第6話 反抗期

 それはまさに青天の霹靂で、寝耳に水だった。

 確かに、あれほど美しい先輩なら、恋人の一人や二人いてもおかしくないと思っていたけれど……。


「う、嘘ですよね……?」

「残念だけど本当なんだから。わたしも目障りだと思っているんだけど、あいつをどうするかはねーねの自由だし、家族が決めたことだからどうにもできない。もちろんあなたにもね」


 どうやらその『婚約者』というのは妹さんにとっても邪魔な存在らしい。彼女は心底嫌そうに眉を寄せながら続ける。


「だからさ、諦めた方がいいよ? これは脅しとかじゃなくてほんとうに親切心で言ってあげてるんだから」


 でも、肩を掴んでこちらを睨みつけながら言われたのでは脅されているように感じてしまう。


「ほらぁその顔、本当にねーねに惚れてたみたいじゃない? よせばいいのに、あー可哀想」

「……ぐすっ」

「な、泣くことはないじゃない!」


 心の中を見透かされていたことに、そして私の初恋が一日足らずで終わってしまったことに絶望して、気づいたら鼻をすすってしまっていた。妹さんは少し慌てたような表情になった。



「あー、たまきんが高校生に虐められてるー!」


 クラスメイトの誰かが叫び、突如として横から現れた絢愛が私と妹さんの間に割って入った。


「こんにちは。うちのたまきんがなにかご迷惑をおかけしましたでしょうか?」

「えっ、いや……そういうわけじゃ……」


 絢愛は妹さんの目を真っ直ぐに見つめながら毅然とした態度で淡々と話す。ナメられてはいけないと思ったのだろうか。それとも本気で怒っている……?


「たまきんは優しい子です。そして守ってあげなくちゃって思うほど純粋です。……何をお考えか分かりませんけど、文句なら中学生徒会長のこの四月一日 絢愛に言ってください!」

「絢愛、もういいから……」

「……あそう、ごめんなさい。別に危害を加えようとかそういうことじゃなかったのよほんとに……」


 私が絢愛を制止したのと、妹さんがブツブツと呟きながら立ち去って行ったのはほとんど同時だった。高校生から私を守った(?)形になった絢愛には周囲で野次馬をしていたクラスメイトから惜しみない拍手が送られる。


 だが、私の心中は穏やかではなかった。これではまるで私の差し金で妹さんを追い払ったみたいじゃないか。彼女が言うとおり、本当に忠告にきてくれただけだとしたら……悪いことをしてしまったと思う。そして、私の被保護者体質にもいちいち嫌気がさす。



「いやぁ、たまきんのピンチを助けられてよかったよぉ」

「別にタマ困ってないから……どうして勝手にそういうことするの?」

「ん? 迷惑だった?」

「……当たり前だよ! 迷惑! もう放っておいて! 絢愛なんか知らない!」


 気づいたらそう叫んでいた。失恋のショックで絢愛に当たってしまったのかもしれない。でも、保護者面をしてくる人達がいい加減鬱陶しかったのも事実だ。叫んだ瞬間に「やってしまった」というほんの少しの後悔と、「せいせいした」という清々しい気持ちが同時に襲いかかってきて、私はまた泣きそうになってしまった。


「たまきん、ごめん私」

「もういいよ……」


 気にしないでという意味で「もういいよ」と言ったはずなのに、もう何も言わないでと突き放す言い方の「もういいよ」になってしまった。絢愛は呆然と立ち尽くし、私は黙って席に戻った。

 結局、その後私は絢愛と会話することなく、放課後になるや否や生徒会も行かずに寮に帰った。



 桜花寮の自室には、相変わらず『保護者』を名乗る伊澄がいて、黙々と宿題に取り組んでいた。


「およ? 今日は早いねタマちゃん。生徒会は?」

「……もういい」


 言葉を交わすつもりはなかったけれど、話しかけられて反射的に応えてしまった。


「ん? なんか嫌なことでもあった?」

「うるさいなぁもう……」


 伊澄は悪くない。何も悪くないけれど、ついついツンツンとした口調になってしまう。伊澄は手を止めて心配そうな顔をこちらに向けた。


「もしかして……昨日のことが関係してる?」

「──っ!」

「そっか……」


 その反応で伊澄は察したのだろう。私が失恋したことに。

 一発で分かるような反応をしてしまった自分と、それを見抜いてくる伊澄に苛立ちがつのった。


「うるっさいなもう! 構わないでよ!」

「タマちゃん……」

「うるさいうるさい! あーもう! 皆してタマを子供扱いして、楽しいの!? ──今まで我慢してきたけどもう限界! タマは伊澄のおもちゃでもペットでもなくて、ちゃんとした人間なの!」


 自分のベッドの枕を掴んで伊澄に投げつける。しかし、私の力ではそこまでの威力はなかったらしく、伊澄はそれを容易くキャッチしてしまった。それもまた腹が立つ!


「ごめんね……」

「バカ! 伊澄のバカ!」


 こんなへその曲げ方していたら、確かに私は子どもだ。と、頭の中の冷静な一部分がそう分析するが、カッとなってしまったその他大部分は暴走をやめてくれようとしなかった。

 私は部屋を飛び出した。夕方の町をあてもなくさまよい続けているとお腹が空いたので、コンビニでおにぎりを二つ買って近くの公園で食べた。伊澄が見たら怒るだろう。でも、もうどうでもよかったし、帰って伊澄が作ったご飯を食べる気には全くなれなかった。


 門限ギリギリに寮に戻った私は、さっさと宿題を終わらせると布団に潜って、どうすれば良かったのかひたすら考えた。

 保護者を拒否すればするほど自分が子供っぽい行動をしているような気がして、どうすれば絆先輩のような大人になれるのか、分からなかった。

 考えるのを放棄した私は、布団にくるまって子どものように泣いた。


 伊澄はご飯を作ってしばらく待ってくれているようだったが、私が布団から出てこないので諦めて自分だけ食事を終えて食器を片付けてしまった。そっとしておいた方がいいと思っているのだろうか。心配して声をかけてくるよりも気を遣わせているようで心苦しかったが、しつこく声をかけられるよりも気は楽なのは確かだった。


 疲れ果てた私は寝てしまったらしい。



 ☆☆☆



 翌朝、結局伊澄や絢愛とは仲直りできないまま、本当に何やってんだろうって感じだ。あんなに鬱陶しかった保護者たちも、話さないとなるとなんか寂しい。でも、意地でも私から話しかけに行くもんか、絶対に無視してやる。そしたら……そしたら保護者から離れられるかもしれない。

 そう思った。


 伊澄も絢愛も私より大人だからか、こっちがプンスカしてるのに無理に話しかけてくることはしない。時間が経てば機嫌は治るとか思っていそうだ。絶対に治らないから! とここからは意地の張り合いだ。まったく、子供みたいだが私にはこれしか意思表示の仕方を知らない。じゃないとまた二人は私の保護者に収まりそうだし。


 生徒会に行く気もなく、私はそのまま街に繰り出した。

 いつも絢愛たち友人に連れられて出かけることはあるものの、一人で出かけることはほとんどない。少しワルな感じがしてこれもいいなと思ったけど、初めての場所はやっぱり少し怖い。

 何をして時間を潰そうかと考えた時、ふと足が向いたのがゲームセンターだった。絢愛たちに連れてこられてUFOキャッチャーを散々やらされたっけ。知らないうちに上手くなって、景品をひょいひょい取れるようになった。

 なにか取って帰ろうかなと、筐体を物色していると、一つの筐体に必死になってかじりついている見た事のある人影を見つけた。


 ──ポニーテールの、絆先輩──ではなく、妹さんだった。

 今日は髪型をポニーテールにしていたから後ろ姿が絆先輩にそっくりだった。

 昨日のことがあったから何となく気まずくて、私が話しかけようかどうしようか悩んでいると、妹さんは気配を感じたのかクルっとこちらを振り返って明らかに嫌な顔をした。


「……げっ」

「あ、あの、こんにち……は?」

「なんか用?」

「いやあの、本当に偶然で……」


 慌てて手を振って否定すると、妹さんは眉をひそめた。


「嘘、わたしを笑いに来たんでしょ?」

「えっ、なっ、どうしてですか?」


 妹さんは景品がなかなか手に入らないことにイライラしているらしい。見ると、妹さんが狙っているのは大きなぬいぐるみだった。大きくて重い分アームで動かすのが大変で取るのに苦労する。


「タマが取りましょうか?」

「はぁ? なんでよ?」

「欲しいんですよね? 代わりに取ってあげましょうか?」

「なんで上から目線なの、むかつく……」


 妹さんがイライラしている理由は他にもありそうだ。なんとなく私にもそれがわかった。妹さんの姿が伊澄や絢愛に対してイライラしてしまった私の姿と重なって、少しだけ、ほんの少しだけ、引っかかるところがあったのだ。



「あの、何かあったんですか……?」

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