ラブコメのコメって何

名苗瑞輝

ラブコメのコメって何

大翔ひろとは持ちネタあるの?」


 突飛な質問に俺は小首をかしげた。

 そんな俺に阿部あべはこううた。


「関西出身なら持ちネタくらいあると思った」

「いやいや、んなわけあるかい」


 すると阿部は佐藤さとうを指さした。


「でも同じところから越してきた佐藤はコメディアン」

なんそれ、佐藤がコメディアンてどういうこと?」

「前に大翔は『佐藤はラブコメの主人公』と言っていた。ラブコメはラブコメディの略だからコメディアン」

「なんでやねん」


 思わずベタなツッコミが出てもうたけど、これでチャラにならんかな。……ならんか。


「じゃあラブコメのコメはコメディではない?」

「いや……コメディやろ。せやかて……」


 佐藤のそれは果たしてコメディと呼べるのんか。傍目に面白おもろいとは思たけど、何が面白かったんか。

 直ぐには答えが出んかって、ちょっと考えた。

 結果、出た結論は――。


「佐藤さ、ここ数ヶ月で面白かったことって何かある?」

「何だよ薮から棒に」


 ――本人に聞いてみることにした。

 もちろん佐藤は面倒くさそうな態度をみせた。せやけど、こいつはなんだかんだ言うて話には乗ってくれる。


「あー……大城戸おおきどの尻が割れた話とかか?」

「いやそれは大城戸の面白い話……って何なんそれ、知らんねんけど!?」

「悪い、これ大城戸に口止めされてたやつだ」

「めっちゃ気になるわ……」


 後で大城戸に聞いてみよ。そしたら佐藤が怒られるかもやけど、まあ知ったこっちゃないわな。もちろん佐藤は「本人に訊くなよ?」と釘を刺してきたけど、そんなんフリみたいなもん


「ともかく、佐藤自身の面白い話はあらへんの?」

「あっても言うわけ無いだろ」

「別に恥ずかしい話以外にもあるやろ?」


 例えば、とか言いかけたとこで、ラブコメのコメディー要素が何なんか考えてみた。


「ラッキースケベで乳でも揉んだ?」

「あー……」

「それか……って、何その反応、ホンマ?」

「い、いや、それが面白い話とは思えないんだが」

「本人に聞いたんがあかんかったわ。やっぱり客観的な面白さなんやな」


 そうなったら佐藤に用はあらへんし、他当たろ。そう思たけど佐藤に「結局何なんだよ」と問い詰められた。

 まあ隠すこととちゃうしと経緯いきさつを話したら、「そう言うの詳しそうな奴がいるだろ」ってスマホで誰かに連絡を入れた。

 それから佐藤のスマホが震えるまで時間はかからんかった。その長さで、多分メッセージの受信やなくて着信やと判る。


「わざわざ電話するなよ」

『その方が手間が省けるだろう?』


 スマホのスピーカーから声がした。俺にも聞こえるようにスピーカーホンにしたっぽい。

 聞こえてきた声には聞き覚えがあった。佐藤の元カノ、俺の妹の先輩、そんで俺が推す配信者。確か坂城さかき陽菜ひなって名前やったかな。


『それで、ラブコメのコメについてだね。コメディにもいろいろあるけど、ここではスラップスティックコメディとシチュエーションコメディが当て決まるかな』

「どう違うんだ?」

『スラップスティックコメディはいわゆるドタバタ劇だね。蹴ったボールが外れて壁に当たり、跳ね返ったボールが顔を掠めたのに驚いて尻餅をついたらそこに何かがあって痛い思いをした、みたいな感じとかかな』


 何かさっきの大城戸のケツが割れた話を具体的にしたみたいな話やな。佐藤の方を見ると、ちょっと憔悴したみたいやった。


『まあこれはギャグ漫画みたいなやつだね。ラブコメに当てはめるなら、偶然が重なってのラッキースケベとかがメインといったところかな?』

「お前どこまで知ってんだよ」


 多分、今の佐藤と俺は同じ気持ちやと思う。まるでさっきまでの話を聞かれとったみたいな物言いに、背筋が凍りそうや。

 そのことから目をそらすつもりで、聞いた話について考えた。そんで思たことがある。


「せやけど佐藤って、そこまでラッキースケベでも無いのと違う?」

『キミが観測してる範囲ではそうなのかもしれないね。だからもう一つのシチュエーションコメディの話になるのさ』

「流石にそれは名前からして、状況を可笑しくするってことか?」

『そうだね。スラップスティックは所作がポイントだけど、シチュエーションは置かれた状況、例えばラブコメの何たるかを学ぼうと東奔西走する様子だとか、ラブコメなら二人のすれ違いやライバルの登場だとかがシチュエーションになるかな?』

「それやと恋愛モノと違いはあらへんのと違う?」

『ラブコメは恋愛モノに内包されるだろう? すれ違いがきっかけで悪い方向に進んでで緊張感が生まれたらラブサスペンス、単にすれ違って本人たちが踊らされてるだけならラフコメディ。つまるところ、結局は笑える状況か否かということになるね』

「それは……随分曖昧っていうか、観測する人間によって捉え方が変わらないか?」


 確かに佐藤の言うとおりやと思う。それこそ今の元カノ呑気に話してる状況、俺はアホらしいとは思うけど、見方によったらヤバい気もする。


『まあ過半数が笑えればそれはコメディさ。それを迎合できないからラブコメというジャンルを苦手とする、なんて人も少なくないようだけどね』


 てな感じでラブコメの何たるかは解った。

 このことを安倍にも話して、まずは佐藤はコメディアンとか言う誤解をといてやることにした。


「確かに佐藤の状況が面白いと紗理奈も言ってた」

「解ってくれたか」

「それはそれとして大翔は持ちネタないの?」


 そう言や本題は持ちネタの有無で、佐藤の話や無かった。

 ただ、無いって言うんも面白ない奴思われてちょっと癪。


「関西出身やから面白いこと求められるんが持ちネタやな」

「そう」


 振り絞った答えに対して安倍はすぐに淡白なリアクションをみせた。完全にスベったわ。

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ラブコメのコメって何 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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