異世界無双は包丁で ~転生して与えられたのは、【料理】というチートとは程遠いスキルだった。 実は、どんな魔物も捌ける最強の能力でした~

いとうヒンジ

第1話



 異世界に転生するというのは今や創作の世界では日常茶飯事であり、その意味では今時の若者である僕こと佐伯蓮にも、多少は異世界転生の心得があると言ってもいい。


 例えば、不慮の事故で命を落とした男が、最強の能力をもらって無双するとか。

 例えば、高校のクラスごと転生した男が、自分だけ最強の能力をもらって無双するとか。


 同様の例が二つ並んでしまって申し訳ない限りではあるが、しかし転生したら最強になるのは、犬も歩けば棒に当たるとか、戦隊ヒーローは必ず勝つとか、そんな至極当然の事象なのである。例が似てしまうのも無理はない。


 だから――僕の場合も。


 不幸にも前方不注意のトラックに突っ込まれて死んでしまい、目覚めると見知らぬ異世界に転生していた僕の場合も……チートなスキルをもらえているはずである。


 ただまあ、結論から端的に話すと。



 僕が与えられていたのは、【料理】というチートとは程遠い平々凡々なスキルだったのだ。



 何が異世界転生だ。

 こんなスキルで、どう無双すればいいっていうんだ。


 この世界に転生してしばらくは、そんな風に腐っていた僕ではあるが……しかし改めて考えると、本当ならトラックに轢かれた時点で終わっていたはずの人生がこうして続いているだけでもありがたいんじゃないかと、そう思えるようになっていた。


 きっと創作物の中にも、僕と同じように役に立たないスキルを与えられて、現実と変わらぬ人生を送った人だっているのだろう。


 それでいいじゃないか。

 喜劇も悲劇も冒険活劇も、当事者にしてみれば疲れるだけだ。


 神様か女神様だかが与えてくれたこのボーナスステージに感謝して、精々慎ましく生きようと決めた僕は。


 きっと死ぬまで――主人公にはなれないんだろう。





「二番カウンターに『モチョンゲの姿煮』と『ラピウッドのキモ三種』追加です!」



 日が完全に沈んだ後も、ここデリアの街に静寂が訪れることはない。特に僕の働く「バリーの酒場」はこの時間からが勝負と言っても過言ではなく、クエストを終えて帰ってきた冒険者たちで席がごった返すのだ。



「どっちも任せていいか、レン!」



「了解です!」



 僕はバリーのおやっさんから指示を受け、手際よくモチョンゲの仕込みに入る。


 異世界に転生して右も左もわからず呆然としていた僕を拾ってくれたのが、この声も体もでかいスキンヘッドの親父、バリーさんだった。行く宛のない僕を酒場で働かせてくれ、寝床まで用意してくれた世話好きのお人好しである。



「アンナちゃん! これ十番テーブルと十二番テーブルね!」



「わかりました!」



 僕から受け取った料理をテキパキと運ぶのは、この店の看板娘のアンナちゃんだ。大きな瞳とオレンジの髪の毛がチャームポイントの彼女は、十七歳の元気一杯な女の子で、転生して塞ぎ込みがちだった僕の心を優しく溶かしてくれた。


 冒険者たちの目当ては、ほとんどこの看板娘であると言ってもいい。華奢な体つきながら出るところはしっかり出ている彼女のプロポーションは、むさくるしい男どもの視線を釘づけにしている。



「……」



「おいレン! 何ぼーっとしてやがる!」



「あ、すみませんバリーさん」



「おやっさんと呼べと言ってるだろうが、なよなよしい! そんなことより、それ、大丈夫か」



 おやっさんに促されて目をやると、モチョンゲを入れた鍋が沸騰寸前だった。ちなみにモチョンゲとはここら辺で獲れる川魚のことで、まあ日本で言う鮎くらいの立ち位置である。



!」



 僕は鍋の上に浮かぶ青白い文字列を読み、おやっさんに報告する。


 これこそ、僕のスキル【料理】の力。


 ありとあらゆる食材を最適、最高、最善、最良の調理法で料理することができる、料理人にとってはチートとも呼ぶべき能力なのだ。


 食材を前にすると、僕にしか視認できない青白い文字が浮かび出し、作れる料理の候補を出してくれる。今回は候補の中から姿煮を選択し、あとは文字の指示に従うだけで、最も美味しい姿煮が完成するのだ。


 もっとも、文字に従うだけでは技術的な面をカバーできないと思う向きもいるだろう……その技術面にこそ、この能力の真骨頂がある。


 【料理】には、オートモードとマニュアルモードが存在するのだ。


 マニュアルモード中は調理法の指示が出されるのみで、いわば最高のレシピ本を開いている状態と同じである。


 だが、オートモードを発動した瞬間から、僕の身体は僕の意志を完全に無視して稼働を始め――気づけば、


 欠点があるとするなら、オートモード中は料理以外のことができなくなるので、適宜モードを切り替えなければならないということくらいだろうか。



「モチョンゲあがりました! ラピウッドももうすぐです!」



 酒場の厨房では料理だけをひたすら作り続けるわけにもいかないので、最近はほとんどマニュアルモードを発動している。元いた世界では料理のりの字にも触れてこなかった僕ではあるが、転生して半年、ようやくマニュアルでの料理にも慣れてきた。



「今日も絶好調だな、レン! その調子で頼むぜ!」



「はい!」



 思っていた異世界転生とは違うけれど。

 これはこれで、何とも忙しくも楽しい日々を送れている。


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