完全記憶の魔法使い~元社畜の救世譚

よるのぞく

1.転生

 

 唐突だがおれは25歳で死んで異世界に転生した。


 察しのいい皆さんはこれからおれの転生前の回想が始まるって、すでにお気づきだろう。


 

 おれが前はどんな人間で、どう死んだのか。

 死んだ本人の目線で語られるってどうなんだろう?


 あくまでも冗長な自分語りの域を出ないと思う。



 だから読み飛ばしちゃっても構わない。



 おれも自分の死に方を言い触らす趣味はないし、ちょっとジメっとした話だから気分が暗い人にはおすすめしない。




 でもこれだけは押さえておいて欲しい点が一つ。




 おれは平和な日本で、上司に刺されて殺された。




 いやいや別にやばい仕事はしてないよ。

 おれはサラリーマンだった。

 それも社畜と呼ばれる類の真面目な社員だった。




 今にして思えば真面目過ぎたのかもしれない――




「――おい!! 喜多村!! てめぇなにちんたらやってんだよ!! さっさとやれや!! あぁ、文句でもあんのか? てめぇ残業すんなよ? わかってるよな?」



 この怒鳴っているパワハラ野郎の方じゃないよ。

 怒鳴られている喜多村の方がおれだ。


 恥ずかしっ!




 この上司、荒木課長は本当にこんな奴が居るのかと思うぐらいにひどい奴だった。


 仕事が増える度タイムカードを切って居残り残業!

 休日、夜中も容赦なく呼び出し!

 台風で外出禁止令が出ていても、出勤!



 おれがミスをしているのならまだわかるが、荒木が成績を上げるため無理な契約を持ってくる。




「お前の代わりなんていくらでもいるんだからよぉ。仕事しようぜ。どうせそれ以外やることねぇだろ? わかってるよな? お前に厳しくしてんのはお前の為なんだよ。分かってるよな?」



 そう言って仕事を押し付けるのはいつも数人で、他の者に対しては気前のいい頼れる上司で通している。

 恐ろしいほどに露骨で効果的な構図。


 パワハラを受けていない者は恐怖で従い、受けている者は従う他ない。




 つまり、生贄制度だ。




「ああああああっ!」




 ある時、新卒の女性社員が限界を迎えた。




 深夜、終わらない仕事に叫び声を上げた彼女を、おれには救う勇気が無かった。



 これが一番よくなかった。



 事態が好転するのを、誰かが良くしてくれるのをただ待っていたんだ。




 でも、その時は来た。




 クズは会社をクビになった。

 あと会社に訴えられた。

 取引先に水増し請求して――とにかくばっちり不正して金を横領し続けていたらしい。

 その取引を一人で処理するため、他の業務をおれたち生贄組に押し付けていたようだ。



「――実は私が内部告発したんです」



 そう言ったのは、限界を迎えていた女性社員だ。彼女が組合と本社に宛てて、パワハラとセクハラを訴えたらしい。


 その調査で横領が発覚したというのだから、まさに自業自得だ。



「でも、告発するなら喜多村さんにして欲しかったです」




 この言葉がぐさりと胸に刺さった。



 性分だろうか、人と真っ向から争うのは苦手だ。臆病なのだ。

 だから狙われた。



 その日おれたち元生贄組は遅くまで飲み明かした。

 おれたちはそれまでの鬱憤を吐き出し、時に涙を 流しながら笑いあった。



 イエーイ、やったぜ!

 ビバ、コンプライアンス!!

 ざまーみろ荒木!!

 ーーーってね。


 満たされた気持ちでおれは帰宅した。



 だが、その帰り、夜道で見たくない顔と出くわし酔いが醒めた。




「てめぇ、わかってるよな? 全部無くなった。てめぇのせいでッ!!!!」




 ドス……っと腹部の違和感に体中の血の気が引いた。



「う゛っ……?」


 荒木に握られたナイフor包丁が、おれの腹に突き立てられていた。

 おれは倒れ込み荒木は馬乗りになって刺さったそれを引き抜いた。



「う゛ああああ゛ッ!!!」


 激痛と恐怖で叫ぶ。

 荒木は奇声を上げ、刃物は何度もおれの身体に穴をあけ、血を噴出させたのであった。



 ――なんて、冷静に語っているけど、正直この時のことはショックでほとんど覚えていない。暗かったし、突然のことで、たぶん一分ぐらいの間におれは死んだだろう。



 でも、最後に見たものだけは今でもハッキリ覚えている。




 それはおれの血を浴びたクズの満足そうな下卑た笑い。

 おれは混沌とした感情と共に闇に飲み込まれた。









 ここまで読んでくれた皆さん、「あれ?」って思ったよね?


 おれもだ。



 おれはこいつに逆らうことができずに従っていた。

 なのに、なぜおれに恨みを晴らすかのような言動をしているのか?

 おれに荒木を刺す動機はあっても、荒木には無いはずだ。


 これは推測だが、こいつは告発者がおれだと勘違いしたんだろう。

 刺す前に確認しろよ。



 こうして、喜多村誠一の二十五年の短い生涯は終わりを遂げた。

 あっけない最後だった。

 壮絶でも無い、何とも情けない最後。



 人生において何も成し遂げてなどいない。

 何者でもないまま死んだ。



 しかも勘違いでだ。

 これが一番やりきれない。



 浮かんだのはあの子の言葉。


 ――告発するなら喜多村さんにして欲しかったです――




 逃げて、挑むことからも逃げた結果がこれだ。

 ただ、堅実に無難な人生を選択してしまった。

 これはおれが半端な臆病者だから起きたことだ。



(生まれ変わったら絶対に受け身な生き方なんてしない。貪欲に知識と技術を身に着けて理不尽に対して徹底的に対抗してやる。もう二度とあんな下卑た笑いをさせはしない!)




 そんなことを思いながらおれは眼を覚ました。





「……?」



 気が付くとそこはベットの上だった。


 見慣れない天井。

 触り心地の悪い布。

 不自由な体。


 おれは様々な想像を巡らせ、辺りを見渡して情報を探した。


 おれを抱き寄せる女性。

 見慣れない建物。

 見慣れない人、動物。

 聞きなれない言葉。

 ファンタジックな生活様式と世界観。


 放心していたためどれだけそうしていたのかわからない。



 おれがそれを理解するまでにかかった時間は約二週間というところだろう。




 おれは異世界に転生していた。




■ちょこっとメモ

荒木はその後逃亡し逮捕されていない。

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