鬼畜天使は元リア充、非リアの魔王はお友達
るふな
第一章:お城に天使がやってきた
人や動物、魔物ですら寄り付かない混沌とした魔境に、もっとも似つかわしくない輝くスマイルが、辺り一面を照らしていた。
【エステル視点】
「というわけで、友達になろう!」
「いや待て、いきなり現れて何なんだ!状況が全く理解できん!」
先程の説明では不十分だったのか、魔王は困惑している様子だ。無理もない、人里離れたこの魔境で厳かな城に身を潜めていた魔王の前に、いきなり羽を生やした男が現れたのだから。
「えっと、まず何から話そうか…あ!この羽かい?これはここに来る途中、突然光に包まれて生えたんだっ!」
「そんなことはあり得ない!貴様何者だっ!」
「さっきも話したけど、君を探して王都から来たんだよ。このおかしな世界に迷い込んでからずっと帰る方法を探していたんだけど、ある時異世界から現れた者が魔王を名乗ってこの辺りに住み着いたって聞いて、もしかすると同郷出身かと思って。」
「なん…だと…?!」
「手土産の一つでも持って来れれば良かったんだけど、この家至る所歪んでいたり傾いてるみたいで、棚から弓矢が落ちてきた時に、床の穴に買ってきたクッキーを落としてしまったんだ。それにしても珍しい暖房器具だね!床下にマグマが通ってるなんて初めて見たよ!」
魔王は沈黙しこちらの様子を伺っているようだ。やはり見ず知らずの男が現れて警戒しているのだろうか…。クッキーの他にも手土産を用意しておくべきだった。
「エステルと言ったか。」
ようやく魔王は口を開いた。
「そうだよ、エステルは森の占い師につけてもらった名前。本当の名前は藤巻大志。出身は東京で青空大学在学。」
「青大だと!?」
「やっぱり知っているんだね、君も日本から来たんでしょう?聞きたいことがたくさんあるんだ。ところで…君の名は?」
魔王は何やら考える様子でしばらく俯いた後、突然後方に飛び退き魔法陣から2体の配下を呼び出した。
「貴様が俺と同じだということは理解した。しかし貴様が王都の回し者では無いという証拠がどこにある!?」
魔王は長らくこの世界にいたのだろう、ここは一歩外に出ると弱肉強食の世界。人を信用できなくなるのは無理もない。僕もここに来る途中、ご高齢のゴブリンに道を聞いたら逆方向を示されて、かなりの遠回りを強いられたのだ。気持ちはわかる。
「僕は武器を持っていないし、こっちに来たのは1ヶ月程前で、教えてもらった魔法は回復魔法だけだから、君を傷つけるような事もできないよ。何より君を害する意図があるなら、自分の素性をこんなに話したりしないし、大所帯で押しかけることもできた。疑う気持ちはわかるけど、敵と断定するには矛盾する点が多すぎるのではないかい?」
魔王は配下の悪魔達と何やらコソコソと話した後に、ようやく警戒を解いたのか奥の部屋に入る様に促された。
「わかった、とにかく話を聞こう。」
ーーー
【メネルドール視点】
なんたることだ、よもや我が最強の要塞に単独で乗り込んでくる不届き者が現れようとは!先程報告に飛んできた使い魔も、困惑して完全にパニック状態だ。
「メネル様っ!侵入者はすでに12階層を突破し、間も無くこの13階層に到達します!」
この要塞を建造して9ヶ月、今まで一度たりとも侵入を許したことなどない。そもそも大陸屈指の住み辛さを誇るこの魔境は、低いレベルの者なら足を踏み入れた時点で、毒の大気にやられているはずだ!城内にも至る所にトラップが仕掛けられている。俄かに信じがたいが、今しがた12階層から繋がる階段のドアの向こうで物音がしたような…。
コンコン
「おじゃましてま〜す…。」
聞き慣れない声と共に、見知らぬ者が13階層の回廊に入ってきたではないか!
そして何だこいつは!あり得ないっ!
「こんにちは、あの〜魔王さんはご在宅でしょうか?」
背後に純白の翼、そして頭上の円光…間違いない。あれは1000人のフレンド登録をしないと手に入らない「守護晴天」の一式限定の装備だ!運営の嫌がらせとしか思えない獲得条件に、登録数の多いものは誰からもフレンド登録をしてもらえなくなるという謎イベントを巻き起こした、詳細不明の装備だ!
「あ…うぐ…」
言葉が出ないっ!9ヶ月もこの城に引きこもっていたのだ、その間使い魔以外誰とも話していないし、そもそも俺はコミュ障なのだ、初対面の人物と何を話していいか全くわからない!
「初めまして、僕はエステル…〜王都で…〜いるって聞いて…」
さっきからこいつは話しているが、全く頭に入ってこない!何なのだこの屈託のない眼差しに、眩しいまでの笑顔は!そして信じられないほどのイケメンではないか!ムカつく!目の前に対峙しているだけで劣等感を抱かされる…そして城内のトラップはどうしたのだ?!見たところこいつは全くの無傷ではないか!各階には我が配下が配置され、次の階への扉を守っている、まさか全員を相手にしてノーダメージでここまできたというのか!?目の前で何が起きているのか理解が追いつかない。
「というわけで、友達になろう!」
ふぁ…?…トモダチ?ソレッテオイシイノ?生涯ソロプレーヤーの俺には友達らしい友達はいなかったし、そもそも作り方もわからない…どこかに友達作りのレシピでも売っていないだろうか。
「いや待て、いきなり現れて何なんだ!状況が全く理解できん!」
「えっと、まず何から話そうか…あ!この羽かい?これはここに来る途中、突然光に包まれて生えたんだっ!」
「そんなことはあり得ない!貴様何者だっ!」
嘘つきめ!どうやって守護晴天の装備を手に入れたかは知らないが、突然生えてきただと?そんなことが起きたらこの世界もバグだらけのクソゲーではないか、完全にゲームバランス崩壊フラグだ。
「さっきも話したけど、君を探して王都から来たんだよ。このおかしな世界に迷い込んでからずっと帰る方法を探していたんだけど、ある時異世界から現れた者が魔王を名乗ってこの辺りに住み着いたって聞いて、もしかすると同郷出身かと思って。」
「なん…だと…?!」
フルダイブオンラインからログアウトできなくなったのは自分だけではないとは思っていたが、まさか他のプレイヤーが接触してくるとは、ここまで来れるのは相当の使い手に違いない。しかも守護晴天は光属性、闇属性の俺の唯一の天敵だ、しかし何だこの違和感は、とてもやりこんでいるゲーマーとは思えない言動だ。
「手土産の一つでも持って来れれば良かったんだけど、この家至る所歪んでいたり傾いてるみたいで、棚から弓矢が落ちてきた時に、床の穴に買ってきたクッキーを落としてしまったんだ。それにしても珍しい暖房器具だね!床下にマグマが通ってるなんて初めて見たよ!」
それトラップだよっ!天然か!?天然なのか!?敵意があるようには見えないが、用心するに越したことはない、ひとまず探りを入れてみるか。
「エステルと言ったか。」
「そうだよ、エステルは森の占い師につけてもらった名前。本当の名前は藤巻大志。出身は東京で青空大学在学。」
「青大だと!?」
青空大学は東京でも指折りの名門校で、流行の最先端を行かんとするパリピ達が、こぞって受験する華やかなキャンパスライフの代名詞。俺とは真逆の人種が集まるサンクチュアリではないか。こいつ嫌いっ!
「やっぱり知っているんだね、君も日本から来たんでしょう?聞きたいことがたくさんあるんだ。ところで…君の名は?」
ぐぬぬ…探りを入れるどころか、逆に臆見を許すとは、長きにわたるコミュニケーションの不足が招いた失態ということか。こいつは何を企んでいるんだ、話し合いを望んでいるようだが、もう少し警戒する必要がありそうだ。
「眷属召喚っ!」
床に現れた闇の魔法陣の中から、質素な装いのサキュバスと物々しい漆黒の鎧を纏った悪魔が現れた。ラーヴァナとサキが呼び出せた?!ということはこいつらは倒されていなかった!では奴はどうやっってここまできたのだ?!
「貴様が俺と同じだということは理解した。しかし貴様が王都の回し者では無いという証拠がどこにある!?」
俺のフル装備は寝室にあるが、仮にも俺はレベルMAXだ、眷属2体も付ければ舐めたプレイでも誰にも負けたことがない!
「僕は武器を持っていないし、こっちに来たのは1ヶ月程前で、教えてもらった魔法は回復魔法だけだから、君を傷つけるような事もできないよ。何より君を害する意図があるなら、自分の素性をこんなに話したりしないし、大所帯で押しかけることもできた。疑う気持ちはわかるけど、敵と断定するには矛盾する点が多すぎるのではないかい?」
確かに不可解な点はいくつもある。見たところ本当に武器は所持していないようだし、服装も初期装備のままだ。いかに守護晴天がチート装備だったとしても、ほとんど丸腰で元トップランカーたる俺を倒せるはずがない。
「おいサキ、これはどういうことだ?」
「あのね、9階層でニャムネルト達と玉遊びをしてたら、ドアをノックする音が聞こえて、彼が現れたの、知らない人だったから、言われた通り戦闘態勢に入ったんだけど、初めてだったから足を挫いちゃって…そしたら彼は私に回復魔法をかけてくれたの。その後も彼は戦う気なかったみたいだし、メネル様とお話したいだけだって言うから、次の階まで案内して玉遊びに戻ったの。」
サキは一仕事終えて誇らしげと言わんばかりの顔で答えた。
このポンコツサキュバスは階層守護者失格だな。早急に配置換えをしなくては。
「ラーヴァナは?!」
「はい、第12階層に奴が現れた瞬間に、最大出力の黒魔術を発動しました。確実に命中したはずでしたがしかし奴は平然と目の前に立ち、勝手に城内に立ち入った事を丁寧に謝罪した後、メネル様に合わせて欲しいと頼んできました。私はご命令通り、侵入者を排除すべく最大魔法を尽く放ちましたが、MPが尽きるまで放ってもなお、奴は私の前に反撃する様子もなくただ立っていました。最後の力を振り絞り、奴に斬りかかりましたが、刃が首にかかる直前でも一歩も動かず、私の眼を見てメネル様に合わせて欲しいと言いました。メネル様にご報告をしなければと思ったその時に私は意識を失ったようです。面目次第もございません。」
ラーヴァナは俺が春休みの全てを捧げてレベル上げをした最強の眷属だ。ここにくる前の時点でもレベル97だったし、戦闘プログラムは然り、ホーミングスキルや火力増強のアイテムなども持たせて、ほとんど俺の分身と言えるまでのスペックに育て上げている。ラーヴァナが全く歯が立たないなんて信じられない。
「わかった、とにかく話を聞こう。」
ひとまずこの生簀かないイケメン天使の話を聞いてみることにしよう。
ーーー
【エステル視点】
先程、魔王に邂逅した荘厳な玉座の右奥の小さな部屋は、何やら会議室のようであり、長い机の周りには様々な大きさ、形の椅子が7つほど並べられていた。部屋の壁には手書きの絵画が掛けられており、よく見るとどこか懐かしい田舎の風景のようだった。手前の椅子に座るように指示され、腰を下ろして間も無く、魔王は1番奥のフカフカの椅子に勢いよく飛び込んだ。
「それで、貴様は何をしにここへきたのだ?」
僕は自分に起きたことありのままを魔王に話した。目覚めたら突然、王都の外れの古い教会の洗礼の泉にいたこと。教会のシスターに助けられこの世界と魔法について教えてもらったこと。ある時街の人に異世界の伝説と魔王について聞いたこと。ここまでの旅路での出来事について、簡潔に要点だけを話した。
「それで元の世界に戻る方法を知るためにここまで来たと?残念だが帰り方は俺も知らない。無駄足だったな。」
大方予想はついていたが、実際に帰れない可能性がよりいっそう高くなったとなると、なんだか居た堪れない。今まで努力してきた功績は全て失い、友や家族を失い、当たり前だと思っていた日常がもう戻らないものとなると思うと、途方もない喪失感に苛まれる。
「僕や君以外にも、どこか別の場所からこの世界に来た人は知らないかい?君はどうやってここに来たんだい?」
絶望に浸る前に、目の前の疑問を解決して、少しでも帰還する可能性を見出したい。
「この世界の伝説に異世界から来た者が、王都建国前の戦乱を平定したと語り継がれているが、実際に自分以外の異世界人を見たのは貴様が初めてだ。」
この自称魔王は案外話のできる人のようで安心した。魔王を名乗るような奴がまともな会話ができるものかという不安もあったが、杞憂だったようだ。
「俺がここに来たのは、半ば意図的であった。貴様も一度は見たり聞いたりした事があるだろう、異世界転生の話だ。ゲームをしていたら突如そのゲームの世界に転生していたというような話だ。作り話としてはありがちな内容で、実際に起きるなんて思ってる奴はイカれていると思うだろう。だが俺は来る日のためにこのフルダイブオンラインRPG、ネオユニバースのレベルを極限にまで上げたのだ。生活の全てを捧げ、最強のスペックで転生するためにな!そしてついに転生に成功したのだ!」
驚いた、まさかここに意図的に来れるだなんて。もしかすると逆に意図的に元の世界に帰る方法もあるのかもしれない。
「元の世界にもドラゴンやエルフの伝説があったよね、それはこちらの世界からも何らかの条件を満たすと、元の世界に戻れる可能性があるかもしれないということだよね。」
魔王は何やら怪訝な表情を浮かべてこちらを覗き込み始めた。
「貴様、なぜそこまでして元の世界に戻りたいと願うのだ?」
僕自身もそこまで深い理由があるわけではなかった。二度と戻れないというなら諦めもつくのだが、たくさん残してきたものもある。
「家族や友達に何も言わないまま、こっちの世界に来てしまったからね、可能性が少しでもあるならと思ったんだ。」
「そうか。」
魔王の名前はメネルドールというらしい。本名は教えてくれなかった。意外といいやつで、暫く情報収集のために、この城に滞在していいことになった。他の使い魔達にメネルと呼ばれているので、僕もメネルと呼ぶことにした。
ーーー
【メネルドール視点】
「しかしなぜ安全な王都からわざわざこんな辺境の地まで来たのだ、よもや元の世界に帰りたいからというだけではあるまい、貴様も薄々気が付いてはいたのだろう?戻れる可能性が極めて低いことを。」
全くなんなのだこの男は、この世界に偶然来ただと?しかも世界一周旅行中のクルーズ船に乗って、イタリア近海で海に落ちた女性を助けるために飛び込んで、気が付いたら教会にいただと?教会はシスターしかいないハーレム、禁断の園ではないか!話を聞くたびに腑が沸点を超えて煮え繰り返るようだ。
「それなんだけど、僕も確かに戻るのは難しいと考えていた。そこで、君と結託して王都を陥落させようと思ってここに来たんだ。」
「ほう、それなら…ふぁっ?!」
「王都、ぶっ潰そうよ。」
このイケメンは満面の笑顔でなんて恐ろしいことを宣うのか!王都を破滅に追い込むなど、よほどの恨みでもあるのだろうか。
「貴様、王都で何があったのだ。」
エステルはいつになく真剣な顔つきで、静かに語り始めた。
「あれは…あってはならない。あの王の好きにさせてはいけない。」
「王都には一度だけ、この世界に来たばかりの頃に行ったことがあるが、この上なく平和ではないか。」
「表向きは争いのない、いい街かもしれない、だけど裏では唾棄すべき蛮行が横行し、善人の仮面を被った悪党が跋扈しているんだ。」
食い入るように聞き入り始めた俺を見て、エステルは言葉を選びながら続けた。
「彼らは太陽神を崇める巨大な宗教国家なのは知っているよね。その信仰を説いて辺りの小国にも宣教師達を派遣しているのは、他の街に行けばよく見ることだと思う。しかし彼らが遂行しているのは布教ではなく、静かなる侵略なんだ。信徒を増やすのはもちろんだけど、供物として重税を課したり、儀式と銘打って信者を好き放題奴隷の様に扱っていることもあるんだ。隣の小国では回復用の薬草が枯渇して、病気の子供達が何人も…」
エステルは辛い記憶を思い出したようで、しばらくの間沈黙していた。
「普通に攻め込んで征服するよりは賢い攻め方ではあるな。しかし王がその悪事を成したという証拠がないではないか。」
「悪事を暴くなら金の動きを見ろってね。それらのかき集められた血税や利益は、全て王の懐というわけさ。」
エステルは両手では数え切れない悪事を一つ一つ説明したい様子だったが、俺の顔を見て思いついたように語りかけた。
「君は教会になぜ女性達だけが幼少の頃から預けられ、男子禁制を貫くのか知っているかい?」
「いいや?魔力を高めるためか?」
「それは年頃になった処女たちを、闇取引で売買するためだよ。」
この瞬間、俺は王都を滅ぼすことを固く心に誓った。
「僕を助けてくれたシスターは、命懸けでその秘密を教えてくれたんだ。裏での人身売買や、麻薬草の取引、井戸水には弱体化の呪いがかけられていて、不穏な反乱分子を発見しようものなら、背教とされ公開処刑だ。」
「よし、滅ぼそう!」
俺の即断即決に怪訝な表情を見せたエステルだったが、次第に笑みへと変わった。
「ありがとう、是非、君の力を貸して欲しい。」
こうして俺は、魔王として初の大仕事、王都撲滅をこの天使とともに企てることとなった。
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