爆轟の精霊使い

大黒天半太

爆轟の精霊使い---の後継者

 高校ではクラスで一番面白いと言われていた俺、土師はじ東風とうふうは、関東の大学へ進学すると称して親の目を眩まし、家を出て自由の身となり、大学にはろくすっぽ通わず、お笑い芸人を目指して、養成所や素人のオーディション番組や劇場に通いつめた。


 芸能会社の養成所では、トリオを組んでコントをやったり、コンビで漫才をやったりした。ピンでも舞台に立ったが、そこで致命的な自分の弱点に気づいた。


 台本ネタが書けないのだ。


 正確に言うと、ネタ出しが遅いし、考え過ぎで練れば練るほど微妙になって行く。

 逆に誰かの書いた台本ネタを、相方とネタ合わせしながらブラッシュアップするのは得意だ。コントでも漫才でも新ネタはそこそこに受けた。


 思い返せば、高校でウケていたのは、見聞きした面白い芸人のモノマネをやってただけで、評判は元の芸人よりお前がやった方が面白いと言われていた。

 だが、毎回毎回台本を書かされれるのは不公平だと声が上がるのは必然で、しかもアレンジして一番美味しいところを俺が持って行くものだから、トリオやコンビはしばらくすると解散・解消になってしまうのが常だった。

 大学を留年し、親にバレ、仕送りも止められて、それでもアルバイトしながら養成所と劇場に通い続けた。



 だが、十年も経つと養成所の中では、俺みたいなアラサーはほとんど大卒とか専門学校卒や社会人からのチャレンジ組、若い奴らには組む相手とはみなされなくなっていた。ピン(自分)用の台本ネタはいくつか作ったが、何度も同じネタをやるわけにもいかない。


 台本ネタ作りで徹夜して、アルバイトに出かける途中の路上で、俺はあっけなく心臓発作でこの世を去った。

 売れないお笑い芸人(未満)の末路とは、まぁこんなものなのかもしれない。




 次に目を覚ました時、そこはあきらかに知らない天井だった。

 ゆっくりと記憶が戻ってくる。アラサー売れないお笑い芸人土師東風としての記憶ではなく、この身体の、トゥールース男爵の嫡男ユーラス六歳の記憶だ。

 これが異世界転生ってヤツか。


 このリドア王国もそんなに大国ではなく、むしろ大陸の端の辺境に位置し、周辺は未開発の魔境だった。魔物が闊歩する魔境に接しているので、剣と魔法が幅を利かしている。

 冒険者や探索者、傭兵と言った腕自慢がゴロゴロしており、ギルドの支配力が弱ければ無法地帯となりかねない有り様だ。


 こうした国での貴族というのは、優雅な特権階級というより、ガチ実力主義の支配階級で、自分の領地の秩序と治安は、もちろん領主の強さにかかっている。

 トゥールース男爵家は代々精霊使いの家系で、当主はもちろん最強の術者でなくてはならない。嫡男として英才教育を施されはするが、実力が無ければ、親族か精霊使いの弟子の中から、有能な術者を養子に迎えることになる。


 初代のトゥールース男爵は、火の精霊使いで戦闘力が高かったため、一介の冒険者から王国軍の魔道士になり、男爵まで昇り詰めたそうだ。祖父マースは火の精霊使いで、一人娘である母アテナもそれを継いで火の精霊使いだった。父ノートスは風の精霊使いで、アークリッド伯爵家の三男だったので婿として迎えられたのだった。

 だが、トゥールース男爵家で祖父マースに師事してから、父ノートスはめきめきと実力を上げ、風の精霊だけでなく火の精霊もかなり使えるようになり、その総合戦闘力は、母はもちろん祖父をも上回ったため、私が生まれる前にはもう当主の座を譲られていた。

 前当主だった祖父も、それに次ぐ精霊使いだった母も健在なので、現在のトゥールース男爵家には、よその男爵領なら当主が務まる戦力が三人居ることになり、田舎の男爵領としては盤石の態勢だ。


 ユーラスである俺は、周囲の精霊たちを視る。意識すれば、自分の周りに小さな翼や翅のある実体の無いものたちが集まっている。これが風の精霊だった。ランプの中には火の精霊が、水差しの中には水の精霊がいる。風の精霊たちは俺が好きらしく自然に集まって来るが、火や水の精霊は心の中で「来て」と呼びかけなければ寄って来ない。どうやら、父譲りで風の精霊使いらしい。掌の上で、風を思うように吹かせたり、つむじ風や真空に近いものも作ってみた。

 上級の精霊使いが普通の魔法使いと比べて有利な点は、術そのものは精霊たちが発生させてくれることだ。相応しい精霊を呼び、どういうことを引き起こして欲しいのかを伝えるのに魔力が必要なだけなので、強く大きな精霊やたくさんの精霊を従えていれば、同じ状態を作り出す術に要する魔力はかなり少なくて済む。


 ユーラスにとって精霊との対話は当たり前のこと過ぎて、精霊と遊びこそすれ、術として何かをしてもらうということが、まだ理解できていなかった。自分の都合に付き合わせたから、おもてなしをする。お礼を用意して、仲のいい友達に、頼み事をする。信頼できる相手に仕事を頼んで、報酬を払う。精霊使いの術とは、そういうものかと俺が理解した途端に、術の行使は容易くなった。自分の純粋な魔力を精霊たちに放出すると、精霊たちは喜んで協力してくれた。


 翌日の訓練でそれを見せた途端、祖父も母も驚き、その翌日からは、父の指導を受けることになった。


「火の精霊も同じくらい操れるようになったら、お祖父様に火の精霊術を教わることにして、当面は風の精霊術を少しづつ覚えて行こうね」

 父ノートスは、伯爵家では三男坊であまり待遇がよくなかったため、子ユーラスが風の精霊使いだったことで、母や祖父の手前肩身の狭い思いをしていたようだ。早くも、意識的に術を使えるようになった息子が、誇らしいらしい。うん、今生の家族に誇りに思われて、俺も嬉しい。


 一年余りで、父ノートスが婿入りまでに教わった術は、ほぼ習い終えた。後は、自分の成長と術の習熟で、効果と精度を上げていくだけ。齢七歳にして、嫡男ユーラスは、一人前の風の精霊使いとして、トゥールース男爵家の戦列に数えられる身になったのだ。


 その頃には、祖父マースが「炎使い」と呼ばれる火の精霊使いの中でも五本の指に入る実力者だったこと、その後を継いだ父は王国軍への従軍の際に「爆轟の精霊使い」との二つ名が付いていることを知った。


 さらに三年の鍛錬を経て、祖父に師事して火の精霊やその他の精霊術についても身に付けた。リドア王国では十五歳が成人年齢なので、あと数年で戦争や魔物の大発生があると王国軍に召集され、魔道士として戦う可能性もある。


「ユーラスにできるかどうかはまだわからないが、私が編み出した術をそろそろお前に教えたいと思うが、どうだろう?」


 父ノートスは優しい男だった。これまで言い出さなかったのは、息子ユーラスが習得出来なかったら、自尊心を傷つけたり、父に対して劣等感を抱いたりするかもしれないことを、心配したのだろう。実家の伯爵家では、風の精霊使いとして、父と二人の兄に比べられ、劣等感まみれだったらしい。そもそも、嫡男とその予備である兄たちとは教育環境から差があっただろうから、俺なら全く気にもしないが。父が自尊心を取り戻したきっかけとなった、「炎使い」と呼ばれる祖父も認めた火の精霊術を超える攻撃力のオリジナルの風の精霊術、むしろ習わずにはいられない。


 戦場でしか使わなかった術なので、男爵領の端の魔物も出没するエリアに移動して訓練を行うという。かなりの距離を飛行し、荒野に降り立つ。


「精霊たちの動きをよく見ていなさい」


 父ノートスは相変わらず、まず実践して見せてくれる。理解できた部分とわからなかった部分を分けて、丁寧に後から説明はしてくれるが。


 呪文の詠唱では無いが、父はずっと大量の精霊たちに語り掛け続けている。


 恐ろしい程の数の風の精霊が集まって来る。私が、風の精霊術で、集めた経験の無い数だ。

 そして、それを、手鞠程の大きさに密集させ、更に圧縮する。

 一つ、また一つ、と圧縮された風の精霊の球は増えて行き、八つになったところで止めた。集まったのは風の精霊だけなのに、火の精霊術のような熱さが伝わって来る。

 父は標的を八つ選んだらしく、八か所に向けて魔力を投げ、目標の場所に少数だが火の精霊が集まる。火の気が無くても、枯れ草や木の枝程の可燃物には、火の精霊が潜んでいる。

 可燃物と高圧の空気、いや酸素か?  前世での科学知識が甦る。結果は、高速燃焼、つまり爆発だ。


 父は、その高度に圧縮された風の精霊の球を、目標の火の精霊に誘導し、命中する瞬間、こう叫んだ。

「今は、一杯、お茶が怖い!」


 ずっと、父の語りに耳を傾けていた風と火の精霊たちは、大爆笑、いや大爆発した。辺り一面、ドッカンドッカンと馬鹿ウケを取っている。

「『饅頭怖い』かよ…」

「ユーラス、なぜ『饅頭怖い』を知っている?」

 トゥールース男爵家の秘伝らしい。初代様は日本人の転生者だったようだ。父は、祖父からの口伝で『饅頭怖い』を、火の精霊の燃焼増加として学び、自らの風の精霊術を合わせて、この爆轟の術を編み出したのだという。

 前世がお笑い芸人である俺が、ここに転生した訳がわかった。精霊たちは、新たな笑いを求めているのだ。絶対に、この術は習得する。


 風の精霊を集め、圧縮し球にする。父のように、同時に複数は、まだ無理だ。


 同時に、俺はチャレンジする。『饅頭怖い』では無く、他の落語や小咄やコント、一発ギャグでも、同じように効果は出るのか?


 目標に魔力を送り、火の精霊をわずかだが集める。


「今、何刻だい? へい、四つで」

 前世はコメディアンで、落語家じゃないが『時そば』なら『饅頭怖い』並にやったことがある。これで精霊たちにドッカンと、ウケ……なかった。


 爆発は起こらず、集めた精霊たちは一瞬で雲散霧消した。むしろ真空地帯だ。

 あ、精霊に金銭感覚は、無かった。理解できないのに、ウケる訳がない。

 豪快に滑り倒した。


「さぶっ!」


 父までそんなこと言わなくても、いいじゃないか。


「ユーラス、お前、何をしたんだ?」

 目標とした地面が、凍結している。あぁ、真空によって周囲の水分が気化して、急速冷却されたのか。


 爆轟の精霊使いの後継者が、瞬凍の精霊使いと呼ばれるのは、更に数年後のことだった。









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