変身

窓百 紅麦

第1話 欲望の結晶

 この世界から魚が消えて、もう四十年以上が過ぎていた。だが、まだそれらの味を懐かしみ、どんなに高価でもいいから食べたいと願う者たちは大勢いた。


 緒方洋一は、単にそれらの肉の味だけではなく、姿かたち、匂い、全てを完全に再現させることを試みた。そしてみごとに、成功させたのだった。


原材料は遺伝子操作したミミズ(緒方は、それをDWと名付けた)だった。DWは、緒方が開発した薬品の中に入れると、完全に合体し、まるで粘土のようになった。そのため容易に思い通りのものが作れるのだった。



 緒方の会社(OCカンパニー)は、彼の思惑通りに大儲けした。金持ち達は、昔の様に目の前で捌かれるマグロや鯛を見て、大いに喜んだ。そして惜しげもなく、それに大金を払ったのだった。


 だがそれから三年を過ぎたころ、DWが全く合体しなくなってしまったのだ。


「突然、 一体どうしたんだ? 」


緒方は焦った。


<たくさん予約が来ているというのに・・・・・・>


やがて事態はさらに悪くなってしまった。養殖所にいた何千億という数のDWが、一晩のうちに一斉に消えてしまったのだ。


「捜せ! 捜せ! 一匹残らず、捜し出せ!」


緒方は、DWの秘密を他社に知られるのを恐れた。


<合体前のDWは、容易に秘密を解読することができる。長年の苦労の結晶を、むざむざ他の会社に渡してたまるか!>


 緒方はDW特有の匂いに反応する虫を、必死で開発した。それらは姿ばかりか、獰猛な性質もスズメバチによく似ていた。彼はそれをVKと名付けた。


<こいつらなら、絶対に獲物を逃さないだろう>


だがそれは、ほとんど機械のようなもので、動きをコントロールすることができた。しかもその目で見たものは、直接会社のモニタに映し出されるようになっていた。


 まもなく驚くべきものを発見した。それは手の親指になったDWだ。しかもそれは、人間のものだった。


<まさか、あいつら人間になる気なのか?>


それは緒方にとって、大きな衝撃だった。


<もしかするとDWは、意思を持ってしまったのか?>


自分たちで、勝手に何かに変身することなど、考えられないことだった。





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