笑わせたい男と笑わない女

OFF=SET

第1話

 笑う――――

 笑うと、元気になれる。

 大きな声で笑うと、嫌なことを忘れられる。


 なんて素敵なんだ――――



 でも、笑うと……







「俺、お笑い芸人になろうと思う」



 高校生活も一年が過ぎると、入学当初の初々しさは微塵もなくなっている。アチラこちらで他愛もない話をしているクラスメート達を一掃するように声を張った。



阿妻あづま? 何言ってんだよ急に」



 一番近くにいた山野やまのが反応した。



「いや、お笑い芸人に――――」


「そうじゃなくて、なんで芸人になりたいのかってこと」


「そりゃお前、お笑いは人を笑顔にさせる、それって素晴らしいことじゃね? そうだ、お前相方にならねぇか?」


「だったらさ、このクラスの全員を笑わせられたら、相方になってやるよ」



 山野の言葉に「よし」と、頷きもう一度周囲を見渡す。いくつかのグループがあり、すでに笑いながら話していた。

 俺は大きく息を吸い込む、



「おーい、みんなー、笑ってくれー!!」


「は?」



 俺はマジックを取り、腹に目と口を描き、腹躍りを披露した。山野の唖然とした表情の後ろで、女子グループが『ドカン』と笑った。それにつられるように笑いは誘爆しついく「え? なんで?」と、言いながら笑っている奴や「バカじゃない?」と笑う女子。


 こんなことでクラスの大半を笑わせることができるだなんて、俺はやはり才能があるのではないのだろうかと心が踊る。



「ほら見ろ、山野。俺にはやはり才能があるんだよ」


「ねぇよ。みんな愛想笑いだよ、その証拠に見ろ、佐竹さたけを」



 指を指した先には、クラスで一番地味な佐竹由里さたけゆりがいて、彼女は俺が見ると直ぐに目を伏せた。



「山野、もしやあいつも?」


「ったり前だろ?」


「マジかぁ」



 黒淵メガネに日本人形のような長髪。体の回りに暗いオーラを身に纏っているような佐竹。

 勿論彼女の笑っている表情どころか、喋ったことすらない、というよりも、存在感すら無くて、今までいることにさえも気が付かない程だった。

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