第10話 ホットココア
どうしよう。居場所がない。
寮に帰りたくはないし、カフェテリアに戻るわけにもいかない。門限までにはまだ時間があるので、私が向かったのはやはりゲームセンターだった。
今日はゲームがしたかった訳ではない。ただ、何となく心羽先輩に会いたかった。連絡先とかは教えて貰ってないが、ゲームセンターに行けば会える気がした。
予想は的中していた。クレーンゲームのコーナーには見当たらなかったので店内をブラブラしていると、あまり行ったことのないリズムゲームのコーナーで見慣れた背中を見つけた。
心羽先輩がプレイしていたのは、リズムに乗りながら踊るタイプのリズムゲームで、運動がからっきしの私には、高等部の制服姿で筐体の前で可憐に踊る心羽先輩が眩しく見えた。
華麗な足さばきから、くるっと身体を一回転させる時、後ろで見ていた私と心羽先輩の視線が交錯した。一瞬の事だったけれど、恐らく彼女も私がなんでここにいるのか驚いているというわけではなさそうだった。
ゲームが終わって、私は思わず拍手をした。心羽先輩は額の汗を拭いながら床に無造作に置かれていたスクールバッグを拾い上げる。そしていまだに興奮の冷めない私を軽く睨みつけた。
「恥ずかしいからやめてよ……」
「あっ、ごめんなさい」
「──で、なんの用?」
「えっと……」
なんの用と訊かれると明確な答えはない。ただ会いたかった。じゃダメなのだろうか。
「心羽先輩は、ダンスが上手なんですね!」
「一応社交ダンス部に入ってるしね。試しにやってみたら予想外にできた感じ。本当は毎日ゲームセンターに行くほど入り浸ってはないからね?」
まるで言い訳をしているようで、少し可愛かった。私が思わず笑ってしまうと、心羽先輩は不満そうに顔を顰めた。
「なんとなく、ここに玲希が来るような予感がしたの。別に特に理由なんてないから」
「あっ、ほんとですか? タマもここに来たら心羽先輩に会えるような気がして……寮には帰りづらいし居場所もないから……」
「あなた、まだケンカしてるの?」
「……そういう心羽先輩もですよね?」
「──っ!?」
心羽先輩は、今度ばかりは明らかに動揺した。少し切れ長できつい印象を与えがちな瞳をまん丸に見開いて驚きを表現している心羽先輩はやっぱりちょっと可愛い。
「どうしてそれが分かるの……」
「だって、真っ先に帰らずにゲームセンターに来てるから……お姉さんのことが大好きな心羽先輩なら、少しでも長く絆先輩といたがるはずですから」
「むっ……確かにそう。普段ほとんどケンカなんてしたことないから、仲直りの仕方が分からないの……」
「あー、それはタマもです……」
「お互い不器用なものね」
私と心羽先輩は同時にため息をついた。自分に素直になれないのは私も心羽先輩も同じらしい。本当はケンカなんてしたくないし、みんな仲良くしてくれればそれに越したことはないのに……なぜ人は争ってしまうのだろう。と、宇宙の真理に関わりそうなことを考えてしまう。
「今日、ねーねは社交ダンスのイベントに行くらしいの。そこでアイツに会うんだって」
「アイツって……」
「この前言った婚約者のこと。心底気に入らないけど、わたしがついていってもつまらないし迷惑になりそうだから遠慮……というかサボり」
「……それは大変ですね。タマは兄弟姉妹がいないのでそういうのあまり分からないですけど」
「わたしの場合、ねーねは姉妹というよりも恋人に近い存在だから、きっと玲希にも分かるはず」
「タマ、まだろくに恋愛したことないんですよね……」
「えっ!?」
そんなに驚かなくてもいいのに。
「玲希、大人っぽいからてっきり経験あるのかと……」
「ないですよ! 皆、タマのこと子どもだと思って相手にしてくれないんです!」
でも、大人っぽいって言われて満更でもなくなってしまった私は、もっと心羽先輩と一緒にいたくなった。この人なら、私のこともっと分かってくれると思うし、分かってほしい。そして、私も心羽先輩のこともっと知りたい。と思った。
「それはきっと、玲希の外見だけを見て中身を見ていないんだと思う。わたしからしてみたら玲希は立派な大人だし、ちゃんと他人の気持ちを考えることができる。ねーねみたいにね」
「あの、もっと言ってくださいお願いします!」
気づいたら、私は身を乗り出して心羽先輩に迫っていた。心羽先輩は少し驚いた表情を見せたものの、クスリと笑って歩き出す。
「ここだとうるさいから、歩きながら話そう? わたしも玲希に、ねーねのことたくさん自慢したいの」
「えっ?」
なんか、思っていたのと違う気がするけど、もっと心羽先輩とお話ができるのなら話題は正直なんでもいいだろう。私は素直にその後について行くことにした。
ゲームセンターを後にした心羽先輩は、徐に近くの自動販売機に小銭を投入する。そして、取り出し口から出した缶の飲み物を振り向きざまに私の顔に押し当ててきた。
あったかい……ていうか熱っ!
「あちゅ!」
「いいから飲みなって。昨日のお礼と言っちゃなんだけど」
「ふへっ?」
私の反応が面白かったのか、またクスリと笑った心羽先輩の手から飲み物を受け取ってみる。それは好物のココアだった。
「どうして心羽先輩がタマの好みを知ってるんですか!?」
「えっ、ホントにココア好きなの?」
こくこくと頷くと、心羽先輩は取り出し口からまた飲み物を出してきた。私のと、同じ柄の缶だった。
「単にわたしがココア好きなだけなんだけど」
「お、同じですね! ……えへへっ」
何故かすごく嬉しかった。ココアなんて甘いし子どもの飲み物だと思っていたから大勢の前で飲むのは少し恥ずかしかったけど、高校生の先輩も飲んでるならきっと大人の飲み物なのだろう。
それになにより、心羽先輩とまた共通点が見つかったことが嬉しかった。
「なにそんなに嬉しそうにしてるの……ちょっと照れるじゃない」
「すごく、嬉しいです! 心羽先輩と好みが同じだってことがわかって」
「……ばか」
照れ隠しなのか、ココアをグイッとあおる心羽先輩。しかし流石に熱かったのか、ゲホゲホッとむせた。
「だ、大丈夫ですか? 急いで飲むから……」
「ゲホゲホッ、玲希が変な事言うからじゃない!?」
「えっ、なにか変なこと言いましたか私?」
「ばか。ねーねみたいなこと言わないで。わかってるくせに……ゲホッ、ゴホッ」
心羽先輩のことがすごく可愛く思えてきてしまった私は、むせる先輩の背中に手を当ててさすった。先輩に対して何やってるんだろうと一瞬思ったけれど、先輩もされるがままになっていた。
「わたしがむせると、ねーねはよくこうして背中さすってくれたの」
「そうなんですか……」
頷いた心羽先輩は、ぽつりぽつりと話し始める。思い出を噛み締めるように、最愛のお姉さんのことを思い浮かべながら。その表情はまさに恋をしているようだった。
「物心ついたころからいつも一緒で、これからもずっと一緒にいるんだって思ってた。ねーねはわたしの全てで、ねーねさえいれば他の人はいなくてもよかった」
「心羽先輩は本当に絆先輩のことが好きなんですね」
呆れたような表情で「当たり前でしょ?」と呟いた心羽先輩は、ふととても辛そうに顔を歪めて俯いた。
「でもね、ねーねから見たわたしはそうじゃなかった。ねーねの周りにはいつもたくさんの人がいて、ねーねはみんなのものだった。──それが許せなくて、構って欲しくて……ねーねにたくさんわがまま言ったの」
「……」
「ねーねはそんなわたしを笑って撫でてくれて、そんなねーねが……大好きで大嫌い」
ズズッと音を立ててココアをすする心羽先輩。こころなしか、その目尻にキラリと光るものが見えた気がした。そうだ、きっと心羽先輩はずっと辛かったんだ。私なんかが理解できないほど、お姉さんのことで悩んでいたんだ。
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