七話 ここは地獄

 この世界には神性という法則……そうだ。エクスィナもそのようなものだな。実際は少し違うのだが、世界がその世界の発展のために作り出したシステムだと考えてくれ。


 どうやって世界が発生するのか、私でも未だに分かっているわけじゃない。昔、それを推測した奴はいるがな。


 でだ、新たに生まれた世界は、私が生まれた世界を元に違う法則を加えようとした。


 世界樹の実は幻力――魔力などといった非実体的エネルギーのもとを宿していてな。だから、その世界の意思はそこに世界の孔が開いたのだろう。


 で、偶然居合わせた私が飲み込まれた。


 ん? いや、世界の意志と言ったが、世界自体に意識があるわけじゃない。


 そうだな。植物は主に太陽の光を浴びるために葉っぱの位置を変えたり、枝を伸ばしたりするだろう。アレだって意志はない。


 つまり、そういう複雑なシステムみたいなもの。


 世界樹の実と共に飲み込まれた私は、世界によって神性を植え付けられた。


 理由は新たに作り出した法則――つまり幻力のデバックだ。


 世界だって完璧じゃない。生まれたての世界は不安定なんだ。そこに未知の法則幻力を付け足そうとしてる。必ず不具合がでる。


 その時のために、幻力を消し去れる存在がいた方がいいだろう?


 で、それが私だ。


 だが、生まれたての世界は何をとち狂ったのか、私を普通に神にしてその能力を押し付ければいいものの、私に『不変』を押し付けたんだ。


 いや、そもそも神性という法則自体もその時初めてできたから勝手が分からなかったのだろう。そのあとは『不変』ではなく、『不滅』になったのだし。


 どっちにしろ世界は、私が元居た世界を絶対不変のものにしたんだ。そしてそれに反する幻力を打ち消す。


 ただ、その不変は私にも及ぶ。


 いわば、十九歳の人間の女性のまま生き続けろということだ。幻力を消し去る以外の特別な力は使えず、非力な女性のままな。死んでも元通りになる。


 なのに、世界はこの見た目だけは変えたんだぞ。元の平凡な女性の容姿のままなら、悲劇の百や千はなかったかもしれないのに。


 ……まぁそれはいいか。


 つまり、馬鹿なんだ。世界は。


 普通、神性を持った存在は不滅であるが故に痛みも感じない。死に関しての恐怖ももたない。不滅っていうのは何度も甦るだけで、死なないわけではないからな。


 他にも色々と肉体的に強かったりするし、精神構造は違うし、特別な力も持っている。そもそも住んでいる空間も違うしな。


 私はそれらを与えられていない。非力で死の恐怖にずっと蝕まれて、それで何度も死ぬんだ。


 それだけじゃない。


 人間は苦しかったらそれを逃すために精神構造が変化する……端的に言えば壊れる。最も分かりやすい例を上げれば、善人が人を殺す罪悪感に耐えられなくなって、人を殺しても何も感じなくなるようにな。罪悪感自体が発生しないようになるんだ。


 なのに、私は変化しない。どんなに気が狂いそうな事になっても気は狂わないし、罪悪感はずっと感じ続ける。


 ただ、その変化しないもよくできている。記憶はできるし、経験などは積み重なるものだ。さっきの言葉を言えば、罪悪感を受け流せるようになるんだ。


 たぶん、構造が変わらないのだろうな。


 ……そんな顔をするな。泣くな。泣かれる事なんてない。私はそんな存在じゃない。


 というか、酷いではないか。さっきはあんな意地悪を私に言ったのに、なんでそんなに悲しい顔をするんだ。お前こそズルい。


 いや、いらない。その守護の結界はお前が使え。大丈夫だ。


 ……確かに猛烈な痛みはあるが、直ぐに元通りになっている。大丈夫だ。言っただろう。経験は積み重ねられると。我慢はできるんだ。


 ……と、それはいい。


 そしてその世界に放り込まれた私はその世界の幻力……確か魔力だったはずだ。それの不具合を何度も消し去った。


 いや、いいだろ、それは。大して面白味もないし、ありふれた話だぞ。


 ……分かった。話す。


 まず、とある星に放り出されてな。大雨は降ってるわ、太陽はないわ、溶岩が地底のそこから湧き続けてるわ。


 世界の終わり、まぁ実際には星の始まりなのだろうな。そこで何度も死んで、甦って。溺れ死んだり、溶岩で焼け死んだり。そもそも呼吸すらままらなかったから、数分間に一度は死んでいたな。


 なんせ普通の十九歳の女性だからな。あ、今も十九歳の女性だぞ。十九歳を幾星霜積み重ねてきただけだ。ピチピチの十九歳だ。


 だよな。うん、だよな。普通、分かるよな。なのにアイツときたら……


 ……ああ、ナオキだ。


 この話題は止めよう。


 でだ、唯一助かったのは食事をしなくてもいいってことくらいか。水も必要ない。だから飢え死にだけは今まで一度もないな。それ以外ならほぼ網羅している自信はあるが。飛んでいる途中にぽっくりった鳥が私の頭に落下して死んだこともあるな。たぶん、首の骨が折れて――


 ……止めてくれ、冗談だ、冗談。そう真に受け取るな。


 下手? いや、私はもうそれは多くの人たちと言葉を交わしてきたから冗談が下手なわけではない。お前が真に受け取りすぎるのが悪いんだ。冗談が下手なわけがない。


 ……どうも雪と話していると話が逸れるな。もっと簡潔にするか。


 なに怒ってるんだ。雪、お前は早くあの男と戦いたいんじゃないのか? そういえば、あの男がその混沌の妄執ロイエヘクサの仇になる理由を聞いてなかったな。


 それは後?


 分かった。

 

 それから人が生まれて死んで、生まれて死んで。


 どうも世界は残酷らしくてな。神として必要な精神構造にしなかったくせに、私が人間、正確には複雑な社会を創る生物と関わる事だけは強迫観念のように植え付けたんだ。そのせいで、引きこもることもできなかった。


 たぶん、幻力の不具合が起きやすいのはそういう種族だと分かっていたのだろうな。実際、私が今まで出会った不具合の大多数は人間の行動で起こっていたし。


 だからそういう顔をするな。


 ……この見た目だし、傍目から見れば老いず死なずの存在だ。たくさんの動乱の元にもなった。私のせいで色々な人が死んだし、国も滅んだ。この身を何とかしてくれようとしたものもいたが、死んだ。


 それから数万年近く経ってようやくその世界が安定した。


 だから、私はようやく普通の人間になって死ねるのかと思ったんだがな。どうも私の存在は都合が良すぎたらしい。いや、私がこれまで積み重ねてきたごうだろう。


 起きた不具合をなくすために、私の目の前には数百年から数千年に一度、他の世界に繋がる世界の孔が開くようになったんだ。


 それから気が遠くなるほどの時あらゆる罪を間を経て重ねて、私はとある異世界の星に降り立った。神性を得たくせに、妙に人間臭い引きこもりが弄んでいた星だ。


 そうだ。ナオキたちが召喚された異世界の星だ。


 そしてナオキと出会った。その時私は人の魔王の元にいてな。つまり、ナオキの敵でミラとノアの母親を殺した人間でもある。


 私はな、雪よりも酷い奴なんだ。あらゆる人を、家族を、国を殺して破滅させ、その屍の上に立っている。


 罪しかないんだ。




 Φ




 二人の女性が地獄を走っていた。


 片方は強くそびえ立つ桜のような魔法少女。雪。覚醒姿ではなく、普通の魔法少女姿。


 もう片方は美の神すらも裸足で逃げ出すほどの美女。ヘレナ。雪の桜が脚に纏わりついている。


「直接体に干渉するのは強制的に消されるんですね」

「ああ。触れるだけなら問題ない。まぁ、私の感情などによっては触れただけで消し去ってしまう場合もあるが」

「そうなんですか」


 ヘレナの身体能力は普通の女性だ。地球の短距離走王者ですら青ざめてしまうほどの速さで走る雪と並走できないのは当たり前だ。


 だから、雪が桜の花弁を渦状にして脚に纏わせ、それを常に放出するような形でヘレナを走らせているのだ。


 最初は身体能力を≪強化≫しようとしたのだが、消滅させられてしまったのだ。


「基本的に幻力もだが、直接幻力に関わっている現象も消せるんだ」

「では、幻力で操って空から落とした石などは消せるんですか?」

「その石が操作したままなら、その操作している事を消せる。だが、自然的に落下させているなら消せない。幻力で作り出された石ならば消せるがな」


 雪の質問に答えながら、ヘレナは続ける。


「この血風や硫黄の雨、死の灰などもも幻力……経験的に霊力と呼ばれる幻力だろう。それが関わっているのは間違いない。しかし、直接構成されていたり、操作されているわけではない」

「でも、この現象は元の世界にはなかったはずなんですよね」

「ああ。だが、そうだな。万に一つでも起こりうるから消せないのだろう」

「そうですか」


 雪は淡々と状況を把握する。ヘレナが少しだけ顔を歪め、問う。


「何故、あそこで話を切った。ミラとノアの母親を殺した。そういうのが聞きたいから話させたのだろう」

「いえ、ヘレナは殺していません。だって、知っていますから」

「知っているだと?」


 雪は頷く。


「私が三つ目に得意とする魔法を話していませんでしたよね」

「ああ。≪癒し≫と≪強化≫は先ほど私に掛けようとしたから知ったが……」


 ヘレナもだが、雪の話もそれなりに簡略化されていた。だから、互いの詳しい能力の話はまだだったのだ。


 雪は自慢するように笑う。


「≪想伝≫。自分の想いや感情、思考などを伝え、また他人のそれらを知る魔法を使えるんです。応用すれば、思考や記憶を読み取ることもできます」

「しかし、それは私に――」


 ヘレナの言葉を遮る様に雪は首を振った。


「ミラちゃんやノアくんです。出会った時、周りにいる悪魔の思考や記憶を見た時に、二人のも多少覗いてしまったんです。だから、知っています。ヘレナはミラちゃんとノアくんのお母さんを殺したんじゃなくて、救ったんだと。その人の魔王から二人を匿っていたと」

「……それはあの子たちが勝手にそう思っているだけだ。事実としてこの手を血に染め、あの子たちの母親を、ルーシーを殺した。それにあの魔王の力を消去するくらいはできたが、それもしなかった」

「したら、魔王同士の均衡が崩れてもっと多くの人が死ぬからですよね」


 ヘレナは黙り込む。それから自嘲するように言った。


「あの子たちは本当にいい子たちなんだ。私には勿体ないくらいに。雪は、自分を酷いと言ったが、それ以上に私は酷い。直樹に好かれる理由すら分かっていないんだ。なんせ、唯一思いつくこの見た目理由を普通と言ったしな」

「それ、絶対照れ隠しです。ヘレナに見惚れない人なんていません。親の仇であっても」

「いや、実際アイツは出会い頭に普通に私を見て、それから問答無用で首を刎ねたんだぞ」

「……それ、本当ですか?」


 雪の声音が一段と低くなる。怒っているのだ。ヘレナに何してんのか、と。帰ったら説教しなくては!


 ヘレナが苦笑する。


「知っているだろう。アイツは割きりが異常なほどできるんだ。そしてどんなに過酷な環境に身をおいても、やっぱり優しいんだ。まぁ多くの人は否定するが」


 ヘレナの言葉に雪は少しだけモヤっとする。悔しいと思う。


 それを感じ取りつつ、ヘレナは話題を変えた。


「それで、ユキはここがどこか分かるのか?」

「ええ、はい。ここは地獄。天獄界と呼ばれる異世界の悪魔が住まう最下層。そしてあそこには、せこせこと神になるために暗躍していた王の一人、マモンがいます」


 遠くに宮殿が見えてきた。





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