高峰さんのデレは赤すぎる。2デレめ

維 黎

揺らめく陽炎は照れ隠し

高峰たかみねさんってどんなお笑い番組を見るの?」


 僕は真正面に座る高峰さんに質問してみた。

 特に何か意味があったわけじゃない。この後劇場に見に行くわけでも、店内のテレビにお笑い番組が流れていたわけでもない。頼んだ飲み物が来るまでのほんの繋ぎ程度のお話。


「お笑い番組?」

「そ。トー――」

「見ない」


 トーク番組とかネタ番組とかって訊こうとする前に即答。

 うん。これは僕が間違ってた。高峰さんがお笑い番組みたいな低俗な――っと、これは言い過ぎか。庶民的なテレビを見る訳がないのは簡単に想像出来ることだった。

 そもそもテレビ自体が無いとか言われても不思議じゃない。あっても教養番組しか見せてもらえなかった、とかだったとしても納得してしまいそう。

 いや、待てよ? 高峰さんだったら『お笑いって何?』って云うくらいに知らないかもしれない。


「高峰さん『お笑い』ってわかる?」

「――太一くん。いくらのあなたであってもバカにされるのは許容し難いことよ。お笑い――コメディくらい知っているわ」

「あ、ごめん。別にバカにしたつもりはないんだ」


 さすがに知ってたかと僕は素直に謝る。

 冷静で、ともすれば冷たい口調に聞こえて、他の人なら怒っていると思うかもしれないけれど、僕には高峰さんが全く怒っていないことがわかる。

 僕だけがわかることなんだ。なぜって彼女の僕に対する好意――真っ赤な"気"の陽炎オーラが消えることなく視えているから。


"気"が視えるって何? と思った人は『高峰さんのデレは赤すぎる。』https://kakuyomu.jp/works/1177354054888816920も読んでくれると嬉しいな♪

 

 閑話休題。


 まぁ、簡単に説明しておくと、僕は16年間で高峰さんを含めて三人の女性ひとと付き合った経験があるんだけど(もちろん高峰さんは現在進行形)僕に好意を持ってくれる人は、体から"気"を立ち昇らせているんだよね。僕にはそれが視えるんだ。

 もっとも、過去の二人は薄いピンク色だったのに対して高峰さんの"気"は真っ赤なんだけど。

 その"気"がはっきりと視えている限り、怒ってない、嫌われてないってことがわかるって次第で。


「太一くんはよく見るの?」

「うん。結構見る方かな。好きな芸人が出てたり深夜の番組だったりしたら、録画して見たりもするよ」

「そう。――でもそんなにテレビでやってるものなのかしら? 私はあまりテレビを見る方じゃないのだけれど、それを差し引いてもテレビでやってるのを見たことがないわ。一度も」

「そうかな? なんだかんだで毎日どこかのチャンネルでやってると思うんだけど」


 僕はちょっと首を傾げる。もしかして高峰さんのテレビってNHKしか受信しないとか?


「それにしても物凄いマイナーな競技が好きなのね、太一くんって。昔に比べて日本でも広まってきているって聞いてはいたけど」

「え!? 競技???」


 高峰さんは何を云って――


「詳しいことはよく知らないけれど、変な動き方とあの掛け声みたいなのはちょっと面白いわね。『コメディ、コメディ、コメディ、コメディ』って」


 お笑い、全然わかってなかったッ!!


「――高峰さん。たぶんそれコメディじゃなくて『カバディ』。インドとかあっち発祥の競技スポーツ。」

「――そう」


 まさか、ボケたッ!?

 いや、無い無い無い。

 高峰さんに限ってそれは1000%無いよ、うん。


 高峰さんの様子を伺ってみれば慌てることもなく、取り繕うこともなく、平然と泰然といつもと変わらない涼し気な表情。

 でも僕にはわかる。

 彼女から立ち昇る陽炎オーラが何度かユラユラと揺らめいたのだ。間違いなく動揺して焦っていると思う。見た目は全くそんな素振りは伺い知れず、たぶん、血圧や心拍数も変化してないだろけど。

 僕だけがわかる高峰さんの可愛らしい照れた"かお"。


「高峰さんの照れた表情って可愛いです」

「――おかしなこと云わないでちょうだい。私は照れたりなんかしてないわ」


 ユラユラからメラメラに揺らめきが変化した。

 ツンとしたお澄ましな様子にますます照れ――いや、デレさせたくなって来た。

 さてどうしようと思っていたんだけど――


「お待たせしました。ロイヤルミルクティとカフェラテでございます」

「あ、ありがとうございます。ミルクティは彼女へお願いします」


 残念ながら店員さんが注文の品を運んで来てくれたので、高峰さんをデレさせるのは一時お預け。


 僕と高峰さんは喫茶店カフェでデート中。

 今のご時世、いろいろあって飲食店は人をいっぱい入れることが出来ないことも多くて大変なんだけど、それを逆手にとってこの喫茶店は『お二人様専門店』としてやっているみたい。

 ざっと見回してみると向かい合う席のみで7席ほど。

 当初は二人連れ(一人も可)メインで営業していたんだけど、ここ半年ほど前からいつの間にかカップル専門店みたいになっていた。

 そういったことを風の噂で訊いて、高峰さんを誘った訳で。


 何とはなしに彼女を見つめてみる。

 口元まで運んだティーカップを微かに傾ける姿は、優美なそれで一枚の絵画のよう。

 じっと見ていた視線に気付いた高峰さんが僕に訊く。


「何かしら?」

「いえ、綺麗だなぁって。僕、やっぱり好きなんだなぁって思っちゃって」


 ボボボボボッ!!

 

 気球のエンジンを最大火力にした時の炎みたいに、突然凄い勢いで噴き上げていく真っ赤な"気"。

 特に意識してデレさせようと思っての発言じゃなかった。

 高峰さんを見ていたら自然と口にしていた言葉。

 ぜんぜん恥ずかしくもなかった。だって素直な気持ちだったし、ここはそういう場所だから。目の前の相手との会話しか耳に入ってこない。


「――そう。一応、ありがとうって云っておくわ。でも勘違いしないで頂戴。単なる社交辞令なのだから」


 そっけなく冷静に答える高峰さん。おそらく体温も全く変化してないだろう。

 でも。

 僕は見上げる。普段の大きさとは違う、今や1階の天井を突き抜けている彼女の"気"の陽炎を。

 "気"には熱量はないから2階に誰かいても実害はないと思うけど。


 その後は適度に高峰さんをデレさせつつ、デザート類は注文せずお茶だけで店を後にする。この後の夕方、少し早い夕食を一緒にする予定だから。


 会計を済ませる為にレジへと二人で向かう。

 ここのお金を払うのは高峰さん。本当はカッコイイとこ見せるためにデートのお金は僕が払いたいんだけど『私たちはまだ学生の身、お互い無理はしないようにしましょう』と云って高峰さんが許してくれない。

 お茶代は順番交代で出して、それ以外はきっちり割り勘というのが二人で決めたルール。


「あら? このシールって……」


 支払いをする高峰さんを少しぼうっとして見ていたんだけど、彼女の声にふと我に返る。


「ん? どうしたの高峰さん」

「太一くん。ほら、これって『ひふてぃひふてぃ』って番組のステッカーじゃないかしら?」

「あ、ほんとだ」


 レジ横に張られた赤地と黒地のコントラスト。

 一人の大御所芸人とアイドルグループのセンターの娘。二人の顔イラストが描かれた丸いシール。

 番組の趣旨として大御所の芸人とゲストが、ひふてぃひふてぃの関係というていであちこちの店などをぶら歩きするロケ番組。

 なんだ。お笑いを知らない高峰さんでも『ひふてぃひふてぃ』を知ってるんだ。渋いな。関西ローカルだってのに。


「――ありがとうございましたぁ。またのご来店をお待ちしておりますぅ」


 店員さんのお礼を背に店を出る。

 連休ともあって人通りは多くかなり賑わっていたけど、数年前ならもっとギュウギュウで、誰かと触れずに進むことは出来ないくらいだった。

 今は比ぶべくもないけど、それでも多少の活気は取り戻したようでずいぶんと増えてきた印象。


「ね、高峰さん。手、繋ごうか」

「どうしてそんなことを。歩きづらいでしょう?」


 ボボッと軽くふた凪ぎ。


「結構人も多いし、離れ離れになってしまうと嫌だし――ダメ……かな?」


 ちょっとしょんぼりとした小動物をイメージした態度をとってみる。高峰さんは小さな可愛らしい動物が好きなのを知っているから。

 彼女に対して自分がか弱い小動物的な物を演じるのは、男として当初抵抗はあったけれど、今ではそんなものは微塵も感じられない。

 高峰さんをデレさせることが出来るのなら、男としてどころか人間の尊厳だって燃えるゴミ、いや萌える燃料ごみとして捨てることが出来るね、僕は。


「仕方ないわね。人が多い通りを抜けるまでよ?」


 仕方ないという言葉とは裏腹に、嫌がる様子も(当然嬉しがる様子も)見せずにそっと手を出してくれる高峰さん。

 僕は細くしなやかな彼女の手をそっと握って手を繋ぐ。

 高峰さんの手は思いの外ひんやりとしていて、でもそれが心地良く、反対に僕の手のひらはドキドキとした思いに熱を帯びてくるんじゃないだろうかと心配になるけど。


「それじゃ、行こうか。高峰さん」

「えぇ」


 人込みの中へ歩き出した僕たちは、どちらからともなく少しだけ繋ぐ手に力を込めた――。



                  ――了――

 

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