余命宣告

桝克人

余命宣告


 ずっと一緒に暮らしている大好きなおばあちゃんが倒れた。

 年齢からくる体の不調で長年通院していたけれど、それなりに元気に暮らしていた。ごはんも食べるし、年齢のわりに庭の手入れなど体も動かしている方だった。近所でも元気なおばあちゃんだと評判だった。

 そんなおばあちゃんが昨夜食事中に蹲って倒れてしまった。お父さんはすぐに救急車を呼び、看護師のお母さんは気道の確保とかしていたと思う。それなのに私はすっかり動転しちゃってただ泣いてばかりで何も出来なかった。


 幸運にも救急車はすぐにやってきた。待っていた間もずっと励まし続けていたお母さんは救急隊員と共に救急車に乗り込み、お父さんと私は自家用車で追いかけることになった。

 私はずっと泣きながら震えていた。嫌な予感ばかりが頭を占めている。大丈夫だよねと訊ねてみたかったが、バックミラー越しに憂い顔をしたお父さんを見て私は口を噤んだ。

 大きな市民病院に着くとおばあちゃんの検査が始まっていた。暫く誰もいない薄暗い待合室でお父さんと座って待った。途中お父さんも主治医に呼び出され私は一人残される。時々廊下を歩く看護師を目で追ったりする以外は、ずっと時計とにらめっこをしていた。時間がやけにゆっくり進むので、不安が膨張するばかりで気持ち悪くなった。

 どれくらい待っただろう。体感では何時間も経っている気がする。途中お父さんが戻ってきて温かいお茶を買ってくれた。そのお茶もすっかりぬるくなっている。

 両親揃って待合室に戻って来た。お父さんは顔面蒼白で、お母さんも眉をぎゅっと寄せていた。そして残酷な現実を包み隠さず私に知らせた。


『余命半年』


 病状などは全く理解が出来なかったが、その言葉は確実に私の心を殴りつけたのである。


 何日も眠れない日が続いた。おばあちゃんは忙しい母の代わりに傍にいてくれた。嬉しいときも悲しいときも、時には叱られることもあったけれど、おばあちゃんはずっと私に寄り添ってくれた。家にいない日なんて殆どなかった。

私は欠かさず病院にお見舞いに行った。忙しい両親に代わって日用品を運び入れるなどお世話がしたかった———いや、ただ寂しかったのだ。おばあちゃんを見ては涙腺が崩壊し人目をはばからず泣いた。病気と闘うおばあちゃんは私の頭を撫でてくれた。


 一か月くらい経った頃、おばあちゃんは声をあげて笑っていた。体を起こし、備え付けてある小さなテレビを眺めている。


「何見てるの?」

「漫才よ。とてもおかしいの」


 テレビを覗くと、老若男女に人気の若手漫才師がスタジオをどっと沸かせていた。お笑い芸人って早口のイメージだったので聞き取れるのかと訊ねた。おばあちゃん曰く、他の漫才師に比べてわかりやすいそうだ。

 おばあちゃんはすっかりやせ細ってしまっていたが、今日は血色が良い気がした。


 帰りのバスの中、直ぐにスマホを取り出した。おばあちゃんが気に入っていた漫才師のDVDを取り寄せようとネット通販サイトを漁った。数本の中から一番評価の高いDVDを一枚購入することにした。金額はそこそこだったけれど、ギリギリお小遣い内で済みほっとする。その足でコンビニで先払いをし、あとは待つだけである。


「荷物が届いていたよ」


 次の日、学校から帰るとお母さんは未開封のままダイニングテーブルに置かれたDVDを指さした。私はスクール鞄を床に放って、封筒を即座に開ける。


「どうしたの、それ」


 おばあちゃんのことを話した。病室で見れると良いんだけどと話すとお母さんは考え込んでDVDを見る環境を整えられるか訊いてみると言った。


 主治医は迷うことなく了承した。運のいいことに本来二人部屋の病室だが、一人で使っている。音量にさえ気を付ければ構わないと心よく承諾してくれた。

 おばあちゃんは喜んでプレゼントしたDVDを見て過ごした。おばあちゃんは声をあげて笑っていた。目の前に迫る死なんてないように思える程けらけらと楽しそうに笑った。


 おばあちゃんは余命宣告されてから極力楽しく過ごしたいと言うようになった。病院で行われるイベント事にも積極的に参加したり、本を読んで過ごしたりと、日々ゆっくりと、そして大事に生きていた。時々家に帰ってくることもあった。

 生きる気力が最期まで続いた。


 先月におばあちゃんは安らかにあの世へと旅立った。余命宣告を受けて二年後のことだった。

 お葬式の日、主治医も最期の別れを言いに来てくれた。そして家族にこう言った。


「私の見立ては見事に覆りました。笑うことが生きる気力を引き出してくれたんだと思います。お孫さんがお笑いのDVD、それもおばあちゃんが好きな芸人さんのを選んでプレゼントしたことは、僕たちが処方する薬に勝るものだったと確信していますよ」


 笑いは心の栄養分、医療に負けず劣らない最高の看病だったと褒めてくれた。彼はこれから病院でも笑いの取り組みを検討すると言った。DVD一枚がきっかけになったことが誇らしかった。


 おばあちゃんが好きだった漫才師、彼らに弟子入りを申し込むのはまた別のお話。

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余命宣告 桝克人 @katsuto_masu

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