隣国の王太子が求婚する理由

華川とうふ

婚約破棄

「殿下、申し訳ございません。私……彼のことを愛しているのです! だから殿下とは結婚できません」


 目の前の令嬢が涙をたっぷりと瞳にためてこちらに訴える。

 たしか、ローザといっただろうか? いやロザリンド? ローズ?

 なんでもいい。

 目の前の令嬢は確かに美しかった。

 家柄も問題なし。

 蝶よ花よと、完璧な令嬢になるように育てられてきた。

 ミルクの風呂で肌を磨かれ、金の櫛で髪を梳かす。

 何か国もの言葉を操る教養もある。

 瞳の色はまるで宝石のよう……えっと、彼女の瞳は……そう、サファイヤのような青だ。


 完璧な貴族の令嬢だった。

 そして、令嬢らしく純粋で無垢。

 貴族の令嬢としてのふるまいは知っていても、人間としては子供同然。

 疑うことなど知らない。


 そんな彼女に寄り添うのはこの国の有力貴族の長子だ。

 確か、優秀なだけじゃあきたらず、世界を旅し見分を広めていたとか。

 また、彼の家は古くそして先見の明にも優れていると――彼の家の財産は王族よりも多いという噂まである。

 恩を売って損になる相手ではない。

 私は彼の家から今後送られてくる、慰謝料代わりの品々を想像して思わずほくそえみそうになった。


「愛ですか……」


 私は少し寂しそうに、力なく令嬢の言葉を繰り返した。

 別に愛なんてどうでもいい。

 そんなもので腹は膨れない。

 だが、初めて恋をした目の前のご令嬢にとってはきっと人生を揺るがすほど大きくて大切なものだろう。

 多様性は大事にしたいと考えているので、別に否定はしないけど……ずいぶんお気楽な人々だなと目の前の二人を見て思った。


 我が国とは違う。

 資源に恵まれた国は貴族が恋愛に現を抜かしている暇があるのだ。


 恋愛なんて贅沢なものは私の国にはない……。



 そう、俺がこんなあほな茶番に付き合うには、こんなとんだラブコメディーに付き合うのには理由がある。

 それは、私の国を守るため。

 力のある隣国の恋愛関係にかかわって婚約破棄をされることによって、自国を守るためなのだ。


 さあ、次はどこの国の茶番劇に登場しに行こうか。

 隣国の王太子の求婚はつづく……。

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隣国の王太子が求婚する理由 華川とうふ @hayakawa5

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