第7話 これは神の試練なのです!
お茶を一口飲む。
お茶と言っても翔太郎が慣れ親しんだ日本茶、紅茶、ウーロン茶とは全く別物で、分類上はハーブティーになるのだろうが匂いもきつくなく、ほんのりと甘いやさしい味だった。宮殿に用意されていたものだからさぞ高級なのだろうと遠慮なくお代わりをする。
なにしろ午後に病院に行ってから今まで、かれこれ6時間ほど水分を摂るタイミングがなかったものだから渇いた喉に染み渡るのだ。
乾パンのような軽食は、元々胃潰瘍の頃から食が細かったので、味見程度に一口齧っただけだ。味の方は宮殿製ということで少しは期待したのだが、残念ながら『非常食としてはまあまあ』と言った感じだ。
3杯目のお茶のお代わりを楽しみつつ、翔太郎は司祭たちの話に耳を傾ける。
不良5人はきちんとステータス表示がなされたのに何故翔太郎は表示されないのか。
神の思し召し、必ず意味がある。
魔力の少ない赤ん坊ですら問題なく作動するはずだ。
魔力がゼロという可能性は?
ない。魔力切れになると気絶することは魔法使いの常識。最悪死に至る。
召喚前に神の怒りに触れて加護が付かなかった。
加護があるほうが特別。神の怒りというなら必ず御神託が下る。その場合、警告の意味で称号欄に『大罪人』と表示されるはず。
ステータスを隠す特殊なスキルがある。
翔太郎は、危うい、と感じた。
憶測でも積み重なれば人物評価に強く影響を及ぼす。身に覚えもない大罪人扱いも、持ってもいない特殊能力を期待されても迷惑だ。
できれば推論の方向を穏便な方へ変えてもらいたいと口を挟むことにする。
勝算はあった。ネット小説知識があるのだから。それに、私生活ではボッチで微コミュ障ではあったがブラック企業で10年近く営業担当してきた経験がある。
「あの、ちょっといいですか?」
「ああ、申し訳ありません。予想外のことばかり起きて、誰かに相談しようにも問題がどこにあるのかすらわからない状態でして」
「いえ。それはゆっくり調べてもらって構いませんが、実は、思い当たることがあるんです」
「え? まさか本当に神の怒りを買ったとでも……」
「いえいえ。そちらの方面ではなくてですね、騎士団長さんがおっしゃっていたことなんですが」
「お? 特殊なスキルがあるのか?」
「いえ、それでもなくてですね、魔力ゼロだからだと思ってます」
「バカな! おぬしはピンピンしとるではないか!」
「そう不思議なことではないですよ。私の国では魔法も魔物も存在しません。当然魔力も存在しないでしょうね」
「じゃが、おぬしの仲間は魔力を持っておったぞ。それもかなりの量を」
「仲間ではありませんが……まあ、いいですが。そちらの方も心当たりがありまして、私の国には先ほども言ったように魔法も魔物もおりませんが、物語としての勇者関連の書物は無数にあります。
その中に今回のような例がありまして、通称『巻き込まれ召喚』と呼ばれています」
「「「巻き込まれ召喚?」」」
「はい。神に選ばれた勇者が世界を渡る際、無力な一般人が偶然一緒に召喚されてしまう、というパターンです。
たぶん、あの5人が勇者なのでしょう。あの態度はいただけませんが、友達同士のようですしパーティーを組むにしてもバランスがいいと思います。何より若いですし。
縁もゆかりもない、それどころか悪感情を持った病弱な30過ぎの私がパーティーに加わっても戦力はガタ落ちでしょうね」
「神がそんな間違いをすることなどありえません!」
翔太郎が推測を述べると、神関連に敏感な司祭が強く否定してきた。
だが、翔太郎は慌てず反論に反論する。
「ですが、世界が違うのですよ? こちらの世界の神サマも私の国は管轄外なのではありませんか? 私の国にも神がいますから。
それにあの5人とは今日、それも召喚されるほんの少し前に出くわしただけです。召喚のタイミングに同じ場所にいただけです。これは運命ではなく偶然と呼ぶべきです」
「勇者の国の神……し、しかし、これは神の御意思で……」
「やつらに襲われなければ、おそらく私は召喚されなかったと思いますよ。それとも、こちらの神サマの御意思で私は襲われたのでしょうか?」
「しょ、ショータロー殿、それ以上は!」
「ああ、これは言い過ぎました。謝罪します。
ところで司祭様、その御神託には勇者の人数とか名前までありましたか?」
「い、いえ。ただ『勇者たち』と複数であることはわかりましたが……」
翔太郎のこの質問はある意味賭けだった。
ネット小説では『本当の全知全能の神』はほぼ登場しない。完璧すぎる存在は主人公の活躍を奪うからだろう。
しかし、この世界に来てから何度も『御神託』という言葉を聞いて、神の存在は信じても構わないと思ったが、そのレベルが気になった。
賭けには一応勝ったようだ。勿論相手が『本当の全知全能の神』で、実はまだ掌の上ということもあるかもしれないが、そこまで行くと人間如きが何を考えても始まらない。
逃げ道が見つかっただけで良しとすべきだ。そう翔太郎は思った。
「じゃあ、私の推測も間違ってるわけじゃないと思いますよ。私のステータスにしたって、はじめから5人分しか加護を用意していなかったので、元の魔力のない体のままだ、ということじゃないでしょうか」
「し、しかし……いや、それでは神の威光が……しかし……」
翔太郎は自分のステータスが表示されないことを逆に利用し、ネット小説のテンプレ設定を色々流用して上手く辻褄を合わせたに過ぎない。
こんなご都合主義、ネット小説に投稿したところで無視されるか、パクリだと叩かれるかのどちらかであろう。
だが、真面目な宗教人であるパーナード司祭にはいささかショックであったようだ。
流石に翔太郎も罪悪感を感じている。だが、ブラック企業の激務から開放されたとはいえ、これからの残り少ない人生を同じように無駄にしないためには話術でも詐術でも使うのを躊躇うことはできなかった。
ここで魔術師団総長が翔太郎ではなくパーナードに声を掛けた。
「司祭殿。わしは神の事情はよくわからん。わからんが、そやつの言うことは一理も二理もある。無論ステータスについて調査は進める。仮に魔力がないとしても剣ぐらいは振れるじゃろう。それはグレンに任せればよい。
おぬしは神殿に戻り、おぬしたちにしかできぬことをすればよい。
わしはどうもあの5人が気に食わん。勇者だなどとは納得がいかん」
一連の遣り取りで翔太郎の言い分を半ば認めた上で何もかもが疑わしくなっているのだろう。
「魔術師団の総長ともあろう人まで神を疑うとは……」
「そうではない。ほれ、おぬしらがよく言っているではないか。『試練』じゃよ。もともと大氾濫はわしらが対処せねばならぬ問題じゃ。全てを勇者に任せるなら始めから神に頼れば良い。だが、そうではないのじゃろ?」
「そ、そうです! 試練、これは神の試練なのです! 神を疑わないということは盲目的に神を信じ思考を停止することではない、そういうことですね?」
「あ? う、うむ。その通りじゃ……(たぶん)」
「わかりました。私は神殿に戻り協議してきます。勇者候補のお世話はお任せします。さあ、あなたたち戻りますよ」
何か老魔術師が呟いていたようだが、信仰心が更に強化されてしまった司祭には聞こえなかったようで助祭たちとともに部屋を出て行こうとする。
『試練、試練ねえ……実際使っているのを耳にすると随分怪しい言葉だな。でも、オレもあのクソ会社で『試練だから残業頑張ろう』なんて思えてたら幸せだったのかな。うわ、想像すると怖いわ!』
などと翔太郎が内心震えているとパーナード司祭が去り際に声を掛けてきた。
「ショータロー殿、何か複雑なことになっておりますが、きっとこれも神の思し召し。仮に勇者でなくともあなたには役目があるはず。私は神を信じております。あなたにも神の祝福があらんことを」
「は、はあ。お世話をかけました……」
そうして司祭たちは慌しく出て行ってしまった。
『うーむ。よくわからないが、あれだな、この異世界転移は当たりの部類だな。悪徳召喚ではなさそうだし。まあ、ステータス確認すらできてないんだけど……』
翔太郎は司祭を見送りながら全く別のことを考えていた。
************
新作始めました。二作品あります。是非よろしくお願いします。
『鋼の精神を持つ男――になりたい!』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502180996月水金19時投稿予定。
『相棒はご先祖サマ!?』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502718497火木土19時投稿予定。
連載中の『ヘイスが征く』は日曜日、週一投稿に変更します。ストックが切れそうなので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます