第5話 あれは……餓鬼だ
森の中で出会ったお武家さんに身の上を告白。何とか信じてもらい今後の生活のバックアップの約束も取り付けた。気分はバイトの面接に合格した感じ、かな?
スニーカーを履いている俺が先頭に立候補。気分は武士の部下? 足軽? だからなのか、なんと槍を貸してもらった。『ひのきのぼう』からレベルアップ!
藪を槍の刃の反対側で突付きながら進む。歩いている間に色々教えてもらった。石突だって。聞いたことがある。実際使わないと身に付かないということか。新之助様か背負ってるのは背負子プラス竹行李。普段は武士が使う物じゃないけど大々的な引越しで下っ端の若い武士は自分の荷物は自分で持っていくそうだ。世知辛い。手甲に脚絆、菅笠。うん、時代劇で見たことがあるのばっか。スマホがないと現代人は無力だ。
「しかし、神隠しか……」
度重なる質問に嫌な顔もせず答えてくれていた新之助様が呟く。
「はあ、そうとしか言えないんですが、やっぱり信じられませんかね?」
ここでスポンサー様に逃げられたら俺の今後が不安。
「いや。もしかしたらそれがしも神隠しにあったのやも知れぬと思っての」
「はあ、そういえば狐に化かされたとか言ってましたね」
「そうであれば、ここが奥州かどうかも怪しくなる」
「え? それって……」
「妖しいと思わぬか? 熊が出るどころか鳥の声も虫の声すら聞こえぬ」
「そう言われるとそうかも……」
山歩きなんかしたことのない都会っ子ですから。よくわかりましぇ~ん。
「まあ、今は進むことだけを考えるべきであるな」
「そうですね……おっと! これ! 道じゃねえか?」
思わず口調がタメ口になってしまった。
コンビニを出てから数時間。日暮れ前についに藪が切れた。アスファルトは期待してなかったが、そこには推定南北に確かに道状の筋があった。人一人やっと歩けそうな広さだ。
「でかした!」
新之助様も喜んでくれなさる。俺のタメ口発言はどうでも良いようだ。武士じゃないし、どこかの方言だとでも思ってるのかな。うん、言葉って難しい。後で摺り合わせが必要だな。
それより、事態が進展したのはいいが、新たな選択を迫られる。
「どっちに行きます?」
一応スポンサー様に確認する。
「任せた」
ですよね~。
「じゃあ……っ!」
何となく
「気を付けよ!」
新之助様からも警告が入る。既に刀に手を掛けていて警戒態勢である。俺も預かった槍を正面に向けた。あ、カバー付いたまんまだ。
そして音の正体が姿を現す。
小さく、緑色の、人型の生き物。
「何だ……あれは……」
新之助様、呆然。
ある日森の中、サムライに出会った後、ゴブリンにも出会った……
「(うわ~。これで歴史チート、考えてたこと無駄になった……神サマ! 異世界転移させるんなら、もっとストレートにやってくれよ!)」
「結城殿、気を引き締めよ」
ブツブツ神サマの文句を言っていたら新之助様に怒られた。
「あ、はい。大丈夫です。それよりどうしますか?」
もうゴブリンにも見つかっている。向こうは一匹? 一人だけみたいだし、戦いになったら武士のいるこっちが断然有利だ。ゴブリン君も迷ってるようで奇妙なお見合いが続く。
「あれは……餓鬼だ」
「は? ガキ?」
突然何を言い出すんだ?
「おそらくあの世から迷い出てきたのだろう。一思いに送り返してやるのが功徳というものだ」
何か物騒なことを言ってる気がする。あの世に送るって、殺すってコトじゃないか?
あ、ガキって餓鬼のことか。戦国時代生まれの人にはそう見えるのか。面白い。そう言われればそんな気もしてくる。
でも、毛皮の腰巻にボロそうだけど一応剣みたいなのを、刀じゃなくて剣ね、持ってるから、もう日本の森じゃないこと確定でいいと思う。
ゴブリン君もすぐには襲ってくる様子はないし、ちゃんと確認しておこう。
「あの、奥羽の山にはよく餓鬼が出るんですか?」
「……聞いたことはない」
「ですよね~。あの、たぶん、ここ、日本とは違う世界だと思いますよ?」
「……あの世ということか?」
「あー。まあ、あの世もあるんなら別世界でしょうけど。たぶんあの餓鬼みたいなのが迷い込んだんじゃなくて、俺たちが『神隠し』でコッチの世界に迷い込んだんだと思いますよ。状況的に」
「そうか……納得した」
「え? 信じます?」
「ああ。仏道では三千世界というし、西方浄土の前には十万億土があるという。そなたが別世界というならきっとそうなのだろう」
仏教か……この時代、信長がどこかの寺を焼いてしまうぐらい腐ってたらしいけど、ちゃんと信じてる人もいるんだな。そうじゃなきゃ現代にまで残らんと思うし、ああ、上層部だけ腐ってるのは何も宗教だけの話じゃないか。納得。
「信じてもらったところで、どう対応します? 俺としては交渉してみたいんですけど」
「任せよう」
即決ですか。男前ですな。
「じゃあ……おーい! ゴブリン君! 俺の言葉わかるかー?」
「グギャ? ワ、ワカル……」
突然声を掛けたらビックリしたのか剣を構えたけど、答えはもらえた。というより、すごいな言葉が通じるよ。これって異世界転移特典? ということは絶対神サマが干渉してるよ。さっさと姿現せってんだ!
「道聞きたいんだけど、ヒトの住んでるところはどっちか知ってる?」
「ギャ? アッチ……」
ゴブリン君が恐る恐る剣から手を離して指差したのは、俺が適当に予想した南(暫定)の方角であった。
「お、ありがとう。危害は加えないから、通してくれないか? できればもっと聞きたいことがあるんで、案内もしてもらえるとうれしいんだけど」
「ギャギャ……オマエタチ、ドコカラ、キタ?」
「ん? あっちだけど」
「ギャギャ! グギャ!」
聞かれたとおり、元来た方角を指差すとゴブリン君は興奮し始めた。
「あれ? どうした? 案内は……」
「シ、シノモリ! マッ、マオウサマッ! マオウサマダッ!」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
ゴブリン君は叫びながら俺たちが出てきた藪とは反対側の藪の中に駆け込んでいった。
しばらく呆然としてしまったが、戻ってくる気配はない。
「……あの餓鬼、魔王などと言っておらなかったか?」
ああ、新之助様も気付きましたか。大層物騒なのでスルーしたいです。
「そ、そうでしたか?」
「まさか、信長公もこの世界とやらに神隠しなされたのか?」
あー、第六天魔王だっけか。そういう設定、漫画や小説で多そうですね。かといって、既にゴブリンを目にした後では否定しづらい。あったらあったで面白そうだ。きっと俺と違ってチートなスキルをたくさん持っていることだろう。ゴマすって配下にでもしてもらおう。
「えーと、その話は後にして、とりあえず進みましょう。もう大分暗くなりましたし」
「む、さようであるな」
こうしてゴブリン君の言うとおりに進むことにした。
藪の中の行軍よりもずっと歩きやすい。二人でまるで競歩のように進む。そのおかげか、或いはご都合主義なのか、日が完全に沈む前に森との境界線を越えることができたようだ。
「なるほど、別の世界か……」
「そうですね~。異世界ですね~」
開けた場所に出て、二人で空を見上げた。
森の中ではわからなかった。月が二つあるなんて。
また証拠が見つかった。もう必要はないんだが……
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新作始めました。二作品あります。是非よろしくお願いします。
『鋼の精神を持つ男――になりたい!』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502180996月水金19時投稿予定。
『相棒はご先祖サマ!?』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502718497火木土19時投稿予定。
連載中の『ヘイスが征く』は日曜日、週一投稿に変更します。ストックが切れそうなので。
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