転送

「これ…は…!?」


 六角形のガラスに閉じ込められた私の頭上、天井とガラスの壁を直角に斜め向きでこちらを向いている少女がいる。

 ……いや、少女、"人間"と表現するべきなのか?この、【頭】と【右腕】しか無いものを。正確には、人間とおぼしきパーツは頭と鎖骨が見える首、肩口から伸びる腕のみで、他は白、金、黒色などのノイズにも見える微粒子が無数に漂い、それをモヤのような白い何かで覆われ、人間のシルエットが形作られている状態だった。

 それが、天井からレーザーのような糸ほどの細い光が身体のあちこちに照射され、それで十字に吊るされているような体勢で空中に浮き、こちらを向いている。

 だが、なぜかグロテスクなバラバラ死体や、マネキンのような無機質な"モノ"などといった感じには見えない。目をつむっており、まるで生きて眠っているように見える。


「生きて…いるの……?」


 よく見ると、顔立ちは幼さが見えるものの整っており、髪は腰よりも長く、強い癖毛であちこちが反り返ってはいるが、その色は鮮やかなブルー。年齢は若い。おそらく10代半ばといったところか。一見、不気味ではあるものの、美しい少女だった。


「私の声、聞こえる…?」


 声をかけたが反応はなく、眠るように目をつむっているままだ。位置は3メートル程の高さで、手は届きそうもない。


 ガラスケースに閉じ込められた自分と、奇妙な頭と右腕だけの少女。謎は深まるばかりだ…


 少女の顔を見つているなか、突如ブザー音が鳴り響いた。


「っ!!?」


 ほぼ静寂だった中でのあまりにもの唐突さだったので、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「なにっ!?なんなの!?」


 続いて、機械的な音声が流れる。


『No.7 シークェンス2AL 失敗。』


「違うっ!!今のは違うんだ!!」


 突然起き上がり、叫び声を上げたのは、あの隣のガラスボックスの男だ。


「もう一度やらせてくれ!!次は必ず成功させる!!」


『No.7 ドール廃棄。 コーディネーター記録共に抹消』


「やめろ!!やめろおぉ!!うあぁぁぁぁ!!」


 男は苦しそうに悶え始める。やがて、プツン、と糸が切れたあやつり人形のようにその場に崩れ、動かなくなった。その男が入っているボックスには、こちらと同じように顔と右腕だけの子供の姿が見える。こちらは少年のようだ。その少年の顔と右腕は、他の身体の部分と同じように粒子とモヤの集合体に変わっていき、そして霧散した。

 隣のボックスは、男が一人倒れているだけの何も無いただの箱となっていた。


「ちょっと!!何が起こったの!?返事をしてっ!!ねえ!!」


 必死に声をかけるも、男が再び動く様子は無い。あの崩れ方といい、先程の寝ている時とは違う。もはや生きているとは思えないのは素人目にも明らかだった。


「ちょっと!!誰か!!誰かいないの!?」


 壁を思い切り叩くが、ビクともしない。

 ブザー音は止み、再び音声が流れる。


『No.8 シークェンス2AL 開始』


 No.8…?今、男が倒れた隣のブロックはNo.7と言っていた…!まさか……!!


 ブウゥゥンとボックスに流れていた低い周波数の音が上がっていく。吊るされている少女の身体全体が光に包まれていく。


『シークェンスカウントダウン』


 これは……!私だ!私に何かが起ころうとしている…!!


『3』


 私のボディースーツも同じように光り始めた。鳴り響く音も上がっていく。


『2』


「なんなのこれは!?ねえ!!誰か!!」


 壁を叩き大声で叫んでも、その声はボックスの音にかき消される。少しずつ視界がおぼろげになってきた。


『1』


 自分もあの男のように突然殺されるのか!?何も記憶が無く目が覚めて、わけも分からず殺されるのか!?何故!?なぜ!?


『シミュレート開始』


「うあああぁぁぁっ!」


 視界が光に包まれると共に、私の意識も消えていった。

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