は先進国の中でも少子化が猛スピードで進んだ結果、社会の歯車として使える成人が激減し国力が大幅に落ちた。

 その打開策として日本政府はなんと「5歳以上16歳以下の青少年の身体能力、思考力、精神年齢の成長速度と成長限界を薬によって引き上げ、さらに「大人」の即戦力として世に送り出す」という政策を実行する暴挙に出た。

 あまりに非人道的な上、その薬が黒い噂の絶えぬ某国から輸入されたものであることに対して国民達からは激しいバッシングの声が上がった。

 だがしかし、薬を摂取した彼らが勉学や家事もテキパキこなし、社会に出た際には必ず就職してまとまった給料を家に入れてくれるようになったという開発元の某国の事例を知るや否や次々と自分の子供を我先にと薬の摂取へ行かせた。

 この時に薬を摂取しに行った青少年の家庭はギリギリの日々を生きるしかない貧困層やずさんな政策で家計が苦しくなった庶民層が多く、彼らからすればやむを得なかったのかもしれない。

 薬によって完璧超人となった青少年達…その名を「スーパーチルドレン」は政府の思惑通り社会で大活躍し始めた。

 生意気を言わずに素直に命令を聞き、仕事をたったの1〜2日で覚え、いい意味で理想以上の仕事をこなしてくれる頼もしさで元からいた「大人」達は大層喜んだ。

 そのスーパーチルドレン達の働きにより破産寸前だった日本経済は見事なV字回復を果たし、およそ100年ぶりの高度経済成長を実現した。

 さらに嬉しいオマケとして体の成熟が早められた事により12歳から安全に子供を産めるようになった事と経済にかなり余裕ができたおかげで出生率も比べ物にならない程伸びた。

 かのバブル時代の栄光を日本は取り戻しこのままアメリカや中国を超える超大国にトントン拍子でなっていく。

 誰もがそう思っていた中、思わぬ事態が発生した。

 それは2060年の事で、北海道の商社で打ち合わせをしていた23歳のスーパーチルドレンの営業マンが突然倒れ、病院に搬送された。

 幸い彼は意識を回復したのだが、問題はその後。

 彼は認知症を発症していたのだ。

 やむを得ず業務内容を易しい事務作業へ変更したものの、彼の認知症の進行速度は一般的な症状よりもとても早くたった2年後で働ける状態ではなくなった。

 それから同じようにスーパーチルドレンの若者が突然意識を失った末に認知症を発症しわずか数年で重症化する事例が多発。

 国内外から日本へスーパーチルドレンの養成を止めるよう非難が殺到したが、スーパーチルドレンのマンパワーで莫大な富と強固な国際的地位を獲得していた日本はそれらの声を握り潰して薬の投与を続けた。

 だがそのさらに4年後の2064年、世界各国で重要なインフラを担っていたスーパーチルドレンが一斉に昏睡した事により事故が多発。

 そして、国家来賓を440人も乗せていた超大型ジェット機の操縦手のスーパーチルドレンの昏睡が原因で起きた空中分解事故が決定打となり国家間での日本の地位は完全に失墜した。

 これを受けた日本政府は大慌てでスーパーチルドレンの養成を中止したがもう手遅れ。

 国中に溢れかえる認知症が重篤化しした「元」スーパーチルドレン、早くして認知症を発症してしまう未来に絶望した事による残りのスーパーチルドレンの大量自殺、主戦力がいなくなって空洞化した企業の軒並み倒産、数こそいるが薬の影響を受けておらず凡人並の体力と知力しかない上長い養育期間を必要とする「普通の」子供達の育成…これらが皆かつての「大人達」こと本物の老人に重くのしかかる。

 時代に苦しめられていたとはいえ、豊かさを望んでスーパーチルドレンに縋った彼らに対するツケはあまりに重かった。

 老人ホームは高級住宅を除いて大半が「元」スーパーチルドレンの収容所として使われ、年金は「元」スーパーチルドレンに優先して払われるようになり肝心の老後年金は30年前の1/10。これでは憲法にある文化的な最低限度の生活などできるわけがない。

 生活ができなくなった老人(本物)の中には「元」スーパーチルドレン及び民間人への追い剥ぎやリンチ、挙句の果てには詐欺まで行う暴力団を結成し始める者も現れた。おやじ狩りや老人詐欺が問題となった2000年代初頭とは正反対である。

 こうして、日本はやっと手に入れた栄華を一瞬で失うだけにはとどまらず国家水準も暗黒時代とされた30年前より悪化させた。

 そんな日本ではサラリーマンやコンビニの店員といった昔は「普通」で「イケてない」とされていた職業すらエリート扱い。

 では、逆にこの時代の「普通」で「イケてない」とされる職業は何か。


 「はぁ〜、ねぇわ!なんでこのアタシが「スーパーヘルパー」なんてやんなきゃいけないんだが…あーやだやだ…田中さん!お茶碗下げますよ!ね!聞いてます!?」


 僕を怒鳴りつけたオバハンが毒づいた「スーパーヘルパー」である。

 認知症の悪化による引き取り、あるいは自らの志願等で老人…ならぬ若者ホームへと入所したスーパーチルドレンの介護をする職業だ。

 次から次へと要介護スーパーチルドレンが施設へ運び込まれる緊急事態という事もあって特別な資格は何も要らず、「電話をかけるだけで採用される」と言われる程採用のハードルは低い。

 しかし、高齢者の理不尽さに加え若者の有り余るパワーを持つ彼らの世話を請け負う為、業務内容は言うまでも無く過酷。

 SNSで現役のスーパーヘルパーが「猛獣の飼育係」と茶化した投稿が共感を呼んで広く拡散されてニュースになったのは記憶に新しい。


 「有津さん、ご飯食べたあとはお部屋に戻りますよ。」

 「…うん、わぁった。」


 こうやって晶に約束を伝えるのは今日で4度目だ。

 認知症で倒れるまでは3年前の取引内容すら鮮明に覚えている彼女だったが、今では1時間前のことすら思い出す事もままならない。


 「………………。」


 枝豆ご飯をスプーンですくって飲み込む晶から僕は目が離せなせずにいた。

 どうしても、「あの頃」の彼女と今の彼女を同じ人間だと思えない。


 「たべおわりましたぁ」

 「ありがとうございます。それではお部屋に戻りましょうか。」

 「うんっ」


 晶の手をしっかり握り、それなりに長い廊下を一緒に歩いて中庭へ向かう。

 ボケが進んだスーパーチルドレンは肉体こそ強靭だが、脳が劣化したせいで神経伝達が上手くいかない事が多く体幹のバランスを崩して大ケガを負う事もある。

 その為、移動の際には僕の様な施設職員の付き添いが必要だ。


 「大丈夫ですか?」

 「うんうん、だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 ゆったりと、一歩ずつ歩いて目的地へと進んでいく。

 今日の晶の運動神経の調子は良いようだ。


 「つきましたよ。お疲れ様です。」


 10分ほどかけて到着したのは澄んだ空色の壁紙が貼られ、白い机に埃に薄く覆われた小さな卓上カレンダーと薄型テレビがボードの上に置かれているシンプルな部屋。

 晶が普段の時間を過ごす自室だ。


 「夕食の時間になったらまたお呼びしますね。」

 「はい、ありがとうございましたぁ~」


 ベッドの上に座らせた晶は目を細めて笑い、フラフラ手を振る。

 部屋から完全に出るまで、僕も笑顔を崩さずにその場を後にした。

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