生存者を選んでください
ゴオルド
第1話
私を拉致したやつの第一声は、「おはようございます」だった。
はっきり目が覚める前、私はすでに緊急事態だと理解していた。眠りから醒めつつあるのを意識しながら、私は両手の指先をかすかに動かした。痛みはないし、問題なく動く。息を殺したまま全身にも意識を伸ばした。どこにも怪我はないようだ。
体を動かすことなく、俯せのまま目だけ動かして油断なくあたりを窺う。ここはどこだ?
白い、何もない部屋だ。目の前の床ものっぺりと白い。見覚えのない部屋だった。私は何者かに気絶させられて、ここに拉致されたようだ。
「地球人さん、大丈夫ですかね、起きてます? えっと、お名前は中村涼子さんでしたね。元軍人の中村涼子さん、起きてください~」
前方から声がする。誰かいるのか。それともスピーカーでもあるのか。床とキスしている状態のままでは、よくわからない。
私は思い切って身を起してみた。殺す気なら、気絶しているときにとっくに殺しているはずだと踏んで。
そこにいたのは人ではなかった。淡い黄色でふわふわした球体があった。大きさは2メートルぐらいある。巨大なミモザという感じだ。
ほかには何も見当たらない。何もない空間に、ミモザと私だけ。
「中村さん、おはようございます」と再度声がした。音のする方向からして、ミモザの中にスピーカーが仕込まれているようだ。
「あんた、誰? 私を拉致してどういうつもり」
「おや、もう本題に入りますか。なかなか良い傾向ですね。おなかが減ったとか顔を洗いたいとか、そういう面倒で手のかかることを言うのかなと踏んでいましたが、良い意味で予想が外れました。そういうことなら、早速始めましょう」
その声は、若い男の声のようでいて、しかし、聞きようによっては若い女性のようでもあった。
「では、問題を出しますから答えてください」
問題? こいつは一体何を始める気だ?
「それより、まず先に私の質問に答えて。あなたは誰」
「うーん、進行の邪魔をしないで欲しいんですけどね。あまり態度が悪いと失格にしますよ?」
思わず眉間に皺を寄せてしまう。昔からのクセだ。私は自分の眉間を指先で撫でながら、話し方をソフトにしたほうがいいかもしれないと考えた。相手は正気ではないのかもしれない。激昂したら何をしでかすかわからないようなやばいやつかも。
「何がなんだか分からないのよ。少しぐらい質問に答えてくれてもいいんじゃない? 私はただあなたが誰なのかってことが知りたいだけなの」
「まあ、中村さんは眠らされて拉致されて目が覚めたばかりですしね……。まだ状況が飲み込めないのかもしれないので、今回は大目に見ましょう。そしてあなたの知りたいことも教えてあげましょう。私は何者なのか? 私は金星人です。ごらんのとおり美しいイエロー、ふわっふわの集合体、美の極致ともいうべき存在」
「なるほど、まともに答える気はないってことね」
「まともに答えているつもりですが。あなたを拉致した目的は、研究につきあってほしかったからです」
猟奇的な殺人犯をイメージする。これはちょっと面倒なことになっているのかも。
「今から簡単な問題を出しますので、よく考えて回答してください。もし勝てたら御褒美をあげますよ」
問題に回答して、それで勝つとか負けるとかいう話になるのはおかしい。勝ち負けのある問題とはなんだ? 相手は異常者のようだし、これは勝っても負けてもろくなことにならないやつだろうな。
「一応、聞いておくけれど、御褒美って何がもらえるの?」
「星をあげます。嬉しいでしょう? 星ですよ、星」
「へえ、そりゃすごい。じゃあ、負けたら?」
「死んでもらいます」
「言うと思った」
私は呆れて髪をかき上げようとして、頭部に何か硬い物がくっついているのに気づいた。
「あ、それは取らないでくださいね、大事なものなので」
「何よ、これ」
大きさは鶏卵ぐらいだが、綺麗な半円のドーム状だ。頭全体を撫でて確かめると、全部で6つが不規則に頭皮にへばりついていた。無理やり剥がそうとしたが、びくともしない。
「取らないで!」
「だから、何なのよ、これは」
「それは、あなたの大脳の働きをスキャンするためのものです。これから出す問題について、ちゃんと考えているのかどうかをこちらでモニターするためのものです」
「何でそんなものをモニターするの」
「そりゃあ……まあ。いろいろ理由はありますが、ちゃんと考えて回答してほしいんですよね。いい加減に回答したら失格です、即死です。そのつもりで「よく考えて」回答してください」
わけがわからない。床に頭を打ちつけて卵を無理やりはぎ取ってやろうかと一瞬思ったが、何が仕込まれているのかわからないのでやめておいた。爆弾や毒物だとしゃれにならない。
「じゃあ、もういいですかね。問題を始めますよ。ではでは張り切っていきましょう。じゃじゃん!」
ミモザが飛んだ。というか、浮いた。どういうトリックだろう。
「私の下に紙が1枚あります。まずこちらを手にとってくださいませ」
言われて、私はおそるおそる手を伸ばして、ひったくるようにして紙をとった。巨大ミモザの下敷きになってはたまらない。
「紙に書かれた文章を読んでください」
言われたとおりに読み始める。卵がじんわり熱を持ち始めたのを感じた。
「全部で12人の人間。
ヤスオ 男 32歳 漁師 ???
ミサコ 女 19歳 無職 ???
ショウ 男 21歳 清掃業 ???
サツキ 女 45歳 医師 ???
タロウ 男 68歳 画家 ???
マイコ 女 70歳 政治家 ???
リョウタ男 5歳 無職 ???
アイリ 女 9歳 無職 ???
ヒサシ 男 49歳 農業 ???
タエ 女 37歳 歌手 ???
レイジ 男 53歳 劇作家 ???
マナミ 女 60歳 探偵 ???」
「なんなの、これ」
「おや、お気づきになりません? 中村さんってちょっと勘が鈍いんですかね。それとも心理学に興味がないタイプの方ですか。わりと有名な問題をモデルにしたんですが。まあいいや。それは生存者リストです」
「生存者……?」
「ああ、これは失敬。前提をお話しするのを忘れていました。えー、まことに残念ながら、地球は消滅しました」
「そうなの。それで?」
猟奇的な事件の犯人だ、まともにとりあってはいけない。とにかくたくさん情報を引き出しておこう。
「我々金星人は、奇跡的にそのリストにある12人を救出することができました。しかし、食料とか酸素とかを考えると、生かしておけるのはせいぜい4人なのです。残りには死んでもらわないといけません。ですので、この問題について考えてほしいんです」
「……つまり、誰を殺すか考えろというわけね」
「んー、ちょっと違いますね。誰を生存させるかで考えてください」
「同じことだと思うけど」
「そうですかね? えっと、それでですね、我々金星人はとっても親切なので、地球人を新しい惑星に移住させてあげようと思っています。新天地で人類は甦るってわけです。しかし、今この場所から新惑星まで行くのに15年ぐらいかかるんですね」
15年か。言われてリストをあらためて見る。最高齢の人は70歳だ。この人が生存した場合、新惑星到着時には85歳ということになる。
「ですので、そこら辺も加味した上で、誰を生かすかをよく考えてください。制限時間は特に設けませんが、あなたがマイナスな言動ばかりしていると、ゲームオーバーになる可能性があります。ご注意ください」
「ちょっと質問なんだけれど」
「なんでしょう?」
「職業のところの後ろにあるハテナマークが三つ、これは何?」
「それは隠しパラメーターですね」
「何それ」
「ま、それはおいおい。まずはこのリストにある情報だけでお考えください。12人の中から生存させる4人を丸で囲って、紙を私に返してくださいね。鉛筆は紙の裏にテープで貼り付けてありますので、そちらを御利用くださいませ」
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