第32話 ありがとう


 ☆☆☆



 朝だ。そういえば今日から冬休み。寮生活の学生は皆実家に帰ったり旅行に行ったりする時期だ。

 私も、久しぶりに実家に帰ってみようと思った。家族に報告したいこともあるし。


「タマちゃん早起きだねぇ。あっ、今日から帰るんだっけ?」

「ううん、まだしばらくはここにいるけど、週末には実家かな」

「あー、デートかぁ。毎日おアツいねぇ」


 鏡台の前で髪を梳かしながら、ルームメイトの伊澄が声をかけてくる。


「もう、茶化さないでよ……伊澄も好きな子できたんでしょ?」

「まあね。一年生の可愛い後輩。タマちゃんよりも可愛い」

「べつに、タマはもう『かわいい』からは卒業したんだからね!」

「そうね。そうかも……変わったよタマちゃんは。それが寂しくもあり、嬉しくもあるんだよね」

「ごめんねぇ、いろいろと」

「もういいの。その分、めいいっぱい幸せになってもらわないとね!」

「まあ頑張るよ」


 いつも通り軽く言葉を交わしながら朝食を食べてメイクをして身支度を整える。心羽先輩に選んでもらった服は日に日に増えていき、クローゼットの伊澄のスペースまでも圧迫し始めていた。そろそろ苦情がくるので整理のし時かもしれない。


 今日はどんな服装で行こうかと悩んでいたけれど、やっぱり心羽先輩に最初に選んでもらったワンピースにしようと決めた。なんだかんだであれが一番のお気に入りだった。

 ちょうどワンピースに合う手さげカバンも買ったことだし、冬用に合うコートも先輩が見繕ってくれた。それに荷物をいれて部屋から出てみれば、私もオシャレな女学生だった。



「よーし、今日もいい天気!」


 冬の星ノ宮はカラッと晴れて空気も澄んでいる。まるで、これからの私を祝福してくれているような青空と心地よい陽の光に、私は目を細めた。


 その時、手さげカバンに入れていたスマートフォンが鳴った。取り出してみると、お父さんからの着信だった。週末の帰省についてだろうか。


「もしもし」

『もしもし、玲希? お父さんだけど』

「なに? どうしたの?」

『いや、今週末久しぶりに玲希が帰ってくるから、その日の夜に家族で久しぶりに外食しようってことになってな。レストラン予約しようと思うんだけど、なにか食べたいものあるか?』

「うーん……タマはなんでもいいよ。それよりさ」

『ん?』

「もう一人分予約できる? ──紹介したい人がいて」

『おまっ……いきなり仕送りを増やしてほしいって言うものだから何かあるなと思ってたら……まさか恋人ができたのか!?』

「えへへっ」


 電話越しのお父さんの声が分かりやすくうわずったので、私はしてやったりと笑みを浮かべた。まさか、お父さんも世間知らずの私が中学生のうちに恋人を作るなんて夢にも思っていなかっただろう。


『えへへっじゃなくてな! 大丈夫なのか? 変な男に掴まったりしたんじゃないだろうな? 相手はどこのどいつだ? 会ったらお父さんがしっかり──』

「心配しなくても大丈夫。頼りになってクールで綺麗な先輩だよ」

『……恋人って、もしかして女の子なのか?』

「うん……ダメかな?」


 お父さんはしばらく考えていたようだったが、やがて落ち着いた声色でこう答えた。


『……玲希が選んだことだからいいも悪いもないだろう。お父さんもお母さんもちゃんと挨拶するから、大切にしなさい』

「うん、わかった」

『じゃあ四人分予約しておくから。週末楽しみにしておくよ』

「うん、じゃあね」


 打ち明けた時は少しドキドキしたものだが、案外すんなりと受け入れてもらえるものだ。同性同士のカップルなんて、世間ではまだまだ受け入れられていないところもあるのに。改めて、いい家族を持ったなと思う。考えてみれば、星花の受験を勧めてくれたのも両親だったし、両親がいなければ心羽先輩に出会うこともなかっただろう。



「面と向かって『ありがとう』とか言ってみようかな。きっと照れるだろうな二人とも」


 それ以上に私が照れてどうにもならなくなるだろう。そしたら、心羽先輩に助け舟を出してもらおうかな。

 とか思いつつ、少し遠回りしながら校門まで歩いていると、途中のアーチェリー場の陰で聞き慣れた声を聞いた。


「羚衣優せんぱい……あたしもう我慢できないんです」

「ダメだよまっちゃん、誰かに見られてたら……」

「大丈夫です。見せつけてやりましょう。せんぱいの可愛いところたくさん」

「まっちゃんのえっち……」

「羚衣優せんぱいが可愛すぎるからいけないんで──あっ」


「あっ」


 ふと目を向けた時、現生徒会長の望月茉莉と目が合ってしまった。彼女は、恋人の羚衣優を壁に追い詰めるようにして迫っている。羚衣優も満更でもない様子だが、どうやら私は邪魔をしてしまったようだ。


「タマちゃんせんぱい〜!」


 てっきり邪魔したことを咎められるかと思いきや、茉莉はニコニコしながらこちらに歩いてくる。放置された羚衣優は頬を目いっぱい膨らませて不満をアピールしているが、茉莉は素知らぬ様子だ。


「な、なに……タマのことは無視して続けていいんだよ?」

「まあまあ、そういうわけにもいきませんよ。タマちゃんせんぱいも大切なせんぱいですからね」

「むっ……」

「それはそうとして、カノジョさんとの関係上手くいってるみたいじゃないですか」

「まあね。茉莉たちほどじゃないけど」

「もう、褒めても何も出ないですよー?」

「別に褒めてないんだけど……」


「でも、見違えるようになりましたね。タマちゃんせんぱいも。あたしもうかうかしてられないなー?」

「まっちゃんにはわたしがいるから大丈夫なの!」

「えー、でも最近なんか羚衣優せんぱいだけじゃ物足りなくなってきて」

「まっちゃん!?」

「嘘ですよ、冗談冗談!」


 茉莉の背後から羚衣優が抱きついてくると、今度は茉莉が羚衣優の頭を宥めるように撫でる。イチャつき始めた二人を邪魔しないように私が去ろうとすると、茉莉がまた声をかけてきた。


「タマちゃんせんぱーい」

「なに? タマもこれからデートなんだけど?」

「ふふふ、恋の駆け引きは押したり引いたりですよ! それを忘れずに」

「押したり引いたり?」

「そうです。押してばかりじゃつまらないし、引いてばかりだと飽きられます。適度にアップダウンをつけるのがあたしのコツです」


「……そっか」

「ん、それじゃあ楽しんで! せんぱいたちから引き継いだ生徒会、あたしがしっかり守りますので!」

「ありがと、でもイチャつきながら言われてもあまり説得力ないかな」

「あはは……」



 茉莉からのアドバイスはまだわからない所があるけれど、それもきっとこれから分かってくるだろう。焦ることはない。私はまだ中学生だし。


 これ以上邪魔するのは良くないと思って、茉莉たちと別れて校門にたどりつくと、目当ての人物は既にそこに待っていた。心羽先輩だ。相変わらずのオシャレな服装に、今日はこれまたオシャレなニット帽を被っている。


「遅いよ玲希」

「まだ時間前じゃないですか」

「でも、恋人を待たせたら減点だから」


 時計を見ると、まだ待ち合わせ時間の15分前だった。私も余裕をもって来たのだから先輩が早く来すぎているせいのような気がするけれど、多分先輩は張り切りすぎて早く来すぎたことを誤魔化したかっただけだと思う。私もだいぶ心羽先輩のことを分かってきた。

 それに、驚いたことに今日の先輩の服装は私のものとほぼ同じだったのだ。それが、クールな先輩が着ているとまた別のコーディネートのようにも見えるのが不思議だ。


「……心羽先輩、その服は」

「やっぱり、玲希ならその服着てくると思ってね。合わせてきたのよ。ほら」


 そう言って、おそろいのニット帽を私の頭に乗せてくる先輩。


「これ被るともっとあったかいでしょ?」

「心羽先輩……」

「ん? なあに?」

「……えへへ、なんかすごく幸せで。──夢じゃないですよね?」

「もし夢だとしても、絶対に覚めさせないから……」


 心羽先輩は私の身体を強く抱きしめた。苦しいくらい。でも嬉しかった。この時間がずっと続いてくれればいいのにって思った。

 ううん。これから二人で、もっともっと幸せな思い出を作っていけばいいんだ。

 私と心羽先輩の青春は、まだ始まったばかりなのだから。


「じゃあ、行こっか。どこ行きたい?」

「先輩の行きたいところならどこでも」

「その返事が一番困るんだけど……」

「えっと、じゃあ動物園とか水族館に行きたいです!」

「ふーん、普通」

「ダメですか?」

「ううん、玲希らしいなぁって」

「もうっ!」

「じゃあ、玲希の行きたいところ行ったら、またホテルに行ってこの前の続き……する?」

「……はい」

「経験しちゃったら……もう玲希を子どもっぽいなんていう人はいなくなるんじゃない?」

「どう……ですかね?」


 私たちはそんなことを話しながら恋人つなぎをして、駅への道を歩いた。

 甘酸っぱくてもどかしくて、どこか温かくて綺麗で、なによりすごくドキドキする。心羽先輩に私の心が真っ裸にされて、新しい自分がさらけ出される。そんな、アハ体験のような眩いもの。

 恋するって素晴らしいって、いつか羚衣優が言っていた言葉が──大人になるには恋するのがいいと言っていた沙樹の言葉が、やっとわかった気がした。


「ありがとう……」

「ん、なによいきなり」

「なんか──言ってみたくなったんです」



 〜おしまい〜



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愛玩少女のストリングループ 早見羽流 @uiharu_saten

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