第2話 最近はオヤジ狩りとかも再流行してるのか?

「何でもう夜!? 寝てた? あっ、会社! うわっ! 電源切ったままだ!」


 男は慌てて持ち物を確認する。どうやら盗難などの被害はないようだ。

 しかし、スマホの不在着信履歴がすごいことになっていた。

 時刻も確認すると18時を過ぎていた。秋の釣瓶落とし。辺りは既に真っ暗で、既に人気のない公園を遊歩道沿いの街灯が頼りなく照らしている。


 男はまた慌てて立ちあがろうとした。


「……どうせまた仕事を押し付けられるんだろな」


 男は再びベンチに腰を下ろした。そして今度は青空ではなく星空を見上げる。


「……どうせ休職願い出すときに揉めるんだ。今日ぐらい堂々とサボってやるか」


 男は、今までの自分からするとなんとも大胆な決断ができたことだと不思議に感じながらも癌というショックな出来事が原因ならそれも当然かと苦笑する。

 そして、そんなポジティブな思考に又違和感を感じたが理由を探せばいくらでもあったので自然と納得できた。


『よし、悩んでも意味がないな。人間いつ死ぬかわからないってことがわかったから、これからはやりたいように生きるか』


 疑念と納得をしばらく繰り返し、悟りを開いたような結論に至った男の表情はこの公園に来たばかりの幽鬼のような表情とは打って変わって晴れ晴れとしたものだった。


「さて、今日は久しぶりに早く帰れるな。ゆっくり寝て、明日は会社に報告か……気が滅入るな。休職手続きが上手く行くかどうか。あのクソ課長のことだからな。ダメと言われたら労基に訴えてやるか。それとも弁護士雇って裁判起こすかな。今までの残業代と休日出勤手当てや何かに精神的慰謝料を合わせて請求してやるのもいいな。いやー、癌になったおかげで人生楽しくなってきた」


 男は暗い笑みを浮かべながら改めてベンチから立ち上がり歩き始めたのだった。


 公園の出口に向かおうとすると、男の前に立ち塞がる者がいた。

 数名の若者であったが、それぞれ手に金属バットらしきものを持っていた。


 だからと言って練習帰りの高校球児には見えない。成人の草野球選手ですら無理がある、今時の若者らしいだらしない格好だった。

 強引に理由をつけるなら、マイバットを持ってバッティングセンターに行く途中、であろうか。


『おいおい、最近はオヤジ狩りとかも再流行してるのか?』


 若者たちの様子を窺った男は瞬時にそう判断し、別の出口に向かうべく回れ右をした。


 が、どこに隠れていたのか、方向転換した男の前に更に二人の男が立ちはだかった。これで前後五人に囲まれたわけである。横方向にも既に包囲が完成されていた。


「……何の用だ」


 碌な用じゃないことは確実だろうが、確認は取らなければ社会人失格だ。そう考え、男は不機嫌そうな声で目の前の若者に問いかける。


「ぷっ、何の用だ、だって。おっさん声震えてなくない?」


 答えになっていない返事を返したのは、男が声を掛けた若者の隣にいた方だった。よく見ると他の4人が同じような金髪であるのに一人だけオレンジに髪を染めていた。どうやらリーダー的存在らしい。

 周りの4人は『ウケル~』だの『ワロス~』だの、意味があるかないかわからないような言葉で男を嘲笑している。


「……用がないなら行かせてもらう」


 これ以上関わっていられないと、男は何とか若者たちの隙間を通り抜けようとした。


「まあまあ、おっさん。用があるのはホントだって」


 男はすぐに回り込まれて包囲からは抜け出せなかった。


「なら用とやらをすぐに言え。こっちは忙しいんだ」


「うわ、ムカつくおっさんだな。まあいいや。あのさ、俺ら財布落としちゃってさ、見なかった?」


「……見てない。もう用はないな? 帰らせてもらう」


「まあ、待てよおっさん。怪しいな。ホントは知ってるんだろ? あ、拾ってネコババしたとか? あー、だから逃げようとしてんの? ダメだなー。拾ったお金は返してもらわないと」


「「「「金返せー」」」」


 オレンジ髪のリーダー(仮)が流れるように金銭を要求してくる。金髪4人も台本があるかのごとく追従してきた。

 こんな状況で男はちょっと感心している。


 30年ちょっとの人生でカツ上げに遭ったのは初めてであるが、単に暴力に訴えるのではなく、濡れ衣を着せることで金銭を巻き上げるのが今時の不良のスタンダードなのかと考えてしまった。

 確かに、今この場に警官が現れても『落とした財布を捜している』という言い訳は有効だ。現行犯であることを確認しなければ自力救済は認められないということを除けばだが。それも身内から目撃証言を出すだけで有耶無耶になる可能性がある。

 あとは、若者たちの親が政財界の大物、などという場合は完全犯罪が成立する。ブラック企業の下っ端社員の力の及ぶところではない。道理で世の中から冤罪事件がなくならないわけだと、男は溜息をつく。


 そんな男の態度を諦めだと判断したのか、にやけるオレンジリーダー。かさにかかって更に攻めてくる。


「ほら、おっさん。諦めて金出しな。あ、金返せ、だったっけ? まあ、どっちでもいいや。あはははは」


「「「「あははは! 金出せ!」」」」


 男は大きく溜息をつくと、オレンジリーダーをしっかりと見据える。

 そしておもむろにコートのポケットに手を入れた。


 不良たちは男が財布を出すとでも思ったのか、特に反応はない。その隙に男はすばやくスマホを取り出し、『110』の番号をタッチして待機状態にした。後は親指が通話ボタンを触るだけで通報可能だ。


「茶番はもうやめろ。財布を落としたたら警察に行け。これ以上拘束するなら代わりに警察を呼んでやるぞ」


 強盗を刺激してはいけないと頭ではわかっていた男だったが、唯々諾々と相手の要求に従うのは何か間違っている気がした。思い浮かぶのは10年近くに渡って嫌な上司の理不尽な要求に従っていた日々だった。


『嫌なことはやらない。やりたいようにやるって決めたばかりだろう。強気に出ろ! なに、時間もまだ早い。人通りはある。最悪暴力を振るわれたらカバンで防いで何とか人のいるところまで逃げればいい』


 強気というより無謀な選択をしてしまった男。強気にはなれても強くはなっていないことを考慮していなかった。


「は? ケーサツ? 何でそんなことになるんだ? 俺らは自分の金を取り返そうってだけなんだぜ?」


「「「「そうだ! 金返せ!」」」」


「まだ言うか! さっさと帰れ!」


「しぶといおっさんだな。いいコト教えてやるよ。俺の親父な、ケーサツの上のほうに顔が利くんだぜ? 意味わかるだろ?」


 悪い部分で男の妄想が実現した。強気になれても運の悪さは変わらないようである。


「……ああ。父ちゃんが苦労してそうだってことがな。ストレスで胃癌にならないといいな。それともバカな子供ほど可愛いってタイプか?」


「ちっ、口の減らねーおっさんだぜ」


 猶も強気に出る男の態度に、オレンジリーダーはとうとうニヤニヤ顔を維持できなくなったらしい。

 そこに突然金髪の一人がバットを振り上げ、威嚇目的か、強く地面を叩いた。


「ケンちゃん、まだ続けんのかよ。もういいじゃん。いつもみたいにシメちゃおうぜ?」


 どうやら金髪Aは茶番を演じるのを放棄したらしく、ストレートに犯行予告を出してくる。

 そして金髪BCDが賛同の表明をしている。


「あーあ。せっかく色々考えたんだけどな。これも素直に金を出さないおっさんが悪いんだからな。今謝れば許してあげるケド?」


「……もう通報した。今謝れば許してやるぞ」


「このやろう!」


 正確には電話が繋がっただけ。場所も事件内容も警察が知るはずもない。

 男の発言は単なる売り言葉に買い言葉、挑発にしかならない。

 結果、金髪Aに殴りかかられる。


 幸いと言っていいのか、後ろからの攻撃ではなく正面からの単発の攻撃だったのでカバンで防ぐことができた。

 だが、その後オレンジリーダーも含めて他の不良たちも攻撃態勢を取り、じわじわと距離を縮めてきている。いきなり全員で襲い掛からなかったのはじっくりと痛めつけるためか。


 男に格闘技の経験はなかったが、後ろからの攻撃を本能的に恐れてその場でゆっくりと身体を回転させ、何とか逃げ道を探そうとする。


『クソッ! どこで間違えた? いや、オレは間違っちゃいねえ! 絶対押し通してやる!』


 不良5人からの距離が一層縮まり、タコ殴りにされる映像が男の脳裏を掠めた瞬間、足元に光が走った気がした。


『警察のサーチライトか? 誰でもいい、助かりそうだ!』


 男が声を上げようとしたとき、辺りが強い光に包まれ何も見えなくなるのであった。





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新作始めました。二作品あります。是非よろしくお願いします。


『鋼の精神を持つ男――に私はなりたい!』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502180996月水金19時投稿予定。


『相棒はご先祖サマ!?』https://kakuyomu.jp/works/16816927861502718497火木土19時投稿予定。


連載中の本作品『ヘイスが征く』は次回3月20日から毎週日曜日、週一投稿に変更します。ストックが切れそうなので。

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