異星人ー、うしろうしろ!
千石綾子
ジャスミン星人がやってきた
ジャスミン星人が地球にやってきて、今日で丁度一カ月になる。街はお祝いムード一色だ。
ジャスミンというのは彼らの体臭から名付けられた俗名で、実際の名前は地球人には発音できないのだそうだ。彼らに近付くと、ジャスミンティーのようないい香りがする。見た目は肌がほんのりと緑色がかっている以外はあまり地球人と変わらない。
彼らはとても友好的で、そして恐ろしいほどに発達した科学力を持っていた。蔓延していた新型コロナウイルスを完全に治療する技術も、無償で提供してくれた。他にも農業技術や環境問題など、我々地球人が課題としていた事柄にその優れた能力で取り組んでくれている。
「ジャスミンの民は救世主だ!」
色とりどりの風船を持って、肌を緑色に塗った地球人たちがパレードしながら口々に叫ぶ。
「我々の善き友、ジャスミン星人に幸あれ!」
人々は深く感謝していた。地球人が他の星の知的生命体と対峙する時、それは戦いを意味すると心のどこかで思っていたからだ。なのにまさかこのように全面的に友好的な種族が存在するなど思ってもみなかった。
唯一地球人が不思議に思ったのは、彼らが科学や医学などの研究以外にはとてつもなく疎いということだった。
芸術、文学、スポーツなど、地球人が娯楽、教養として嗜んできたものには初めて触れたらしい。はじめは「必要性が理解できない」と拒絶反応さえ見せたが、街に流れる音楽やテレビで流れているオリンピックの様子を見るうちに、その楽しさに気付いたようだ。
そうなると後はもうどんどんと吸収していった。遊び盛りの子供のように時間を忘れて娯楽に夢中になっていったのだ。
ジャスミン星人は身体能力も桁違いに優れていた。彼らはまずスポーツに興味を抱き、地球人の真似をしてマラソンや体操、乗馬などありとあらゆるものに挑戦しては地球人が持つ記録を遥かに上回る数字を叩きだした。
そのうちに絵画や音楽にも興味を持った。彼らの作風は独特だったが、生み出されるリズムや色彩は魔法のように人々の心を揺さぶった。
これは数字を取れる、と踏んだテレビ局がこぞってジャスミン星人を雇い始めた。全て任せるという約束で番組を作らせてみたのだ。彼らは日本の伝説的なお笑い番組を見て研究し、とびきり面白いと自負するお笑い番組を制作した。
そうして一周年記念日のゴールデンタイムに生放送で番組が始まった時、世界中の人が期待を込めてテレビの前に集まった。
コントが始まる。
探検隊の恰好をした数人のジャスミン星人が舞台の上でお笑いの小ネタを繰り広げる。所謂お約束と言われるようなネタも、異星人がやると一周回って新鮮だ。人々は皆大笑いした。
隊員たちとはぐれた一人が崖の上から垂れ下がった蔦を引っ張った。すると。
──ぐしゃり。
たらいの形をした鋼鉄製の物体がジャスミン星人の芸人を直撃した。彼は壊れた人形のように、歪な形のままたらいの下敷きになった。
悲鳴と笑い声が同時に起こる。
悲鳴をあげているのは地球人。爆笑しているのがジャスミン星人だ。
「放送事故だ! カメラを止めろ!」
地球人のディレクターが蒼ざめて駆け付けた。そこに今度は大きな石が坂から転がってきた。ディレクターはなすすべもなく巨大な石に潰された。ジャスミン星人のスタッフたちはそれを見て更に爆笑する。
ジャスミン星人は知らないのだ。地球人が彼らと違って細胞レベルから再生することができない事を。彼らが見たお笑い番組の小物が軽いもの、またははりぼてだという事を。
翌日からジャスミン星人は過激な番組を見ることを禁じられた。
「何であんなに面白いものを見ちゃいけないんだ」
ジャスミン星人はこぞって抗議の声を上げたが、撤回されることはなかった。
いつの時代にも過激な番組を禁じられる理由は『
了
(お題:お笑い・コメディ)
異星人ー、うしろうしろ! 千石綾子 @sengoku1111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます