魔導狩人 ~禁書~

arm1475

魔導狩人 ~禁書~

「というワケで暇だから来たわ」

「何が、というワケ ですか……」


 入店していきなり、このミヴロウ国の王女であるユイ姫に呼びつけられた店長のあさぎは、渋々バックヤードから出てきてその厄介な性格の洗礼を浴びた。


「こっちは開店直後で忙しいんですよ……」


 同郷の鞘から姫のこの性格は聞いていたとは言え、このマイペースさには知り合って日が浅いあさぎも正直困っていた。とはいえ、この国の王女という太い客を袖には出来ず、今日も適当につき合うしかないと諦めるしか無かった。


「まあヒマってのは冗談だけど。先日の新撰組のコスイベ、大盛況だったそうじゃない?」

「ええ、まあ」

「私も行きたかったけど、急な仕事が入ったからねぇ。またやるんでしょ? 日時が決まったらいの一番で知らせなさいね?」

「あー、はい」


 満面の笑顔で言うユイ姫に、あさぎは苦笑いしながら、この憎めない顔に皆、負けてしまうのだろうと理解した。


「ところでさぁ、参加したうちの侍女から聞いたのだけどさぁ」

「はい……

、って何?」


 次の瞬間、あさぎは全身に戦慄が走る。


(――ヤ ベ ぇ 。も し か し て ガ サ 入 れ ?)


 先日の、関係者というかにまで許可を取り衣装の監修までお願いしたコスプレ「新撰組」イベント。しかしそれは同好の士を見つけるためのある審査を兼ねていたものだった。

 あさぎはこの異世界へ転移して様々な苦労を背負ってきたが、それを乗り越えられたのはあさぎのある特技スキルを発揮する稀な職業のおかげであった。

 それはこの世界には無い職業。


 同人作家。


 主に耽美系で活躍していた同人作家であったあさぎは、元の世界では壁サークルの常連だったほどの筆力をもっていた。流石に異世界転生モノでたまにある「画で戦闘する」ようなことは出来なかったが、ラヴィーンに転移してからはしばらく絵を描くことで日銭を稼いでいたのである。

 主に有力者の自画像を描く仕事だったが、クライアントの意向に沿った美化アレンジをする事で定評があり、それなりにパトロンがつくようになっていた。

 そんなある日、仕事の合間に息抜きで描いた、他人には見せられないようなスケッチを依頼者である某資産家の娘に見られてしまったのが始まりだった。

 その娘が、スケッチに刺激されてその手の絵に目覚めてしまったのである。あさぎは内密にしてもらう代わりに彼女と共犯者とになった。


「これは需要がありますわ」


 商才もある娘の言葉に、あさぎはこの異世界に来て始めて自分の生きる道を確信したのである。


 本を、そう、同人誌を売ろう、と。


 当然ながらこの異世界には同人ショップも通販も無く、販売ルートは開拓していくしかなかった。しかし本の内容が内容だけに、おおっぴらに売るのはまずかろう、とその販路は同好の士にのみ限定した。

 その同好の士を見極めるための場として、このこすぷれ喫茶を開店したのであった。先日の新撰組イベントはその一環である。

 イベントで興味を示す客を見定め、理解のある人間を増やしていく。この世界でも趣味に生きるのがあさぎの新しい人生での目標であった。

 客は選別出来たはずだった。そう思っていたのに慢心で失敗したか、あさぎはの心の中で舌打ちした。


(まさか王族関係者に知られるとは……マズいゾマズいゾ、この前出したとっしー本はこの国の外で出した誰も知らない知られちゃいけないご禁制本……あれがバレた?)


 その心中の表情から相当関係者にはみせられない本なのは間違いなかろう。


(でもでもでも新撰組イベでこっそり密売した本はレーティング下げて全年齢にしていたし、とっしー関係ないからセーフ、セーフ!)


 あさぎは素数を数えながら冷静さを取り戻そうとする。途中で素数が分からなくなって単純に百まで数えただけだった。

 もうこうなったら、しらを切るしか無い。あさぎは覚悟を決めた。


「サテ ナンノコトデショウ」

「なんで急に棒読み」

「ウスイホンって文字通り薄いだけの本ですよね、魔法の本か何かでしょうか」

「奥付」

「はい?」


 そういってユイ姫は小脇に抱えていた革袋から、紙が古くなって少しよれよれになった一冊の同人誌を取り出した。表紙には十字の槍を持った鎧姿の姫騎士が執事のイケメンオークに抱きついて笑っている絵が描かれていた・


「あさぎの名前書いてあったわ」


 あさぎには見覚えがある同人誌だった。確かに昔、自分が描いた同人誌である。


(まってわたしーっ! いつもの調子で奥付に署名していたのぉぉぉぉ!! せめてペンネームで統一してなかったのぉぉぉぉぉぉぉ!!)


 思わず頭を抱えてその場にうずくまるあさぎだったから、やがて、はて、とあることに気づいた。


「……姫様、待って。この本、この世界では発行してない、同人活動始めた頃に出したラブコメ本よ?!――そう、元いた世界のコミケで出した本よ……!?」


 自分の本を二度見するあさぎだったが、そこで本の状態にようやく気づいた。


「それにしては古い……何でそんなものがっ!」

「実はね、

「はい?」

「この間から気になっていたのだけど、あさぎの名前どこかで見たことあると思ったのよねえ。

 で、城に戻って調べたら、お母様の書斎で昔見たことを思い出してね、確認したらこの本があったの」

「ええ……?」


 あさぎは困惑した。何故この自分が描いた同人誌がこの世界にあるのか、そして何故こんなに古くなっているのか。

 それ以上に、不安を募らせる要素があった。


「……っておっしゃいましたよね?」


 あさぎがそう訊くと、ユイ姫は革袋の中から一本のサインペンを取り出し、少し紅潮した満面の笑顔を浮かべた。


「先生、子供の頃から、ファンでした! サインください!」


 不意に、あさぎの脳裏に、ブースで同人誌を手売りしていた時にサインを求めてきた少女の顔が浮かび、ユイ姫と重なる。全く似ていない顔なのに笑顔はよく似ていた。久しく忘れていた懐かしい光景だった。


「あははは……どうしてこれ……」

「昔、お母様が若い頃にどこかの神殿で見つけた箱の中にあったそうで、気に入って持ち帰ったものなの。私も子供の頃から読んでてね」

「は、はぁ」


 あさぎは以前、鞘から送られてきたサバ缶の一件で漂流物のことは知っていた。どうやら自分が描いた二次創作ラブコメお笑い同人誌を、どこかの誰かが仕舞っていた箱が時空を越えてこの世界の過去へ漂着していたようである。

 それがまさか王族の、異世界へ転移していた土方歳三が娶った奥方とその娘の愛読書になっていたとは。あさぎはこの世界のヤバさを改めて痛感した。


「ど、どうも……」


 あさぎは冷や汗と引きつった笑顔でサインに応じてみせた。サインペンも恐らく漂流物のひとつなのだろう、懐かしい書き心地がした。


「いやぁまさか推しの先生がこの世界に居られるとは思いもしませんでしたわ」

「話には聞いていましたが、そんな事あるんですね……」


 とりあえず危ない本のことがバレていないようで一安心するあさぎだった。


「コレ、続きとか描く予定あります? 先生が出すなら我が国の印刷屋で支援しますわよ」

「ぜ、ぜ、善処します」


 あはは、と笑って誤魔化したいあさぎだった。国家が同人活動を支援するとか何のギャグかと思ったが、よく考えたら元いた世界の日本でもオタクに理解を示す議員が増えていた事を思いだし、こういうのも立派な文化なんだなあ、と懐かしむように振り返っていた。


「それと」

「はい」

便

(バ レ て る ―― っ っ !?)


                     了

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