第6話 勇者召喚とやらはやり直せないんですかね?
『ステータス』。英単語としては様々な使われ方をしている。
しかし、ことファンタジーの世界では主にゲームや小説の登場人物の能力を数値化したもの、と言うように使われることが多い。
レベル、スキル、HPやMP、ちから、すばやさ、などなど。
各作品によって表示項目も基準値も違うのが問題と言えば問題である。
そして『冒険者』。
字だけで判断すれば『冒険する人』なので『冒険家』との違いがわかりにくいのだが、あるロールプレイゲームが日本で大ヒットし、その中で使われた用語が一般化したものである。
各小説で定義はそれぞれ異なるが、総じて『依頼を受けて様々な仕事をこなす何でも屋』と説明される。小説の中で目立つのが『薬草採取』『モンスター討伐』『商隊の護衛』である。とくに『魔物討伐』は一攫千金の花形で、これがあるからこその『冒険者』だと言っても過言ではない。
類義語に『探索者』があり、作品によっては定義が曖昧だが、特にダンジョンで活動する場合に使われることが多い。
また『冒険者ギルド』の『ギルド』についてだが、これは言葉上特に複雑な意味はない。単に『組合』を示している。ゆえに『商業ギルド』『魔術師ギルド』『鍛冶屋ギルド』など例を挙げれば限りがない。日本でなら『農協』もギルドには違いないのだ。
作品によっての違いは、国営か私営か、又は国連並みの独立した組織力を持っているかという点であろう。ちなみにギルドの代表は『ギルドマスター』と呼ばれることが多い。
元々は歴史の教科書でヨーロッパの産業革命の項目にひっそりと載っていた単語だったのだが、日本で1980年代の少年漫画に『海賊ギルド』と言うのが登場し、その後ゲームやファンタジー小説などで多用され始めてついに市民権を得たのだと思われる。
これらの用語は、ネット小説愛読者の翔太郎にとっては心躍るキーワードである。異世界転移してしまい帰れるかどうかわからない状況だったとしてもだ。
いや、だからこそなのかもしれない。
「あ、あの! その、ステータスについてなんですが……」
「はい。遅くなって申し訳ありません。元々の予定では勇者候補の方全員一緒に検査するつもりだったのですが、あのような状況でしたので」
あのような状況というのは翔太郎が襲われていたことだ。
「あ、騎士団長殿、あの者たちが盗賊のようなことをした件についての処分はどうなりましたか?」
ステータスの説明をする前に、パーナード司祭が思い出したように確認をとる。
「それなんですが、もし街の外で見つけたら問答無用で切り捨ててもよかったのですがね、まあ、宮殿内でも同じことなんですが、結果的に未遂ということになりますからね。ああ、一応事情は聞きましたよ。あいつら、悪びれもせず『本気じゃない。冗談だった』なんてぬかしやがりましてね、冒険者の中にたまにいるゲス野郎と同じですね。まあ、こちらの方も無事だったようですから、今回は厳重注意で済ませました。
ああ、今後逆恨みの報復を考えているか問い正したところ、ダンジョン攻略や魔物を討伐できるなら敢えて面倒を起こすつもりはないと答えましたよ。
司祭様、ありゃ人の命を遊びに使うタイプですよ。勇者召喚とやらはやり直せないんですかね?」
憤懣やる方ないといった騎士団長の回答。
その場を見てきた魔術師総長も、騎士団長の言葉を聞いた司祭も渋面を作っていた。
「……神のご意思を疑うような真似は神官としてできません。しかし、人類の運命がかかっていますから、早めに巫女長や大司教に伺いを立てましょう」
「是非そうしてもらいたいものですな。あいつらに戦い方を指導する立場としてはね」
「わ、私からもお願いします。一緒に訓練など暴力を振るう口実を与えるようなものです。ましてや同じパーティーになってダンジョンに入るなんて、魔物の群れに囲まれた方がまだマシだと思えます」
翔太郎は思わず要望を口に出した。
闘病の果てに、または冒険の結果命を落とすことになっても、それはそれで満足して瞑目できると感じるが、不良少年やブラック企業の元上司のせいで命を縮めることになったら死んでも死に切れない、などと思ってしまったのだ。
「……そうですね。わかりました。その件はこの3人で国王陛下に進言し、訓練時に便宜を図っていただきましょう」
「あ、ありがとうございます。あ、でも、ステータス検査で私が勇者でない可能性もありますから、その時は神サマにお願いして元の世界に戻してもらえませんかね?」
「それは……いえ、それは検査の結果を見てからですね。フェロメール卿、お願いできますか?」
「そうじゃな。陛下への謁見がなくなったとはいえ予定よりも時間がかかっておる。さっさと終わらせてしまおうかの」
魔術師総長の指示で控えていた騎士と魔法使いたちが動き出す。
色々問題のあった勇者召喚だったが、やっと翔太郎のステータス検査が始まる。
王宮の会議室にふさわしい上品なテーブルの上にそっと置かれたのは台座に乗った水晶玉としか形容できないオブジェ、そこからコードが伸びて対面席の3人の前に置かれている27インチ薄型モニターのような石版に繋がっていた。
これが所謂『ステータス判別器』なのだろう。よく冒険者ギルドに置かれているヤツだ。
翔太郎にとっては小説のイメージどおりだったので驚くことも戸惑うこともないが、一応指示を待つ。
この装置を使わないとステータスがわからない、という『設定』らしい。
実はこの翔太郎、隙を見て『ステータス・オープン』という決まり文句を小声で唱えたり頭の中で念じたり、色々試していたのだ。結果空中に画面が開くということもなかったわけだが。
「その水晶に手を載せるのじゃ」
『さて、オレの希望は「勇者召喚に巻き込まれた一般人」かね。あ、でもそのパターンだとネタスキルが追放された後にとんでもスキルに化けるかもな。まあ、日本に戻るつもりはないし、高望みはしないけど、のんびり生活できるといいなあ』
などと妄想しながら正太郎は手を伸ばした。
「む? むむむ?」
「総長殿、どうしました?」
石版を見ていた魔術師総長が妙な唸り声を出し、司祭も怪訝思った。
だが総長は答えず、何やら石版の裏側を調べたりしていた。
「おい、水晶側のコードが外れたりしとらんか?」
総長が声を掛けたのはパーナード司祭ではなく、翔太郎の側にいた魔法使いだった。
そしてその魔法使いは総長に言われたとおり水晶の台座辺りを調べる。
結果は『異常なし』であった。
「おかしいのう。お前、代わってみろ」
装置に不具合が発生したらしいことは翔太郎にもわかったので、素直に場所を明け渡した。
先ほどの魔法使いが水晶に手を載せる。
「ふん。使えるではないか。おい、ショータローとやら、今度はしっかりと手を置くんじゃぞ」
「わかりました」
さっきもちゃんと触ったぞ! という言葉は飲み込んで翔太郎は改めて水晶に手を当てた。
「む、むむむむ! 何じゃこれは!」
またもや唸り声が上がった。どうやら装置の不具合どころではないようだ。
「どうしたと言うんです?」
「表示がされん」
「え? どういうことです?」
「わからん。おい、他の人間も試してみろ」
総長に指示により、騎士、助祭、魔法使いたちが交互に水晶に触れていく。
結果は良好。何の問題もなくステータスが表示された。
装置の調子は良いのに総長の顔色は悪い。
翔太郎もテスターとテスターの合間に何度も触らされた。補助の人間がついて掌を上から押さえつけられたり、右手左手片方ずつだけでなく両手も使わされたりもした。
しかし、翔太郎の番の時だけ石版には何も表示されなかったのだ。
だんだん室内のざわめきが大きくなっていく。どうやらかなりの異常状態らしい。
「どうなっておる? おい、予備の測定器を準備しろ。魔力測定器も持ってこい」
総長の指示で何人かの騎士と魔法使いが部屋を出て行く。
用意にしばらく時間がかかるということでこの場で一時休憩となった。
お茶と乾パンのようなものが出される。用意したのは残った騎士。メイドは来なかった。翔太郎は密かに期待していたのだが。
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新作始めました。二作品あります。是非よろしくお願いします。
『鋼の精神を持つ男――になりたい!』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502180996月水金19時投稿予定。
『相棒はご先祖サマ!?』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502718497火木土19時投稿予定。
連載中の『ヘイスが征く』は日曜日、週一投稿に変更します。ストックが切れそうなので。
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