昼想夜夢 ~昼に想い、夜に夢見る~
苦虫うさる
第一章 シオ ~眠り姫~
第1話 シオ・1 ~眠り姫~
1.
夜が更けた頃、シオはもう一度、
部屋の奥を隠すように下げられている
シオが密やかな声をかけると、寝台の脇に控えていた十代前半の少年が立ちあがった。
頭を下げる少年に対して、シオはねぎらうように頷く。
そうしてから黒みがかった蒼い瞳を、寝台に横たわる細い人影に向けた。
薄闇の中では淡い燐光を放っているかのように見える、透き通るような白い肌。繊細な美貌は、光沢のある白金の髪で縁取られている。
時おり閉じられた瞳が震え、僅かにまつ毛が揺れることと、ごくわずかに体が上下すること以外は、ピクリとも動かない。
そこで眠っているのは、二十歳に手が届くか届かないかほどに見える、人形のように美しい人間だった。
2.
シオはしばらく、眠っている人の美しい姿を眺めていた。そのままの姿勢で、低い声で囁く。
「ミト、どうだった? 夕星さまのご様子は」
「お変わりありません」
「ミト」と呼ばれた十代半ばに見える少年は、静かな口調で答える。丁寧な言葉に反して、はっきりとわかる敵意の響きがそこには込められている。
「シオさまが昼間いらした時と同じです。今日も……ずっと眠っておられます」
「そう。医者は何て?」
「いつもと同じです」
ミトは、今度はもっとはっきりとした敵意を込めて言った。
「体が弱っている様子はない。どこにも異常はない。ただ眠っているだけだ、って」
ミトはそこで口をつぐんだが、まだ幼さが残る顔に浮かぶ表情が「ただ眠っているだけなことが異常ではないか」という苛立ちを雄弁に表している。
「医者なんて何の役にも立ちませんよ。顔を見て、脈を診て、『お体には異常はないです』で終わりですから」
ミトの露骨な不満に、シオは苦笑をもらす。
ミトの反発は医者ではなく、その医者を呼んだシオに向けられていることはわかっていた。
だが、ミトの心の内が分かるだけに腹を立てる気にはならない。
ミトはほとんど一日中、眠り続ける主人の側に控えている。その心の内の焦りと不安は、シオよりも医者よりも大きく苦しいことは想像がつく。
「ミト、今日はもう休みなさい。夕星さまには、私がついているから」
シオの言葉に、ミトは値踏みするような懐疑的な眼差しをシオに向けた。
そこには、「自分が仕える相手は、寝台の上に横たわる美しい人であり、シオではない」という矜持がこもっている。
だが、自分の挑発的な視線にもシオが動ずる様子がないことを見て取ると、ミトは渋々といった様子で貴人に対する礼をして寝台から離れた。
部屋から出て行くミトの姿を御帳越しに見送ると、シオは寝台の上に横たわる夕星のほうへ視線を戻す。
夕星が眠りについてから、ひと月が経つ。
その間、ずっと誰かしら側についている。だが、夕星が目を覚ましたところを見た者は一人もいない。
月明かりの中で、シオは瞳を閉じて動かない夕星の美しい顔をジッと見守る。
そうしていると、自分が常に夕星の側に付き従い、その眠りを守る、忠実な獣にでもなったような錯覚を覚える。
3.
夕星が眠りについてから、シオは何人もの医師を呼び寄せた。
名のある医師は、遠方からでも大金を払って招いた。
だが誰も、夕星を目覚めさせることはおろか、なぜこれほど長い期間、眠り続けているのか、その理由を解明することすら出来なかった。
ふと。
夕星の顔に、金糸のような髪がかかっていることに気付き、シオは手を伸ばしかけた。
だが、すぐにその手は空中で止まる。
ひどく長い時間ためらった後、シオは思い切ったように手を伸ばし、ソッと夕星の顔から光を含んだような髪を払った。
それから何か痛みでも感じたかのように、素早く手を引く。
シオは、夕星に触れた自分の手を胸の中で強く握りしめた。
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