十一話 え、う、ううん~?
その部屋には二人の女性がいた。その女性たちは対に並んでいる質の良いソファーに座っており、また、ソファーの間のローテーブルの上に置かれている饅頭と緑茶は、とてもいい匂いを漂わせていた。
まぁその部屋には沈痛な雰囲気が流れているのだが。
「「はぁ」」
一人はスーツ服姿の黒髪ハンサムショートの女性。
その背中から滲み出る暗い雰囲気さえなければ、憧れのカッコいい女性と言われる麗しさ。ただし鋭利に光る黒目は誰を殺してやろうか! と言わんばかりに爛々と輝いている。鋭利とかいう次元じゃない。
もう一人は白ジャケットを羽織った柔和な女性。
栗毛の長髪と優し気に細められた栗色の瞳。しかしながら、スーツ姿の女性と同じく背中からはスタ〇ドがいるのではっ? と思うほどにどす黒いオーラが滲み出ていた。細められた栗色の瞳の奥底には山姥以上の殺意が垣間見れる。
「……杏ちゃんの様子はどうなの?」
「……凛然と振る舞っているけれど
「冷静な杏ちゃんがそんなに怒るのは珍しいわね」
「相当におちょくられたらしいわ。本人はあまり話したがらなかったようだけれども」
恵美と日和はタイミングを見計らったようにズズと同時にお茶を啜る。恵美はほぅと一息吐き、日和はお饅頭に手を付ける。
「それで日和。
「……色々と問い詰められたわね」
「申し訳ないわ」
「いえ、転移なんていう力を使う魔術師か、妖術師か、霊能力者か……どっちにしろ末端も末端。私たちの例外を除けば、そもそも魔術などの存在すら知らない。魔法少女は、
「そうね」
日和は柔和は表情を一瞬だけ羅刹の如く歪ませた。恵美は見慣れているのか、気にする様子もなく同意する。
お饅頭を食べ終わった日和が微かに響く電車の音を聞きながら、ホッと息を吐いた。
「それにしても昼間はいいわね」
「もう少しで夜になるけれども」
「そう言わないの。日夜反転する生活を続けていると昼間は素晴らしいと思うのよ。恵美もでしょ?」
饅頭に手をつけた恵美に日和はチラリと目を向ける。
「そうね。ホント、甘言に乗せられてこの仕事に就かなければ良かったわ。就活が面倒だからって……はぁ、過去の自分を殴りたいわ」
「それは同感ね。仕事に仕事。長官は別の庁も兼任していてそっちに掛かりっきり。全ての仕事が私に来る。どう考えても給料に見合わないわよね。……まぁけど、あと数年もすれば私たちの名前は一応教科書に乗ると思うし、それに褒賞金で一生暮らせるのは確実だから数年の辛抱ね」
「……昨日のアレでそれが遠のいたのだけれども」
「それは言わない約束でしょ?」
やけくそに饅頭を二個頬張った恵美に日和はジト目を向ける。
日和だって分かっているのだ。彼女たちが魔法少女として活躍した十年前から今日まで。必死になって
何とか
上に協力を仰ぎたいのも山々なのだが、上は上で切羽詰まった状態らしい。
それを思い出してため息を吐いた二人は、けれど直ぐに真剣な表情となりタブレット端末を取り出す。
「……まぁ東京と神奈川はどうにかなりそうね」
「ええ。
恵美が悪鬼羅刹もかくやと言わんばかりに眼光を光らせ、操作していたタブレット端末をローテーブルに叩きつける。そもそも叩きつけられることを前提としていたのか、そのタブレット端末は問題なく稼働しており、日和がそれを手に取った。
「昨日だけで三か月分の
「そうよ! 皆、ボロ雑巾になるまで必死になって頑張っていたのにも関わらず、あのくそ爺どもは!」
恵美は悔しそうに拳でローテーブルを叩いた。大切な大切な部下、しかも全員が未成年の女の子なのだ。その子たちが一睡もしないで決死の覚悟で守ったというのにも関わらず、上は高々そんな程度と罵ったのだ。
悔しくて仕方がない。
日和はそんな恵美の思いが手に取るように分かりながらも、まぁまぁと落ち着かせに入る。流石にこの調子だと来る夜に備えられない。
「神奈川や私たち東京からも数人派遣するから、落ち着きなさい。怒りに任せて冷静を失い作戦にミスでもあったら、それこそあの子たちの努力を無駄にすることになるわよ」
「……分かってるわ。ごめんなさい」
恵美は暗い面持ちで顔を上げた。
と、その時部屋の扉がノックされた。
「はい、どなた?」
「百目鬼杏、いえ、プロミネンスです」
「ああ、ちょっと待っててね」
「分かりました」
日和は立ち上がった。そして恵美を見た。
「さて、杏ちゃんも来たことだし、正式な会議を始めましょ」
「そうね」
そうして、彼女たちは何とかその日の夜を乗り越えた。
Φ
「ただいまー」
久しぶりの高校生活三日目を終えた大輔は戦利品である骨董品を抱えていた。靴を脱ぎながら、気配はリビングダイニングにあるのに返事がないことに首を傾げる。明かりが見えるリビングの扉に手を掛けた。
「……何してるの?」
「あ~、おかえりなさ~い」
「おかり」
リビングには母親の鈴木
大輔はおっとりとしてポヤポヤとした瞳子にジト目を向ける。集中した和也に言葉を掛けても意味がないことを知っているからだ。
瞳子は柔和なダークブラウンの瞳を嬉しそうに細めて手を合わせる。
「冬休みにだーくんが異世界連れってくれるでしょう~? その時のために和也さんが模型を作ってるのよ~」
アルビオンへ転移する日は明確に決まっている。高校の冬休みが始まった次の日だ。そしてその時、大輔も直樹も家族をアルビオンに連れていく。まぁいわゆる異世界旅行というべきか。
大輔も直樹も家族にアルビオンを見せたかったのもあるし、二人の両親も息子が異世界でどのように生きてきたのかを知りたかった。
二人が見せた写真や動画、また二人が語るときに口調や表情、態度、それらで大輔たちが過酷な旅をしたことも勘づいてはいる。けど仔細は分かっていないから。
そうして皆が休みを取れるのは冬休みとなったのだ。
そも現段階でもアルビオンに行くだけなら可能だ。一昨日解析した異世界転移術式もある程度理論化とイメージ化が終わり、最低限の魔力も溜まっているため、異世界に行くだけなら今でも可能なのだ。直樹の“空転眼”が多少なりとも回復したのもある。
ただし、直ぐに帰ることはできないし、向こうで二ヶ月くらいは寝込むことになるだろう。その消耗を回復し、向こうで協力を得て帰るとしても三ヶ月程度はかかることは難くない。
ならば、丁度冬休みくらいまで時間があれば、行き返り分の魔力も十分に確保できるし、転移用の
「その時のためって、もしかして王城を確認するため?」
「そうよ~。いつも旅行に行く前はそうしてるでしょう~?」
「確かにそうだったけど……」
直樹はテレビに写った写真や動画を何度も何度も見返しながらスケッチをしている和也を見た。和也は建築設計士だ。その業界ではまぁまぁ有名らしい。
まぁそれは置いておいて、ラノベ作家である瞳子の影響もあってか、和也はアニメや漫画、小説に登場する建物の全体像や構造を想像してスケッチし、模型を自力で作り上げたりしている。
それらがいつの間にか進化し、和也は各地に旅行に行く際、ネットで集められる写真を使ってその観光地にある建物の構造を予想しながらスケッチして模型を作り、実物と照らし合わせるという事もやっている。
照らし合わせるときが一番楽しいらしい。
今は一番最初に案内するといったクラルス王国の王城の全体像やらをスケッチしていたのだが……
「父さん」
「ん?」
とても申し訳ないような口調で呼ばれたため、和也は一旦手を止めて大輔を見た。大輔はそのおっとりとした眉を八の字にし、あははと頬を掻きながら言った。
「その王城、今はないよ」
「……なん……だと」
答え合わせを楽しみにしていた和也は愕然とした様子になる。大輔とよく似た、いや大輔がよく似たのか、どっちにしろ穏やかな茶色の瞳を見開き、癖がある黒髪を掻き毟りながら大輔に縋りつく。嘘だと言っておくれ、と。
「その王城ね、全て吹き飛んだんだよ。というか、王都とその周辺が更地になったっていうか……」
大輔は鬱陶しそうに和也を払いのけながらも、スケッチ帳をよくよく見る。すると、スケッチ帳の表にNO5という文字が見え、またソファーの方に目を向ければ四冊のスケッチブックが重なっていた。
そういえば、今日は休みだって言ってたな、と思い出した大輔は一日中テレビに齧りついていたのか、と和也を見た。
それを見て、ほんわかポヤポヤとしていた瞳子が少しだけ目を細めた。
「だーくん、何かしたわね~?」
「な、何のことかな?」
大輔はバッとソッポを向いた。いつもポヤポヤしていておっとりしている瞳子だが、彼女が書いたラノベは人間関係を細やかでそして美しいとしてとても人気なのだ。部数は余裕で三桁万を超えているのに、何故かアニメ化していないラノベとも巷で言われている(大輔調べ)。
兎も角、昔から瞳子に誤魔化しはできなかった。鋭いのだ。
「だーくん?」
「大輔、どいうことだっ!」
「うっ」
大輔は言葉に詰まる。そうしてしばしばソッポを向いた後、ポツリポツリと呟く。
「……大爆発というか、水攻めというか、マグマ攻めというか、隕石というか、バル〇――太陽光線というか、重力崩壊というか、空間破壊というか……いや、そもそも黒灰に包まれたというか……」
「……え、う、ううん~?」
冷や汗を掻きジリジリと後退る大輔の手をしっかりと掴みながらも、瞳子は理解したくないと言った具合にううん? と頬に手を当てて首を傾げている。和也はお、お前……とワザとらしく引いている。
大輔は意を決して頷いた。
「ほ、ほら、邪神を倒したっていったでしょ? 魔王も。丁度さ、色々あって龍の魔王の軍勢と邪神の使い、まぁ天使だね。その最高位の天使、熾天使二体が天使の軍勢引き連れて王都に現れたんだよ」
「……現れた~?」
よし、一旦現実逃避して話を理解しよう、と決意した瞳子が大輔の様子に目をさらに細める。大輔は慌てたように言い直す。
「ちょっと色々として誘導したっていうか、まぁね。事前に分かってたから、まぁ国王をおどし――ごほん、お話してね」
「脅したって言おうとしたわよね~?」
ううん? と大輔が母親そっくりのふんわかおっとり笑顔で首を傾げている。ちょっと耳が遠くなっちゃったわ、ギャルゲー主人公特有のスキル発動と言わんばかりだ。
「良い具合に戦い、負け戦というか、王都の住人も戦士も誰も死んでいないんだけどさ、まぁ敵の全軍を王都に入れた瞬間に空間魔法で味方全員を外に転移させて、あと敵軍は強力な結界で閉じ込めて、仕掛けておいた爆弾、まぁ異世界最高峰の爆弾で王都全体を爆破して、転移で大海の大水とマグマを持ってきてぶちまけて、水爆みたいなの起こして、それでも熾天使は流石に死なないから、うん、ね。だから、駄目押しで人工隕石のオンパレードと太陽光を収束した熱光線の豪雨、太陽光爆弾を落として、さらに駄目押しで重力を崩壊させて小さなブラックホール? みたいなのを作りだしたり、空間自体を断絶して捻じって一瞬だけ崩壊させ――」
「分かったから、分かったから、ちょっと止まって~!」
ごまかすためか、マシンガンの如く口を動かす大輔に瞳子は慌てて大輔の口を抑える。瞳子のダークブラウンの目がグルグルと回っている。
和也は途中からとても真剣な表情をしていて、そして大輔に尋ねた。
「大輔。一つだけ聞きたいのだけどいいかい?」
「……何、父さん?」
「全員がそれに納得してたのかい? ……あとその王都はどれくらいの歴史があったんだい?」
和也の表情は真剣そのものだった。
「……説得するのには時間がかかったし、王都に住んでいた全員が納得したわけではなかったけど、それでも協力してくれたよ。それはホント。……あと、歴史は四百年だね」
「……そうか」
和也は神妙に頷いた。
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読んで下さりありがとうございます。
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