第7話 クレーンゲーム

「なに? あったらなんだっていうの?」

「え、えっと……タマにもなにかお手伝いできることが無いかなって……」


 妹さんは相変わらず私には敵意むき出しで怖いけれど、だいぶ慣れてきた。と、今度は肩を竦めながらため息をつく。


「はぁ……自惚れないで。あなたにできることなんてなにもないよ」

「そんなの、分からないじゃないですか! タマ、これでも生徒会なんですよ?」

「いくら生徒会だろうと、生徒の家庭事情にまで首を突っ込めないでしょうが……」

「やっぱり、お姉さん──絆先輩と何かあったんですね?」

「──っ! そうよケンカよ! 昨日話した婚約者のことでね。……まったく、人の家庭のことにズカズカ踏み込んでくる奴は嫌いなの。満足したらどっかに消えてよ」


 どうやら図星だったようだ。私のこういう推理能力は絢愛や沙樹から学んだ部分も多々ある。

 普段はそこまで他人のことに踏み込んだりはしないのだけど、保護者とケンカして寂しい思いをしている私と、絆先輩と気まずくなっている妹さんももしかしたら同じ思いをしているのかも──妹さんは絆先輩が大好きだし、きっと私よりも辛いだろう。と思ったらいても立ってもいられなくなった。



「貸してください」

「ちょっと……?」


 私はなかなかぬいぐるみが取れずに諦めかけていた妹さんを押しのけて、筐体の前に立つ。そして、コインを入れてスタート。とりあえず500円を入れて6クレジットで様子見をしてみる。

 ぬいぐるみをアームでつついてみたり、タグに引っかけて動かしてみたり、しばらくするとだんだん筐体の『クセ』が分かってきた。


「なによ、全然ダメじゃない……」

「次で取ります」


 すかさずコインを追加投入。二つ並んでいるぬいぐるみの真ん中あたりにアームを下ろす。少し右すぎたかもしれない。アームは右のぬいぐるみを左側に少し移動させただけだった。


「あぁっ! ……惜しい」

「もう一回、今度こそ決めます」


 ぬいぐるみが動いたから取れると思ったのか、妹さんが声を上げる。それがなんか少し可愛いなと思ってしまった。

 筐体を前と横から交互に覗きながらアームの位置を調整して再挑戦。ふと隣を見ると、妹さんは手を胸の前で組んで祈るように見守っていた。


「……よしっ」

「──っ!」


 狙いどおり、アームは左右のぬいぐるみを少し後ろ側から押し、二つまとめて穴に落とした。


「ふたつも取れたの!?」

「最初から二つ狙ってました。取れてよかったぁ……」


 景品取り出し口から大きなぬいぐるみを二つ取り出し、両腕に抱えながら妹さんを振り返ると、彼女は口元に手をやってクスッと笑った。この人が笑うの初めて見たかもしれない。少し嬉しかったので私も思わず笑ってしまった。


「って、どうして笑うんですか!」

「だって、ちっちゃいあなたが大きなぬいぐるみを二つも抱えてるからなんか面白くて」

「ひどい! せっかく取ってあげたのに……」

「あなたが取ったんだから、あなたのものでしょ?」


 不思議そうにしている妹さんに、私はぬいぐるみを押し付けた。ネズミのような、クマのような、おかしなぬいぐるみだ。でも可愛い。私なんかよりも、絆先輩や妹さんが持っていた方が可愛いだろう。

 妹さんは戸惑ってぬいぐるみを落としそうになりながらもなんとか受け取る。


「えっ、ちょっと……」

「タマ、桜花寮なのでそんなに大きなぬいぐるみを二つも置ける場所がないんです。妹さんが可愛がってあげてください……欲しかったんですよね?」

「そうだけど……せめて一つずつとか……」

「一つは絆先輩の分です」

「──っ!?」

「仲直り、したいんですよね? それ渡したらできるかもしれないですよ?」


 妹さんは小さく「バカ、知ったような口きいて……」と呟いた。でも、その口元が少し綻んでいることに私は気づいた。私がしたことが間違いじゃないと分かった瞬間、なんとも言えない達成感に包まれた。些細なことだけれど、今まで「される側」だった私が「する側」になれたことに感動した。

 しばらく考え込んでから顔を上げた妹さんは、私の目をしっかりと見据えながらこんなことを口にした。


「ねぇあなた……玲希だったっけ? どうしてこんなことしてくれるの?」

「どうしてって……?」


「わたしは昨日、あなたをねーねから遠ざけようとした。年下のあなたに意地悪をした。婚約者のことは本当だけど、でも……ねーねが一番好きなのはわたし。多分。だから取られたくないと思った。ねーねがわたしの傍からいなくなったら……どうにかなっちゃいそうだったから」

「……」


 どうして。

 どうしてこの人はこんなことを私に話してくれるのだろう? 別にわざわざ言わなくてもいいことなのにどうして……。


「おかしいよね。あなたはこの間初めてねーねに会ったばかりで、あまり接点ないし、わたしが一番なのは揺るがない。──わかってるんだけど、怖くなるの。だって、ねーねはわたしを『妹』としか見てくれないから」

「──それって」


 やっぱり、やっぱりだ。この人は私と全く違うようでよく似ている。他人に、自分の思いとは違う見方をされて困っている。きっと、妹さんは絆先輩を愛している。姉妹としてじゃなくて、恋人として傍にいたいと思っている。

 でもそれが向こうには受け入れてもらえないから、こうしてぶつかってしまうのだろう。

 私は絢愛や伊澄のことは恋人としては見ていないけれど、彼女たちが『保護者』として接してくるのは嫌だ。だって、そうやって皆して私の『保護者』になってしまったら、誰が私を『恋人』として愛してくれるというのだろうか。


 きっと妹さんも、私が自分と似ていると思ったから、こういう話をしてくれたのだろう。


 想いを吐き出した彼女は、ふぅっと息をついて、清々しい笑顔を見せた。


「話したらスッキリした」

「あの、どうして……」

「だって、玲希はもうねーねのことは諦めてるでしょう? 昨日みたいに恋してる女の子の顔してないから」

「むっ……」


 そんなに分かりやすかっただろうか? 確かに、昨日は全身がふわふわして、自分はなんでもできるみたいに思えるほどポジティブだったけど。


「それに、ねーねを奪うつもりなら、ぬいぐるみを自分のものにしてねーねにプレゼントするはずだしね」

「そんなことしませんよ……」

「だから、もうわたしは玲希を敵と認識してないよ」

「敵って……」


 今までは敵と認識されていたのだろうか。怖い。背筋が凍る。

 確かに、今の妹さんの表情は昨日や一昨日のような険しさはなかった。ただ、お姉さんとケンカしたことによるそこはかとない寂しさが漂っていた。


「初めてこの気持ちを誰かに話せて嬉しかった」

「でもなんでタマなんですか……一昨日会ったばかりなのに」

「玲希なら、わたしの気持ちがわかってくれるかもってなんとなく思ったの。ねーねのこと愛してるなんて言ったら、普通の人は笑うでしょ?」

「まあ、そうかもしれませんけど……」


 私が単に子どもなだけかもしれないけれど、恋愛は誰を好きになろうが個人の自由だと思うし、相手が男だろうが女だろうが、年上だろうが年下だろうが、親子だろうが姉妹だろうが、好きな人は好きでいいと思う。そんな私は変なのだろうか。


 私は──どういう人が好きなのだろう。

 絆先輩は確かに美人だったし、膝枕してもらってドキドキした。でも、本当に求めているのは、私を子ども扱いしないで一人の大人として見てくれる人。絆先輩がそうなのかと言われると微妙だ。仮にお付き合いできたとしても私のことを被保護者として見てきそうでもある。


「じゃあ、タマも……妹さんにお話聞いてもらいたいんですけど……」

心羽みう

「えっ?」

「わたしの名前。心羽。渡橋心羽」

「心羽……先輩」


 絆先輩も一度、そう呼んでたっけ。今思い出した。

 口にしてみると思ったよりもずっとしっくりくるその名前。なんだか、初めて呼んだ気がしない。心羽先輩のこと、ずっと前から知っていたような。そんな錯覚を覚えた。

 私はゲームセンターからの帰り道で、心羽先輩に自分の悩みを洗いざらい打ち明けた。

 どうしても子どもっぽいと思われてしまうこと。ついつい他人に甘えてしまう自分自身の弱さも。心羽先輩はずっと黙ってそれを聞いていた。


「いつか、タマのことを一人の大人として扱ってくれる恋人が現れるんですかね……」

「恋人ではないけれど、少なくともわたしは玲希のこと大人っぽいと思ってるよ」

「えっ?」

「なんかね。そういう悩みって大人ならではな気がする。玲希は自分が思っているよりもずっと大人なのかもね」

「そんなこと……」


 ないと思う。でも初めてだった。

 ──大人っぽいって言われたの。

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