第29話 ブティック

 ☆☆☆



 残念ながら、一介の学園都市に過ぎない星ノ宮市には、天寿傘下のコスメショップやエステ、薬局などはあるものの、オシャレなブティックなんてものはなかった。

 私と心羽先輩は駅から電車に乗って、片道数十分のところにあるターミナル駅を目指した。


 星花女子に入学してからロクに市の外に出たことがなかった私はなんだか新鮮で、心が遠足に連れてこられた子どものようにわくわくしてくるのを感じた。ターミナル駅に近づくにつれて大きくなる建物、対して減っていく畑や田んぼ。それを何となく眺めながら、隣の席に座る心羽先輩に身体を寄せてみたりする。先輩はされるがままになっていて、たまにさりげなく私の腰のあたりに手を回してきたりする。静かな車内に気を遣って会話はなかったけれど、心羽先輩と心が通じあっている気がしてとても嬉しかった。


 周りの人達からは私たちはどう見えるのだろう。女の子同士のカップルはまだ珍しいから、姉妹とでも思われているのだろうか。それもそれでいいかもしれない。


「──次の駅で降りるから」

「は、はいっ」


 この、静かで幸せな時間が終わってしまうことを少し残念に思いつつ、私は先輩に手を引かれて電車を降りた。


「……わぁっ!」


 改札を出た瞬間、目の前に広がる光景を見て思わず声を上げてしまった。

 そこはまるで別世界だった。学園の近くとは違った種類の人で溢れかえっていて、みんな忙しそうに早歩きをしている。

 たくさんの人が行き来する大きな道路沿いにはおしゃれなお店がたくさん並んでいて、お店の前には可愛い服に身を包んだマネキンが立っていた。ガラス張りになっている店内では店員さんたちが笑顔を振りまいていて、その奥には色とりどりの化粧品が陳列されている。そんなキラキラした空間に吸い寄せられるように、多くの人が入店していく。


「ここが……」

「うん。わたしがよく来るショッピングモールだよ」

「すごいです! こんなところに来られるなんて夢みたいです!」

「ふふっ、大袈裟だね。ほら、行くよ?」

「あっ、待ってくださいー!」


 心羽先輩は私を引っ張って人混みの中に入っていき、エスカレーターに乗った。そして二階に着くと、そこからまた別のフロアへと続く階段を下っていった。


「えっと、確かこっちの方にあるはず……あった、これだ」


 たどり着いた先は、『Alice』と書かれた看板がかかったブティックの前だった。


「アリス? なんですかそれ」

「う~んと、簡単に言うと洋服屋さんのブランド名かな」

「へぇ、そうなんですか……あ、もしかして、ここに入るんですか!?」

「そうだよ。来たかったんでしょう?」

「はい!もちろんです!」

「じゃあ早く行こうか」

「えっ、ちょっ、ちょっと心羽せんぱ──」


 私は心羽先輩に手を強く引っ張られながら、『Alice』というブティックの中に足を踏み入れた。



 ☆☆☆



「あの、本当にここで買っちゃっていいんですか?」

「もちろん。だってせっかく来たんだもん。それに、今日は日頃の感謝を込めて玲希にプレゼントしたいと思ってたんだよ?」

「そ、それは嬉しいですけど、やっぱり悪いですよ……。お金とか大丈夫ですか?」

「大丈夫だから気にしないで。ほら、試着室あそこ空いてるから着替えてきて?」

「は、はい……」


 先輩が選んでくれた服を持って私は言われるがままにカーテンで仕切られた個室に入り、制服を脱いでいく。心羽先輩からの贈り物だと思うと自然とテンションが上がる。


 でも、いいのかなぁ……。なんだか申し訳ない気持ちもあるけど、先輩が選んでくれた服を着たいなぁ。

 そんなことを考えながら、鏡に映る自分の下着姿を眺めていると、少し嫌なことに気づいてハッとした。

 いやでも……気のせいかもしれないし……。


 ううん、今は忘れようと頭をブンブンと振って嫌な考えは吹き飛ばした。



「どうでしょうか?」


 数分後、私は『Alice』のロゴが入った紙袋を持って試着室のカーテンを開けた。そこには、先ほどまでとは違う雰囲気の自分がいた。

 淡いピンクを基調としたワンピース。スカート部分には同系色のフリルが施されていて、とても可愛らしいデザインになっている。首元にはレースのついたリボンタイを付けており、全体的にふんわりとした印象を受ける。心羽先輩からの指示で髪は後ろで結わえてあるため、いつもより大人っぽい感じになっていた。

 私は鏡の前でくるりと回ってみた。スカートの裾がフワッと浮かんで、それがとても心地よい。


「うん、すごく似合ってると思うよ」

「ありがとうございます。こんな素敵な服を選んでくれて……」

「喜んでもらえたなら良かったよ」

「はいっ。大切にします!」

「うん、大事にしてあげてね」

「はいっ!」


 それから私たちはしばらくショッピングを楽しんだ。途中、雑貨屋さんでお揃いのキーホルダーを買ったり、ゲームセンターでプリクラを撮ったりした。どれもこれも楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。


「もうこんな時間かぁ……」


 ショッピングモールを出て、駅に向かって歩いている最中に先輩は呟くように言った。時計を見ると、午後5時を過ぎている。


「楽しい時間はあっという間ですね」

「……そうだね」

「……」

「……」


 沈黙が流れる。

 その空気に耐えられなくなったのか、先に口を開いたのは先輩だった。


「ねぇ、今日外泊許可取れない?」

「えっ!?」

「わたし、玲希ともっと一緒に居たい」


 先輩は立ち止まって私の手を握った。先輩の手はとても温かかった。


「わ、私もそうしたいです。でも、さすがに急すぎますよね」

「そんなことないよ。わたしの友だちも、当日に外泊許可とれたって人いたよ? それとも玲希はわたしといるの嫌?」

「そんなわけありません!」

「だったら決まりだね」


 先輩は私の手をぎゅっと握ったまま歩き出した。



 ☆☆☆



 私たちが向かった先は、駅前にあるビジネスホテルだった。

 ちなみに外泊許可は同室の伊澄に電話して代わりに取ってもらった。私が切羽詰まった様子で頼むと、訝りながらも、ちゃんと手続きをしてくれたらしい。でも、あとで説明は避けられないだろう。……まあそんなことはどうでもいい。問題はなんで私が心羽先輩に連れられてホテルに来ているのかだ。


「ここが、その、先輩が言ってた場所ですか?」

「うん。お風呂トイレ付きだし、ベッドも大きくてふかふかだよ?」

「そうなんですね。……あの、まさかとは思うんですが、ここにお泊まりするんですか?」

「そうだけど、何か問題でもある?」

「い、いえ……別に……」

「ふぅん、まあいっか。とりあえずチェックインしてこようよ」

「は、はい」


 フロントで手続きを済ませて部屋に入ると、そこは思ったよりも広々としていた。そして何より驚いたのが、部屋の真ん中に設置されているダブルサイズの大きなベッドだった。


「……すごい」

「……だね」

「あの、本当にいいんですか?」

「もちろん。玲希と一緒に寝られるなんて最高じゃない?」

「せ、せんぱいっ」

「あははっ、ごめんって。じゃあお風呂入ろうか」

「はい」


 荷物を置いて浴室に向かう。脱衣所でお互いに服を脱いでいくと、先輩の身体を見た瞬間、思わず見惚れてしまった。

 すらっと伸びた脚。キュッと引き締まったウエスト。そして綺麗なおへそ。胸の大きさは平均的だが形がとても良くて、つい触ってしまいそうになる。

 私は自分の体を見下ろした。少しだけ肉がついた太もも。ぷにっとして柔らかい二の腕。ちょっと大きいかもしれないお尻。全体的にムチッとしている気がした。昼間着替えている時にも気づいたけれど、少し太ったかもしれない。

 元々小柄だったのもあって、さすがに食生活に気を遣わなすぎたか。今日こんなことになるんだったら、ダイエットをしておくべきだった。


「玲希、どうかした?」

「え、いや、なんでもないです! じゃあ入りましょうか」

「そうだね。早く汗流したいし」


 私たちはシャワーを浴びてから、浴槽に浸かる。お互いの体が密着して、なんだかドキドキしてしまう。


「気持ち良いね〜」

「はい」


 しばらくの間、何も話さずにゆったりとお湯につかっていた。

 すると、不意に先輩が口を開く。


「ねえ、玲希」

「なんでしょうか」

「今から言うことは冗談とかじゃないから真面目に聞いて欲しいんだけど、わたしやっぱりねーねよりも玲希のことが好きみたい」

「……えっ?」

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